8針目.一週間でイチからドレス作れってか・・・?
「申し訳ありません、もう一度・・・」
困り顔で尋ねるヘーゼルに、ミレーネは真顔で答える。
「上品で!」
「上品で?」
「でもセクシーなもの!」
ヘーゼルは沈黙した。
代わりにダイアナが恐る恐る口を開く。
「ミレーネ様・・・矛盾していませんか・・・?」
その場が静寂に包まれる。
「・・・やっぱり無理よね・・・」
大きなため息を吐いて肩を落とすミレーネに、それまで黙っていたシオンが口を開いた。
「夫人はどうしてまたそういうドレスが必要なんですか?」
顔を上げてシオンを見つめ、ミレーネが恥ずかしそうに話し出した内容は、浮気性の夫・アンドルーへ仕返しがしたいと言うことだった。
「つまり自分を軽んじる旦那も来る舞踏会で、貴族としての品を失うことなく他の男の目を引いて旦那を見返したいと?」
「まあ・・・そういうこと・・・?」
「なんかどっかで聞いた話だな」
横目で見られ、ダイアナは慌てて否定する。
「ちょっ!エリンの言ったことは私の本意ではありません!」
「夫人も離婚しちまえ、そんなスケコマシの旦那なら」
「そう簡単な話ではないのよ~!」
ハンカチを噛み今にも泣きそうなミレーネを、ダイアナとヘーゼルは慰める。
「ミレーネ様、ご事情はよく分かりました。上品で色気のあるドレスですね、色やデザインのご希望はございますか?」
「・・・別になんでもいいわ・・・。こだわりなんてないのよ。当日他の男性が次々私の元に来て、私がいい気分でダンスやおしゃべりを楽しめて、それこそその場でどなたかと抜け出して熱い夜を過ごすことになればもうそれでいいのよ!!」
三人は絶句した。
(これは末期・・・!)
淑女らしからぬ願望はともかく、自尊心が崩壊しかけているのは捨て置けない。
シオンもさすがにマズいと思ったのか、普段見せない営業スマイルでミレーネに接し始めた。
「いいと思いますよ、女性はそのくらいの意気でないと男は学習しませんからね」
「まあ!本当?!」
「ホント、ホント。それで舞踏会はいつですか?」
「土曜の夜よ」
今日は日曜。
シオンの顔から笑顔が消える。
「おい・・・一週間でイチからドレス作れってか・・・?」
静かに怒りを滲ませ始めた顔に、ミレーネは怯えだした。
「え、一週間では難しいの・・・?」
「形と生地をあと十分で決めても足りねえよ・・・!」
「ちょっ・・・!」
ダイアナが慌てて間に割って入る。
ここでミレーネが退散してしまったら折角のチャンスを棒に振るうことになるのだ。
「大丈夫よ、私も手伝うから作れるわ!縫物は得意なの!」
シオンと向き合い、視線で、落ち着きなさいと説得する。
「・・・奥様も寝れねえぞ」
「平気よ、帰って来てからずっと寝てたんだから」
強気な目線でダイアナがそう言うと、シオンはあきれたようにため息をつく。
その様子を、ミレーネは驚きながらも黙って見つめていた。
「とにかくまず採寸しましょう。ミレーネ様、ここは通りから見えますので奥へ来ていただけますか?」
「え?ええ・・・」
ヘーゼルがミレーネと奥の部屋へ消えると、シオンは急いで生地を棚から出し始めた。
「何するの?」
「色だけでも決めないと本当に間に合わない。本人に希望がないなら全部こっちで決めるしかないだろ。クソッ・・・親方が地方行ってる最中に・・・あの夫人、あんたと同じくらいの年だよな」
「ええ、ちょうど同い年よ」
「それであのブリブリのピンク着てんならそりゃ旦那も浮気するだろ」
「ちょ・・・!静かに・・・!」
カウンターと作業台の上に生地が積み上がり、採寸から戻ってきたミレーネに次々と布を当て、似合う色を探す。
すでに陽は沈み、月が昇り始めていた。