9針目.少しでも誰かの役に
翌日早朝、バスケットいっぱいにサンドイッチとブルーベリーマフィンを用意してダイアナは店に向かった。
シオンとヘーゼルは徹夜でデザインを考えていたのだろう、トルソーに着せられた仮布のドレスには切り張りの後があり、側には昨日候補に決めた赤や深緑、紫、黒の生地が積まれている。
二人はまさに、産みの苦しみの真っ最中だった。
「色気を出すデザインとは難しいんです。何が色っぽいかは人によっても感じ方が違います」
サンドイッチを食べながら、ヘーゼルはドレスの形を決める手を止めない。
「一番手っ取り早いのは胸元を限界まで開き谷間を強調する形です。でも下手をするとまるで娼館のレディだと言われてしまい、ミレーネ様の条件の上品が失われます」
「そうですね、それにそういう形がミレーネ様に似合うとも限らないし・・・」
「あの童顔じゃムリだろ」
機嫌の悪いシオンはぶっきらぼうに呟く。
「かと言って足を出すのも違う。そういうのに男が群がっても旦那はもっと逃げるだけだ」
「ミレーネ様は本当は他の男性じゃなくてアンドルーの気を引きたいだけだから・・・」
ふと、ダイアナはシオンに尋ねる。
「ねえ、男性目線で・・・、この女性は軽んじてはいけないって思うのはどういうドレスなの・・・?」
ダイアナの問いに、シオンは盛大にため息を吐く。
「・・・奥様そんなだから旦那に浮気されんだよ・・・」
「なっ・・・!」
「大体の男なんて女が何着てるか見てもねえよ」
「ちょっとシオン!うちの家業が潰れること言うんじゃないわよ!」
シオンはヘーゼルを無視してサンドイッチに手を伸ばす。
「実際そうだろ、男が見るのは女の表情とか仕草だよ」
ダイアナの目から鱗が落ちる。
男のことは男に聞け、というアドバイスを思い出した。
「そうだったのね・・・!じゃあ、具体的にはどんな表情や仕草がいいの?」
「は?まあ・・・余裕かな。掌で転がされるのが好きな男は多いだろ、特に女好きは」
その一言に、ダイアナは閃く。
「じゃあ、ミレーネ様が余裕の表情でアンドルーを転がせるようになるドレスがいいんだわ!」
ダイアナは棚のもとへ走り、いくつかの生地を引っ張り出しカウンターの上で広げ始める。
「おい、奥様どうしたんだよ」
後から付いてきたシオンとヘーゼルに、カウンター上に広げた生地の一つとカタログを見せる。
「この色を使って、形は・・・例えば、こういう風にできるのかしら?」
ダイアナはカタログの中の一ページを開き、指でデザインを描く。
「できなくはないですが・・・色とデザインが合ってないような気が・・・」
「あ・・・そうですよね・・・」
「いや、これ足せ」
気を落とすダイアナの前で、シオンは別の生地を取り出し広げ、カウンターの上の生地の上にふわりと掛けた。
「・・・まあ、素敵・・・!」
「これならミレーネ様のイメージにも合いそうね」
「よし、型取るぞ」
選ばれた生地に、はさみが入り、裁断されていく。
既に徹夜をしていたはずの二人だが、その手は止まることなく動き続ける。
「紐の幅は三ミリと五ミリどっちがいいかしら?」
「かなり重くなるだろうからとりあえず五ミリ」
「金具の間隔は?」
「夫人の背中の肉付きどうだった?」
「普通よ、このデザインなら無理なく着こなせる感じ」
「じゃあ五センチの間隔でいいな」
店番をしながら二人の仕事を見つめ、ダイアナは息を吞む。
(すごい・・・こんなに細かく考えながら仕立てるのね・・・)
選んだ生地が全てのパーツに切り分けられたのはその日の夜だった。
「ヘーゼルは寝ていい、とりあえず進めとくから」
「・・・分かった、ちょっと仮眠させてもらうわね」
ダイアナに頭を下げ、ヘーゼルは二階にある自宅部分に上がって行った。
「奥様も帰りな」
「私も一緒に縫うわ」
「何言ってんだよ、公爵家の御息女が夜通し男と一緒にいたら問題だろ」
「残念ながらもうそんな年齢じゃないわよ」
苦笑しながらダイアナは針を取り、糸を通す。
「私だって、少しでも誰かの役に立ちたいと思うのよ」
真剣な眼差しで裏地を縫い合わせ始めたダイアナを、シオンは見つめる。
しかしまた、自分の作業に戻った。
一晩中、最低限の会話だけ交わし、ランプの明かりが照らす部屋の中で二人は針を運ぶ。
翌朝、食事の差し入れを届けに来たエリンと店番を交代し屋敷に戻ると、そのままベッドに倒れこみ眠りについた。
夢の中でも、ダイアナはドレスを縫っていた。
楽しくて、ワクワクして、初めて感じる充実感に満ちながら。
夕方に目が覚めると、すぐに身支度を整え馬車に乗り屋敷を出た。
皆で交代で休憩を取りながら、作業を続ける。
そして、舞踏会当日が来た。




