40針目. 私達、友達でしょ?
快晴の青空、眩しい太陽。
ダイニングテーブルの上には焼きたてのライ麦パン、クランベリーマフィン、地場産野菜のサラダ、ジャム、クリームチーズ、ヨーグルト。
ティーカップから上るアップルティーの香り。
小さな花瓶には可憐なミニローズの花。
優雅な朝の一時でありながら、シオンは物憂げな表情でサラダが盛られた皿にフォークを突き刺す。
「・・・シオンさん、お疲れですねえ?」
看守の如く傍に立つエリンが声を掛けても上の空。
浮かない顔で、クリームチーズをアップルティーに放り込む始末だ。
(うぉい!ちゃんと飲むんだろうな!!)
あっちからこっちから様子を伺うそんなエリンにも気付かず、ティーカップに手を掛けたままぼうっとし続け、考えることは一つ。
(・・・あー・・・ヤベエ・・・、好きだ・・・・・)
『私がそばにいるわ・・・あなたはもう、そんなことをしなくていいんだって、安心できるまで一緒にいるから・・・』
昨夜のダイアナの言葉が、頭の中で浮かんでは消える。
想いを寄せる女性に意を決して打ち明けた暗い過去を、丸ごと包み込んで受け入れられ、平常心でいられるほどシオンは人間として出来ちゃいない。
(クソッ・・・そのまま夜一緒に寝れば良かったか・・・?)
冷静さを取り戻そうとアップルティーを飲むもなんか変な味がするからサラダを口にするが、野菜の栄養素では心のモヤモヤは晴れるはずもなく、ダイアナを自分のものにしたい願望は膨らむ一方だ。
少しでも誰かの役に立ちたいというひたむきさ、元夫に私達の夢をとやかく言うなと啖呵を切る姿、眠れない夜はそばにいるという優しさ・・・。
時々自信をなくして恥ずかしそうにするところ、子どものように無邪気な笑顔、ここ一番の時の凛とした度胸、それらの表情は容赦なく、シオンが必死に抑える感情を育て上げ、そしてあの夜にダイアナがもらした本音で遂に感情のドアは打ち破られ、もう歯止めが効かない。
(・・・あー・・・抱きてえ・・・マジ、触り足りない・・・)
朝っぱらから悶々とするシオンを、影から見張り目を光らせるのはエリンだけではない。
「まるで思春期男子じゃない・・・」
「これまでどおりにいかないからあの子も葛藤しているんだと思います・・・」
「オトコなんて・・・!」
食堂の入り口からシオンを見張る三人を見て、何にも気付いていないダイアナだけが
(あら・・・食堂にネズミでもいるのかしら・・・)
と、見当違いなことを考えていた。
* * * * *
「シオンさん!休憩に行ってきていいですよ!店番は私たちがしているので!ついでにこれ買ってきてください!!」
半ば無理やり店を追い出されたシオンは街中を歩きながら何を食べようかと考えるが、食欲がないので言われたものを買いに行こうとメモを見る。
(生のミント、レモン、唐辛子・・・は市場で良さそうだな・・・瞑想かメンタルトレーニングの本?誰が読むんだよ)
意味不明なお使いを命じられ、とりあえず本屋に行こうと街のシンボルである噴水広場を横切ろうとした時、噴水前にいくつも設置されたベンチの一つに紙袋が置かれてあるのが目についた。
中を見ると婦人物のショールとレースの手袋が入っている。
(忘れ物か。警備所に持ってくか・・・)
立ち寄った警備所にいた警官に紙袋を渡すと、名前と滞在先を聞かれた。
「悪いね、最近色々あるからさ・・・」
「ああ、お疲れ様です・・・」
身内が迷惑を掛けたばっかりなので協力の姿勢を見せ、台帳に記入をしながら警官に訊ねる。
「あの、スワンコートってそんなに最近荒れてるんですか?」
「ああ・・・三年位前からね・・・昔は本当に一部の超金持ちしか来れなかったんだけどさ、まあ景気がいいから中間層も遊びに来るようになったからかな・・・」
景気がいいは分かるにしても、その三年という具体的な数字はどこから来るのかと聞こうとすると、背後から若い女性の声が飛んできた。
「ねえ!ここに私の荷物届いてない?!買ったばっかのショールと手袋なんだけど!!」
反射的に振り返り、その姿を目にした瞬間、シオンの思考は一瞬停止する。
しかしそれは相手も同様だった。
「あああ~~~!!!シオン!!!」
「お前かよ!!!」
漆黒の髪と白磁の肌。
真っ白なサマードレスに身を包んだメイ・リサが、小さなバッグといくつもの大きな紙袋を腕から下げながら立っていた。
「君のかい?」
「そう!置き忘れちゃったの!」
「彼が届けてくれたんだよ、知り合い?」
メイ・リサはシオンをちらりと一瞥してから、警官に
「・・・上手い具合に逃げてくれた小鳥よ」
と、言った。
落とし物台帳にメイ・リサも名前と滞在先を記入して二人は解放された。
「あんたがいるなんて知らなかったわ、バカンスで来てるとは思えないけど」
「仕事だ、仕事」
「へえ~順調じゃない」
とっとと帰った方がよさそうだと判断したシオンが
「じゃーな、忙しいから」
と言ってその場を離れようとした瞬間、メイ・リサにガチっと腕を掴まれた。
「おいなんだよ!」
「私の荷物を届けてくれたお礼をしてあげたいわ。ホテルのバーでご馳走してあげる」
「はあ?いらねーし」
「あんたってホント時々バカよね、金持ち相手に商売するならこっちの世界を知っておいた方がいいのがまだ分かんないの?」
掴まれた腕が振りほどかれないのを見て、メイ・リサはシオン以外の誰をも虜にする愛らしい笑顔を浮かべた。
「せっかく再会できたんだからおハナシしましょう。私達、友達でしょ?」




