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39針目.眠れない夜があるなら・・・

「・・・なあに?どうしたの・・・?」


 ダイアナが問うと、シオンは黙り、目を伏せた。


「シオン・・・?何かあったの・・・?」


 いつも見せない表情に、突如不安が胸をよぎり始める。


「困ったことがあるの?なんでも話して・・・!資金繰りで問題があった?」

「いや、店のことじゃなくて・・・」


 シオンは、ダイアナを見つめた。


 あの夜、ダイアナの気持ちを知ってしまった時から、打ち明けるべきか考えていたこと。



『あなたの卑しい過去を知ったら、ダイアナ様は一緒にいてはくれないわ』



 呪いの様につきまとうメイ・リサの言葉。


 この事実を話してもなお、変わらずに自分を想ってくれるのか、確かめたい衝動とためらう気持ちに揺れ動くが、ダイアナの気高さを信じたシオンは語り始める。


「前に俺が、孤児だったって話しただろ・・・」

「え?ええ・・・」

「あれさ、ちょっと違くて・・・」


 シオンは、ぽつりぽつりと、あの革命で自分の両親が国王派であり、巻き込まれたのではなくそのせいで宰相軍に処刑されたこと、両親が国王派だった自分は宰相軍の捕虜となり後に奴隷になったこと、そしてその時、なにをしてきたかを、ダイアナに話した。


「仲間の遺体の処理もしたし、家も何軒も壊したし、処刑の準備もやらされたし・・・他にも、奥様には聞かせたくないこともいっぱいあった・・・」


 ダイアナは言葉を失った。


 かつて歴史の教師から、敗戦奴隷の悲惨を散々聞かされ、不戦協定を結んで以降このような悲劇は繰り返されなくなったと教えられ安心したのに、影ではまだこのような蛮行が続けられ、自分が愛した男もその犠牲者の一人だったのだ。


「それであなたは・・・いつまでそんなことを・・・?」

「耐えられなくて途中で脱走した・・・一年も経ってなかったと思う・・・」

「逃げられたの・・・?」

「無事ではすまなかったけどな。何人かとやりあって、一人は多分死んだ」


 シオンの両手が、自分からそっと離れたことにダイアナは気付いた。


 自分の人生を変えてくれたこの手は、自分を守ってくれるこの腕は、今自分を温めてくれている体は、散々傷付けられて本当は今でもボロボロなのだ。


 ダイアナは姿勢を変えて、シオンに正面から向き合う。


「もしあなたが・・・今でも昔のことが苦しくて、眠れない夜があるなら・・・」


 シオンの頬を両手で包み、目を見つめて伝える。


「私がそばにいるわ・・・あなたはもう、そんなことをしなくていいんだって、安心できるまで一緒にいるから・・・」


 シオンの両腕が、再びダイアナの体を抱き締め、ダイアナもシオンの胸にもたれかかる。


「大丈夫よ・・・今あなたは自由で安全な場所にいるから・・・きっとご両親も誇りに思っているわ、あなたがこんなに成功してて・・・」


 二人は寄り添い、傷付いた魂を癒すために抱き合い続ける。


 ダイアナは自分に誓った。


 理不尽という死神に人生を壊されたシオンの夢は必ず叶える。


(私が頑張らなきゃ・・・!)


 * * * * *


 スワンコートの中心部に建つ石造りの建物。


『ホテル・ブラック・パール』。


 三年前に新築された全室スイートルーム仕様のこの超高級ホテルは、スワンコートを訪れる観光客の憧れのホテルの一つである。


 そのホテルのエントランスに、馬車が二台停まった。


 後方の馬車からは、おびただしい数のトランクと箱が下ろされ、前方の馬車からは、フリルがたっぷりついたドレスを身にまとった少女が降り、出迎えた支配人が頭を下げる。


「お待ちしておりました、長旅お疲れ様でございます」

「ああ~!もう疲れたあ~!肩が痛い、腰が痛い!!なんでこんな遠いのよ!!!」


 ゾロゾロと荷物が運ばれていく列の横で、大きく伸びをしてから体を左右に揺らすと長い黒髪も揺れる。


「お食事はお部屋でとられますか?」

「レストランで食べるわ。でもあたしの周りに他の客は座らせないで、一人でゆっくり食べたいの」


 馬車の座席に置いていた小さなバッグを手にして、ハイヒールの踵を踏み鳴らしながら、王都一の美女はホテルの入り口をくぐる。


「ナンパとか本っっっ当、ウザいのよね!!」

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