38針目.身分違いの恋
ろうそくの明かりを囲む三人の手元にはそれぞれ、赤いバラと白いバラ。
「それでは・・・、”そう”と思う方は赤を・・・”違う”と思う方は白の方を上げてください・・・」
ごくり、と誰かの唾を飲む音が小さく響いた瞬間、一斉に手が上がった。
赤のバラが二本、白のバラが一本。
「やっぱり!あの二人デキてますよね?!」
「間違いないわ、パーソナルスペースに入り込み過ぎよ」
「あああ~~~!!!ダイアナ様が連れ込み宿でなんて~~~~~!!!!!」
清楚可憐なダイアナの乱れる姿を想像し白目を剝きながら半狂乱のエリンと、腕を組むミレーネ。
しかし、”違う”を表明したヘーゼルは一人冷静に
「いえ、私は、そんなことにはなっていないと思います・・・」
とつぶやく。
「いやいやいや、あの様子を見たでしょう?!あれは一線を越えた男女のソレよ!!」
「そうですよ!バカみたいにいちゃこらいちゃこら、あんなこと今までなかったじゃないですか!!!」
二人の力説を聞くも、
「姉の欲目と思われるかもしれませんが、シオンはそんな簡単にリスクを犯す子ではありません・・・。ダイアナ様が私達と同じ平民ならいざ知らず、ここでそうなるならもっと前にそうなっていますよ。あの子、手は早いから・・・」
と、ヘーゼルは淡々ととんでもないことを言ってのけた。
「でえっ?!手が早い?!」
「ええ・・・以前私たちがラネル王国にいた頃なんて、途切れることなく大っぴらに女の子と朝帰りしていましたよ・・・」
「噓でしょ?!」
「シオンさんって女タラシなんですか?!」
「本人はタラしてるつもりはないんでしょうけど、来るものは拒まない方ですね」
ここに来て驚愕の事実。
ミレーネとエリンは月まで吹っ飛ぶ勢いで興奮する。
「どうりで女の扱いが上手いと思った!!!」
「アンドルー様のこと言えないじゃない!よくも人の夫をスケコマシだなんだって言ってくれたわね!!!」
「いえ、ミレーネ様のご夫君とは比べないでいただきたいですね、そちらは既婚者ですし・・・」
チッ!!!とミレーネが舌打ちし、エリンがそりゃそーだという顔をする。
「でも、シオンがダイアナ様を特別視しているのは否めません・・・」
「そうですよ、仮にあの夜に何もなかったとしても、あの距離感はつまりお互いがほぼほぼ心を許してる証拠ですよ!」
「そうね、好意を口にしたのかどうかは定かではないけど、つまりもう恋仲も同然ということね」
改めて口にするとなぜかこちらが恥ずかしくなり、三人の間に沈黙が訪れる。
「まあ・・・でも・・・私はシオンさん、嫌ではないですよ・・・」
「そうよね・・・生意気なのも慣れると可愛く思えるしね・・・」
「そうなんです!口は悪いけど、でもその分すっごく頼りになるんです!」
「分かるわ、裏でちゃんとしてるタイプよね。ダイアナ様はああいうのと一緒になるべきだわ」
話が勝手にそっちの方向に進んでいくが、
「ダメです公爵家の方となんて!」
という思わぬ身内の反対に出会い、ミレーネとエリンは戸惑いを隠せない。
「そんな・・・でもダイアナ様は身分とか気にしない方ですよ・・・?」
「そうよ、初婚ならまだしも同じ公爵家と結婚してダメだったんだから、今更家柄なんてこだわらないわ」
二人の説得を聞きながらも、ヘーゼルは頑なに首を横に振る。
「そういう問題ではありません・・・うちは平民の中の平民ですよ?公爵家の御息女様を迎え入れられるような家じゃないんです!確かにシオンは聡い子ですがあれは小賢しいんです!どれだけ話が合おうと、平民と貴族では逆立ちしたって出自の壁は乗り越えられないんですよ・・・!」
二人は黙るしかなかった。
ヘーゼルの主張が結局はおおむね正しいことは、身分違いの恋を強行突破した恋人達のその後を聞けば分かることである。
お互いの境遇に盛り上がり、反対されて更に盛り上がり、一緒になるために全てを捨てる瞬間に気持ちの昂りは頂点を迎え、そして目的を果たした後に目につく二人の違いに、盛り上がった分だけ気持ちは冷めていくのだ。
しかしそんな心配をされているなど露ほどにも考えない当人達の勢いは、留まるところを知らない。
仕事を終え、別荘までの帰り道に湖まで寄り道し白鳥を眺めながら散歩する二人は、最近ではもう当たり前のように手を繋いでいる。
「奥様、ドレス足りてる?」
「ええ、私の分はいいからオーダーが入ったのに集中して」
「でもたまには違うの着た方がいいだろ」
「いいのよ、全部お気に入りだから毎日だって着てたいわ」
ダイアナの笑顔に、シオンもつられて笑顔になる。
夜風が吹き抜け反射的に腕をさするダイアナを目にすると、シオンは草むらに腰を下ろしダイアナに向けて両手を伸ばした。
「奥様、こっち来て」
一瞬驚いたダイアナだが、おずおずとシオンの腕の中に入っていくと後ろからすっぽりと包まれる。
「寒くない?」
「え?!ええ、大丈夫よ・・・」
寒さ対策か・・・と少し残念な気持ちになるが、それでも背中からシオンの体の温かさを感じ、こんなすぐ近くにいられることに至福の喜びを感じ、ダイアナの胸がどんどん熱くなっていく。
ふと、シオンの鼻先が首筋に当たりくすぐったさで笑い出してしまった。
「っふふっ・・・!くすぐったいわ・・・!」
「奥様、いい匂い・・・香水?」
「ミレーネ様にいただいたバラの花の化粧水よ、スワンコートの郊外にバラ園があるんですって」
「へえ・・・」
間近で見つめ合い、シオンの手が自分を抱き寄せるように腰に添えられると、目がくらむほどの幸福感に包まれる。
毎日、こうしてほしい。
もっともっと、近い距離に来てほしい。
叶うなら、永遠に―
口に出してはいけないと、胸にしまっている言葉が、あふれ出そうになった瞬間だった。
「あのさ・・・」
シオンがおもむろに、口を開いた。
「ちょっと・・・聞いてほしいことがあるんだけど・・・」




