3針目.ダサい流行遅れの服
外の空気は新鮮で、セリファスの街は賑やかな喧噪に包まれている。
「ダイアナ様あそこですよ!人気のパン屋さん、ほらまだ行列してます!」
「ほんと、すごいわね」
「今度朝一番で来ましょう!」
はしゃぐエリンにつられてあちこちの店を覗き、店主達と会話をするうちにダイアナは徐々に笑顔を取り戻す。
「ダイアナ様、久々にお戻りになられたのですからこちらお持ちください」
ショコラティエの工房で昔から見知った職人達からチョコレートをプレゼントされた。
「まあ、よろしいのですか?」
「もちろんです、また以前のようにいつでも御用命ください」
生まれ故郷の誰もが自分に気を遣っていることを実感し、
(いつまでも泣いていたらダメね、ちゃんとしなきゃ)
そう一人、心を律しているとエリンが声を上げた。
「あ!ダイアナ様、あそこ覗いてもいいですか?!」
指差した先の小さな店は、軒先にはさみと針の絵が入った看板を下げている。
「・・・ここに仕立て屋さんなんてあったかしら、新しいお店?」
「去年からのようです。お直しも仕立ても安い値段でやってくれるって聞きました!」
去年からならどうりで自分が知らないはずだと思い、エリンの後に続いて店に入る。
受付カウンターの奥には無数の生地が収まった棚が広がり、その前の作業台で若い女性と初老の男性が作業をしていた。
「まあ、いらっしゃいませ」
「すみません、こちらの御方に似合うドレスを作っていただけませんか?」
女性が立ち上がると、エリンは笑顔で手のひらをダイアナに向ける。
「・・・え?!私?!」
驚くダイアナにエリンは
「そうですよ、せっかくですから新しいお衣装で気分転換しましょう!」
と、楽しそうにダイアナが羽織るケープをさくさく脱がせる。
「い、いいわよ私なんか!それよりあなたに新しいスカートは?!買ってあげるわ!」
「え~、じゃあお揃いにしませんかあ?」
慌てふためくダイアナとマイペースなエリンを見て、女性はくすっと笑いカウンターの奥から出てきた。
「ご主人思いの素敵な方ですね、奥様」
その出で立ちを見て、ダイアナは驚く。
(まあ・・・女性なのにズボンを履いてらっしゃるのね。でもよく似合っているわ・・・)
男物のシャツにズボン、無造作に束ねたアイスブロンドの長い髪。
一見男性的なのに、柔らかい笑顔に好感が持てる女性だ。
「・・・あなたの装いとても素敵ですね・・・、ズボンが似合う女性なんて初めて見ましたわ」
「ありがとうございます、この方が性に合っているんです」
店のカードを差し出し女性は名乗る。
「ヘーゼルと申します。こんな服装ですが、お針子です。向こうにいるのは父で店主のスタンです」
カウンター奥の作業台で縫物をするスタンが、優しい笑みを浮かべながら会釈する。
「それで奥様はどのようなお色味がお好きですか?」
「わ、私は別に・・・」
「うんと素敵な花柄にしましょう!」
さっそくカウンターの奥にするっと入り込んだエリンは、棚を見ながら目を輝かせる。
「え?!いいわよ似合わないわ!あなたのスカートはそれでいいけど!」
「そんなことないですよ~。ヘーゼルさん、生地を当ててもいいですか?」
「もちろんですよ」
エリンが棚から抜き出したいくつかの花柄の生地を、ヘーゼルはダイアナの肩から胸元にかけて当てていく。
「わあ、素敵!最近は色も花の絵柄も淡くて女性らしいものが流行っているんですよね」
「そうですね、皆様そういうものを好まれますね」
「やっぱり!」
エリンは嬉しそうだが、ダイアナは内心、カウンターに積まれた華やかな花柄の生地達に気が進まなかった。
(私に似合う訳ないわ・・・何が似合うかぐらい自分が一番知っている・・・)
子どもの時から、ダイアナは自分の容姿が“美しい”と称されるものではないことを悟っていた。
血色の悪い肌、大きさに欠ける目、低い鼻、薄い唇・・・。
美人の定義とおよそ正反対の特徴を備えた容姿は成長するごとにコンプレックスとなり、それを払拭するためにダイアナは勉学に励んだ。
しかし、賢くあることに磨きをかけるほど逆流するように美しさへの憧れは募り、行き場を失い、自分は、それを望むことさえ許されない人間なのだという思考に落ち着いてしまった。
ダイアナは当てられていた生地をカウンターに置く。
「エリン、私はいいからあなたの好きな柄でスカートを作りましょう」
「え?!」
はしゃいでいたエリンの顔色が曇る。
「でも・・・」
「私にはこんな素敵な柄は似合わないけど、あなたは若いからきっとぴったりよ。せっかくだからブラウスも作りましょうか」
ダイアナはヘーゼルに向き合う。
「私の分は結構ですから、この子に素敵なスカートとブラウスをお願いします」
「そんな、ダイアナ様もお似合いですよ!一緒に同じの作りましょう!」
すがるようなエリンの眼差しに、この数か月気苦労を掛け続けたエリンをこれ以上悲しませるのは主人として失格だと思い直したダイアナが
「そう・・そんなに言うならお揃いにしましょうか・・・」
と言った、その時だった。
「何言ってんだよ、そんな柄が奥様に似合う訳ねーだろ」
突如発せられた言葉に誰もが視線を向けると、店の奥から若い男が姿を現した。
「ちょっと、シオン・・・!」
ヘーゼルが慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません、弟なのですがこだわりが強くて・・・」
そう弁明する間に、シオンと呼ばれた男はカウンターに近付きダイアナを見つめる。
「そこのお嬢ちゃんには花柄でいいけど、奥様年いってるだろ?だったらこういうのが似合うぜ」
シオンがカウンターに置いたのはどれも恐ろしく濃く暗い色味の生地だった。
「ちょっと・・・!何ですかこの色は!女性に失礼じゃありませんか!」
「いいのよエリン!」
ダイアナはエリンをなだめる。
「彼の言う通りよ、私みたいな地味なのにはこういうのが合うのよ」
力なくダイアナは笑い、
「この中から適当に仕立ててくださるかしら?」
と告げると、シオンはゆっくりと自分に近付き、刺すような眼差しで言った。
「・・・あんたさ・・・、今着てるそのダサい流行遅れの服のまんまでいいんじゃないか?」