20針目.あのドレスを仕立てた彼のことよ・・・!
「ダイアナ様・・・?!」
メイ・リサにとって、にわかには信じがたい光景だった。
かつて散々、地味だ根暗だとバカにしてきた相手が、別人の如く美しく輝きを放ち、自分でさえ持っていない様なドレスを着て、人々に囲まれ称賛されているのだ。
「ダイアナ様・・・お久しゅう御座います!!」
ダイアナの前に進み出たハーモンドが、自分の前では絶対見せない恭しさで深々と腰を曲げる。
(ちょっと・・・あたしの前と態度違くない?!)
苛立ちを覚えるメイ・リサをよそに、ハーモンドの腰は九十度直角をキープする。
「まあ、ハーモンド、久しぶりですね・・・!元気にしていました?」
ダイアナが肩に手をやり、上体を起こさせると
「もちろんでございます!このハーモンド!今この瞬間!日々の疲労・胃痛・食いしばりによる片頭痛が吹き飛びました!!」
と、正直な執事は答える。
(はあ?!どういう意味よ!!)
更にメイ・リサは苛立つが、老執事はお構いなしにダイアナを称えまくる。
「女神の如きその出で立ち・・・!上品で聡明なダイアナ様には何もいらないと思っておりましたが違うのですね!全ての装飾はダイアナ様のために存在する!!」
抑えきれない涙をハンカチで拭いながら、ダイアナの姿を老眼鏡越しに見つめるハーモンドの姿に、ダイアナは笑う。
「ハーモンドったら・・・相変わらず褒め方が大袈裟よ!」
「そんなことはございません!皆さん!こちらの御婦人の美しさは国を傾けるほどだと思いませんか?!」
自分そっちのけでかつての女主人を持ち上げる執事に、メイ・リサの堪忍袋の緒は切れる寸前だ。
「ちょっとケイレブ様!ハーモンドが暴走して・・・」
振り向いたメイ・リサは我が目を疑う。
夫の表情は、メイ・リサのその甘やかされ挫折知らずの人生に、初めての屈辱を味わわした。
ケイレブの眼差しは一心にダイアナに注がれ、それは正に、恋焦がれてやまない相手だけに向ける視線、そのものだった。
(噓でしょ・・・冗談じゃないわ・・・!!)
王都一の美女と謳われる誇りにかけ、夫を自分の方に向かせようと手を伸ばそうとした時、さらにメイ・リサを悪夢が襲う。
「ダイアナ様~お待たせしました~!持ち主の方見つかりました~!」
明るい声で近寄って来た少女に、周囲がさらに歓声を上げる。
「まあなんて可愛らしいの!娘に着せたいわ!!」
「このドレスとテイストを合わせているんだね?!」
(あれは・・・食い意地のエリン?!)
更なる称賛を呼ぶエリンの衣装は、袖がふんわりと膨らんだ黒いブラウス。
襟に通された赤いベロアのリボンは男物のネクタイピンで無造作に留められていた。
フリルがたっぷりとあしらわれた膝丈の黒いスカートはダイアナのドレスと同様、フリルに多種多様な黒い布地が使われることでスカートに躍動感が生まれている。
膝から伸びる脚は白いタイツと差し色の赤い靴下を履き、履いている靴は黒のレースとベロアリボン、ビーズ飾りで飾り立てられていた。
くるくる回ってスカートを見せびらかすエリンに、メイ・リサの怒りはついに噴火を始めた。
ダイアナが出ていく一週間前からメイ・リサは公爵邸に居座っていたが、そんな自分に事あるごとに嫌がらせをしてきたのがエリンだ。
ミルクティーに茶毒蛾。
コーヒーにタランチュラ。
ワインにカイコの幼虫。
ダイアナへの忠誠に五臓六腑を捧げるエリンだけが、ケイレブと自分の再婚に反対し、最後まで屈せず抵抗を続けたのだ。
メイ・リサはもちろんそれを手引きした厨房の使用人を全員クビにしたが、自らの手で仕留め損ねたこの不遜全開のエリンを見ると、腸が煮え繰り返って煮え繰り返って、しょうがない。
しかしそれはエリンも同様だ。
親より慕う主人をズタズタにしてくれたメイ・リサを、エリンは想像の中でありとあらゆる拷問にかけブチのめし続けた。
そして今、不倶戴天の敵の姿を見つけたエリンは、イメトレで鍛えた処刑術で今度こそ本当に抹殺するために動き出す。
「ああ~ら、誰かと思ったら略奪蛇のメイ・リサさんじゃないですかあ~」
スカートを揺らしながらメイ・リサに近付き、人生最大の威嚇を試みる。
「お元気そうですねえ~!そりゃそうですよねええ~!人から奪った結婚は密の味ですよねえええ~!!」
「この下働き・・・っ!口の聞き方が過ぎるんじゃないの!!」
「ええ~つれない~、どうせ同じ平民同士じゃないですかあ~!」
「私は今バーネット公爵夫人よ!!ひれ伏しなさいよこの下民風情が!!」
「アンタの母親も下民でしょうがこの成り上がり風情が!!」
互いにガン付け合い、世にも醜い睨み顔で怒髪天の二人の間にハーモンドが慌てて割って入る。
「メイ・リサ様、そのようなお振舞いは公爵家の評判に傷を付けます。ご自分で仰いましたね、今はバーネット公爵夫人だと」
ハーモンドの仲裁が入ってしまったので、エリンはすぐに踵を返しダイアナの側に駆け寄る。
もちろん去り際に、オタオタするだけのケイレブに特大の軽蔑の眼差しを投げ付けることも忘れなかった。
メイ・リサも足早にその場を離れホールの出口を目指し、付き従うハーモンドに嫌みを畳み掛ける。
「あなたの主人が今でもダイアナ様だなんて知らなかったわ」
「・・・ただのご挨拶でございます」
「どうだか!涙が出るほど慕っているなんてダイアナ様が羨ましいこと!」
急に足を止めたメイ・リサはハーモンドに向かい合う。
「ガートルードに会いに行くから馬車を捕まえてきて。どうせ今日も会社にいるわ」
「御父上の秘書様に?何をお調べになるのですか?」
メイ・リサは意地悪い笑みを浮かべる。
「あのドレスを仕立てた彼のことよ・・・!」