1針目.どんなに頑張っても
屋敷前に停められた馬車に、次々と自分の荷物が運び入れられていく。
その様子を、深まる冬の冷たい風に吹かれながら、ダイアナはただ黙って眺めていた。
「奥様・・・お荷物が全て・・・」
執事のハーモンドが苦しそうな顔で告げる。
彼の後ろに立つ大勢の使用人達も同様に暗い表情だ。
「・・・そうですか、ありがとうございます。皆にはお世話になりましたね、今まで本当にありがとう」
その言葉に、何人かのメイドが泣き出しハンカチで目頭を抑えた。
敬愛する女主人との別れ。
新しい女主人が振るうであろう横暴。
悲しみと恐怖が混ざった涙だ。
それが分かっていても、ダイアナにはもうどうすることもできない。
彼女はもう、このバーネット公爵家の女主人ではないからだ。
「ダイアナ様、そろそろ・・・」
ダイアナ付きのメイドのエリンが促す。
エリンの視線は屋敷の二階の窓を気にしていた。
「そうね」
ダイアナが馬車の一つに乗り込み、次にエリンが乗り込み、馬車が走り出した瞬間、見送りに来ていた使用人達が一斉に頭を下げた。
この見送りの中に、元夫のケイレブの姿は当然ない。
エリンが気にしていた二階の部屋で、わずか十九歳の新妻、メイ・リサに寄り添っているのだろう。
馬車の中で、エリンは必死に明るく振る舞い続ける。
「セリファスの街に美味しいパン屋さんができたんですって!お屋敷に戻ったらさっそく行きましょう!」
エリンの必死の気遣いに報いるべく、ダイアナも笑みを浮かべながらエリンのおしゃべりに付き合う。
しかし心の中は張り裂けんばかりの悲しみで満ちていた。
一刻も早く実家のあるブラン公爵領に戻りたい。
何も考えたくない。
思い出したくない。
ケイレブと結婚したこと。
政略結婚であろうと必死に公爵夫人として務めてきたこと。
しかし夫は王都一の美女と謳われる商業ギルド代表の一人娘の少女を愛人として囲っていたこと。
そして三十歳になるまで跡継ぎさえ産めなかった地味で冴えない自分は捨てられたこと。
ダイアナは思い知る。
どんなに頑張っても、美しくなければ、全てはまるで無価値なのだ。