エピソード7 凄水家の密談
「鈴木、早く彼を客室に運びなさい。」
執事の鈴木と部下は、氷美を客室に運び、下着だけ残し、服を脱がせて、ベッドに運ぶ。
部屋の灯りを消し、主人から渡されていた、香を焚いた。
「真里、よくやった。」
「お父様、まだこれからですわ。」
「そうだな。しかし、あの香がこんなに効くとは。」
「さすがに、バハラジャに伝わるキンダの秘薬と言われるだけあって、全くバレずに、自然な流れで。」
「香水としてつけた真里は大丈夫なのか?」
「はい。解毒薬を先に飲みましたから。それにしても、紅茶に入れたものも、あの紅茶通の氷美様が気づかないなんて。」
「それは、真里の功績だな。慈優彩から聞いた冬冷氷美の話から、今日まで20年間、彩の代わりになる準備をしてきたのだから。」
「私は、欲しいものは、必ず手に入れますわ。」
「お前の馬鹿だけは、バレないようにしなさい。大学受験から、お前の影武者を使ってきたのだから。金がかかりすぎている。大学院が余計だったぞ。」
「結婚してしまえば、研究より彼を優先したいと言えば、簡単ですわ。」
「真里、冬冷の血筋が必要だ。必ず、彼を手に入れ、子を産みなさい。それが出来なければ、凄水のために、お前は政略結婚しかない。では、早く彼の部屋に行きなさい。」
真里は軽い足取りで、彼のいる客室に向かった。
彩と彼がキスさえしてない事は、彩から聞いている。
甘いのよ、勉強一筋のあやりんは。
あなたが持っているもの、全てを頂くわ。
あやりん、あなたが悪いのよ。研究ばかりで、氷美様を蔑ろにしたのだから。
氷美の好みは、20年かけて、彩から根掘り葉掘り、うまく聞き出して、知り尽くしている。
甘い歌姫の特集がラジオである事を、音楽番組プログラムを前もって調べてから、今日を決行日にして、冬冷家を訪ねた。
キンダの秘薬は、製薬業の副産物で、世界をまわる秘密の担当者が見つけてきたもので、数種類あった。
今、客室で焚いている香も、別に薬でも何でもないし、薬物でもない、ただの香だが、組み合わせると、目覚めず、眠らず、夢うつつで甘美な世界に浸る。
客室のドアをあけ、鍵をしめた。
わざと、部屋着を脱ぎ散らかして、まどろんでいる氷美の隣に滑り込んだ。
――――――――――――――
窓から、光が差し込む。
あれ?昨夜はパジャマも着ずに寝たのか?
氷美は、伸びをしようとして、誰か、側に、いる?事に気づいた。全裸の女性?
あやっ↑咄嗟に思ったが、あやが僕の部屋に来る事は、絶対にない。
この巻き毛、真里?真里だ。昨夜が思い出せない。
僕は、、昨夜、真里と結婚したいと言った?
誰に?
部屋のドアがノックされた。
その音で、真里が目覚めた。
「氷美さま。」
綺麗な笑顔で、にっこり微笑む。
僕は、自分がしでかした事を理解した。
それに、ここは僕の部屋ではない。
観念するしかないな。いや、これでいい。
いつまでも色気のない研究馬鹿の婚約者がいては、迷惑な話しだった。
真里が恥ずかしそうに、起き上がり、ガウンに手を通して、ドアを開けた。
「朝のお紅茶をお持ちしました。」
「ありがとう、鈴木。」
「お二人のお支度が整ったら、サロンにお越しくださいと、旦那様が。ゆっくりで構わないと。」
真里が、微笑みながら、カップをソーサーに乗せて渡してくれる。
一口飲んで、すっきりし、気持ちが決まった。
腹をくくるんだ。幸せになれる。
起き上がると、二人の服が脱ぎ散らかしてあった。
ゲストルームのシャワー室でシャワーを浴びて、服を着る。
階下では、スーツを来た凄水氏がいた。
なじられるかと思ったが、さすがに大物だ。昨夜、婚約破棄と結婚の意思を伝えていたからか、お咎めはなかった。
「よい時間を過ごしたようだ。婿殿。」
「すぐに父に会います。」
「決意を尊重する。私から冬冷の父上に、アポは取ってある。真里を同伴させても良いか?事実確認が必要だろうから。」
「もちろんです。」
彩に真里を見せれば、彩は黙るだろう。
「氷美君、道中、話もしたいので、当家の車で一緒に行こう。」
昨夜の疲れか、頭が痛いので、申し出は助かった。
僕は、手洗いに行きたいと言って席を外し、トイレでスマホを見た。父から電話が数回、氷逸兄さんからもメールがきていた。
「氷美、何を考えてる。彩ちゃんどうするんだ。親父がカンカンで、母さんが部屋から出てこない。彩はまだ知らない。自分の口から説明しろ。」
氷聖兄さんからもメールか来ていた、
「朝、父さんに叩き起こされて、氷美を探したけど、屋敷にいないから、話が本当だとわかった。一番冷静なお前が、凄水の屋敷で、跡取り娘に手を出すなんて、どうしたんだ?
凄水からうちに縁談が来ていたの、知らなかったのか?」
えっ?すぐに返信した。
「誰と?」
「氷美、やっとメール見たんだな。凄水から何年も前から、うちに、つまり次男の僕に縁談が来ていたんだが、父さんも僕も断っていた。彩ちゃんがいるのに、そんなに彩が嫌なら、何故、僕か兄さんに預けてくれなかったんだ?とにかく早く屋敷に、戻れ。」
何の話しだ?頭がこんがらがってきた。
昨夜のメールを見ると、僕から真里にメールしていた。
「君を他の男に奪われたくない、部屋に行ってもいいか?」
「氷美さま、私が、客室に行きます。私の覚悟です。」
僕が、真里を欲しがり、真里が決心して僕の部屋にきた。
何も問題はなかった。
彩からは、メールも電話もなかった。スッキリした。
トイレを出たところで、真里がいた。
「氷美様、お具合が悪いのでは?」
「すまない、朝から頭痛がして。」
「お医者さまに、私が勧めるなんておかしいですが、これで良ければ、」
真里は、病院で処方する、凄水製薬の鎮痛剤の箱を持っていた。
2錠、アルミを破って、僕の手に出してくれた。
水の入ったグラスも渡してくれる。
やっぱり、彩ではだめだ。真里でないと。
凄水会長の黒塗りの車で、冬冷の屋敷に戻った。
高見も瑠璃ばあも、顔色が悪かった。
応接室には、父と氷逸兄さんがいた。
僕は、目を逸らさずに、父さんと兄さんを見た。
日本茶が出されて、高見だけが、父の後ろに控えている。
父さんが口を開いた。
「氷美、凄水会長から、電話で話は聞いたが、お前の口から説明が必要だ。」
「お騒がせして申し訳ありません。まずは、愛のない彩との婚約解消をお願いします。
僕は、真里を、真里さんを愛しています。昨夜、凄水会長にも、婚約解消後、真里さんと結婚したい旨、お伝えしました。」
「まだ、婚約中で解消前に、会長の御令嬢に?」
「待てなかったのです。僕が真剣である事を行動で示さなくては、父さんたちは、信じてくれなかっただろうし、彩と婚約解消できないと思ったのです。」
みんなが黙る。高見がお茶の入れ替えをドア越しに伝えている。
「真里さん、非常に失礼な事を伺うが、許してください。すでにうちの息子とは、現時点でどういう状況に。」
扉が開いて、お茶の代わりがきた。
「大変、破廉恥な事ではございますが、身も心も夫婦同然でございます。昨夜、妻同然になりました。私は氷美様を愛しております。」
目にいっぱい涙を浮かべて、真里が、僕の父に訴えている。
扉の向こうで、陶器が壊れるような凄い音がした。
瑠璃ばあの声が聞こえる。「あやさまっ」
母さんの声も聞こえた。「あやちゃん、待って。」
走り去る足音がいくつも聞こえた。
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私は、応接室の扉の外で、乙女ゲーム、真っ最中の話が進んでいるのを、聞いていた。
お茶の入れ替えの時に、真里が、凄い事を言っていた。
昨夜、妻になった?
いいじゃないの。あんな気持ち悪い偽物兄様なんて、のしをつけて、ただでくれてやるわ。
ただ、こちらの世界で、婚約破棄したら、元の世界も、氷美お兄様は、真里を?
いやそんな事はない。
こっちの事はどうでもいいけど、本当の世界で、お兄様を失いたくない。
みんなに捕まる前に、元の世界に戻らなくては。
走って自分の部屋に戻って、鍵を閉めた。
ドアをぶち破られたら、捕まってしまう。
本棚を動かして、ドアにバリケードを作った。
婚約指輪と、婚約誓約書を、バラバラの場所に隠した。
元の世界に戻るには意識を失うしかない。
最近、眠れないとか、あちこち痛いとか言っては、もらっていた薬を集めていたのを、まとめて飲んだ。成分や致死量は、研究に必要で、本物のお兄様に計算方法を教えてもらっていたから、ちゃんと計算した。スマホを服のポケットに入れた。
「本物の氷美お兄様、本物の氷美お兄様、助けてください。本物の氷美お兄様、助けて、本物の氷美お兄様、、、 」
だんだん眠くなる意識の中で、本物の氷美お兄様を思い続けた。帰りたい、本物の氷美お兄様のところに。
お願い、神様、本物の大切な氷美お兄様の元に返してっ。




