エピソード27 みんなの幸せ
氷逸さんと結婚して6年が過ぎた。
私は、甘〜くなるはずの新婚時代を、全て勉強にかけた。宣言通り3年で、国家試験に合格し、慈厚総合病院で無事に研修医を経て、産婦人科の医師として、日々、走り回っている。
で、実は、妊娠中だ。もうすぐ31歳なので、第一子は、早く出産したかった。
氷逸さんは、副院長になり、院長であるお義父さまを手伝いながら、慈厚会医療グループの経営陣として、多忙な毎日だ。
そして、氷聖兄様は、結婚したお相手と慈厚会医療グループの、ERが主になる別院を任されている。
氷美兄様は、あの後、アメリカの大学病院に勤務し、5年間、腕を磨き続け、脳神経外科の医師として、昨年日本に戻ってきた。
向こうで出会った、日本の女性医師と5年交際して、帰国後に結婚し、2人で、長山県の慈優の病院に勤務している。いずれ、氷美兄様が、慈優総合病院の跡継となる。
お義母さまは、診療日を減らして、屋敷にいる事が増えたのだけど、それは、孫を育てたいらしい。氷逸さんは、お義母さまの跡を引き継ぎながら、総合診療内科も担当している。
そして、いよいよ、、私は、出産した。
前もって知っていたけど、双子で、それも男の子と、女の子だった。
お義母さまが、待っていたとばかり、子育てを引き受けてくださり、私は大学院に進んだ。
もちろん、在学中は研究三昧だけれど、慈厚総合病院で、産婦人科の当直なども、頑張っている。
結局、みんながみんな、大忙しの日々だけど、幸せになれている、と信じたいな。
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ある日の夜、大学に残っていて帰りが遅くなり、屋敷に戻ると、氷逸さんとダイニングで会った。当直や急患があったりのすれ違いが続いて、顔を合わせたのは、実に1週間ぶりだった。
久しぶりに一緒に夕食をとり、三階の住居に戻った。
結局、氷美兄様と私のために準備された新居を、氷逸さんの希望で少しリフォームし、私達が使うことになった。
「少しワインを飲みたい。今夜はもう呼ばれないし、明日は休みだ。」
「じゃあ、用意しますね。」
「簡単でいい。彩も、たまには、ゆっくりしなさい。」
ワインと、つまみとフルーツをワゴンに乗せ、寝室のローテーブルに置く。
「子供たちは?会ったか?」
「帰ってすぐに子供部屋に行ったけど、夢の中だったわ。あっと言う間に一歳だものね。はやいわ。」
「そろそろ3人目が欲しくないか?」
「そうね、大学院の間に、もう1人、産んでもいいかな?とは思うけど。」
「じゃあ、決まりだな。で、あーん。」
「何があーん、なの?」
2人だけの時の彼は、甘〜くなる。フルーツを食べたいと言う合図だ。
氷逸さんの右手を触れながら、フルーツを氷逸さんの口に放り込んだ。
「なあ、彩、ずっと聞こうと思っていたのだが、最後に向こうの世界に行って、シンデレラごっこと、白鳥の湖ごっこの話を聞いて、こっちの世界に帰ってきた時、どうやって帰ってきたんだ。スムーズに戻ったと言ってたから、ずっと気になっていたんだ。」
そう言えば、その話をする間もなく、氷逸さんと結婚し、この6年を走り続けてきた。
私は、あの日、このソファに座って、こちら側に戻ってきた話を、氷逸さんに話した。
氷美兄様とあやの、熱〜いキスで、私は瞬く間に、私がいるべき世界に戻ってきた。
結局のところ、私は、向こうが、元世界で、自分の世界だと思っていたはずだけれど、異世界だと思っていた場所が、私にとっての元世界だった。
「あれから、一度も、そういう事は起きてないからな。」
「実は、2回ほど、行ったの。」
「いつ?どうやって?」
「だって、向こうのあや、と仲良しになっちゃったし、氷逸さんと、熱〜くなったときに、、」
「意識がなくなった時か?」
私は黙ってうなずいた。
「僕も行ってみたいな。」
「向こうに行きたい、と願っていると、行けるわ。」
「じゃあ、今から、熱〜くなってみるか?」
いや、ちょっと待ってよ。
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気がつくと、三階の寝室にいたけど、様子は違った。
「えっ?彩?」
「あや、久しぶりっ!お邪魔しに来ちゃった。」
「なっ、氷逸兄さんまで、来たのか?」
やっぱり、2人とも、熱〜くなると、転移できた。
「こちらで、彩が世話になった。」
「転移のきっかけが、わかったんだな。」
氷美兄様が、ニヤりとした。
そして、氷逸さんと氷美兄様が、えらく意気投合して、話し込みだした。
私は彩と、キッチンで、ワインを出して、またつまみとフルーツを準備している。
不思議な4人で、楽しく過ごした。
あや達には、双子の子供がいて、大学で2人で研究三昧らしい。
私達のその後を聞いて、2人は驚いていたが、幸せを喜んでくれた。
慈優の病院は、氷聖兄様が継ぐ予定で、氷聖兄様夫婦が、すでに長山県に引越しているそうだ。
こちらの氷逸兄様は、完全無欠の、冬冷家長男として、全ての必要条件をクリアし、お義父様と病院を引っ張っているらしい。
「みんな、幸せになっているのね。」私は、ほっとしていた。
「彩が安心したなら、そろそろ、向こうに戻ろうか。」と氷逸さんかま、急かす。
「ゆっくりしていけばいいのに。」
「3人目が、欲しいが、なかなか時間がなくて。」
「うちも、そうだ。なかなか、な。」
と氷美兄様と氷逸さんが、苦笑している。
「もう、産むのは私達なんですからねっ。」と、あやも苦笑している。
「じゃあ、3人目が生まれたら、また会えたらいいね。」
そうして、私と氷逸さんは、甘〜くなって、私達の世界に無事に戻った。
どんな世界でも、諦めなければ、きっと幸せになれると信じたい。
きっと、私の世界が歪んで、異世界に飛んだのは、ねじれていく人生を、元に戻してくれたのだと思う。
氷逸さんの右手は、傷ついてから、完全に元には戻らず、日常生活で何とか使えるくらいにはなっている。
この温かい手に触れる度に、この手が、私の人生を守ってくれたと、心が温かくなっていく。
氷逸さんが、呟いた。
「3人目を望む前に、タンザナイトを探す旅行をしないか?」
「えっ、どうしたの?」
「あの宝飾店に、彩を自慢しに行きたい。」
「うちの双子はどうするのよ?」
「母さんが離さないよ。母さんは、僕たち兄弟を乳母に預けたままだったから、子育てできなかった事が残念だったらしい。だから、もっと子育てしたいと、張り切っているんだから、もうしばらく、甘えても大丈夫だ。」
もうしばらく、お義母様に甘えてもいいかな?
私の首には、中学3年の時に、氷逸さんからプレゼントしてもらった、華奢で優しいタンザナイトのネックレスがある。
凄い方は、パーティやお祝いの席に出る時につけているが、普段は、華奢な方をずっと身につけている。
たくさんの思い出が、自然に積み重なって、幸せが続いていく。
きっとこれからも、私は、氷逸さんを見つめて、生きていける。
メビウスの輪は、一周して、反対側にまわり、元に戻る。私は回って回って、幸せな場所に戻れた。愛する人がいる場所に。
最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。




