06話 反省会
カケルの新たなターコ『コルトーXX』の初陣となる、対ダイゴロウとのターコイズファイトが行われた。
結果はカケルの勝ち。
しかし、不意に触ったスイッチやダイヤルによってコントロールできない状態での不本意な勝ちだった。直前には負けそうだと思ったからこそ、余計に納得できない形で終わったのである。
「あああぁぁぁぁ~~~~~、もおぉぉ~~~~~」
家に帰ってからもカケルはソファーの上でゴロゴロと、納得のいかない感情のまま身体を右に左にと落ち着かない様子。
すでに今日の仕事を終えた母のミソラがその様子見て、隣に座り膨れている息子の頬を人差し指で突っつく。
「どうしたの? 試合だーって喜んで出て行ったのにそんな不貞腐れちゃって。負けちゃった?」
「……勝った」
「あらー、よかったじゃない」
勝ったと言うわりに嬉しそうではない息子の表情を不思議に思いながらも、よしよしと頭を撫でて褒めている。
そして不貞腐れている理由を聞いてみると、彼にとって不本意な決着だったことを知る。
「あー、試合に勝って勝負に負けたってやつか」
「しあい? しょう?」
ミソラの独り言を聞いてもカケルには難しかったようで、眉をひそめて小首を傾げている。
そんな自分の息子の、いや自分の息子だからこそより感じる愛くるしさに、ミソラは思わず抱きしめた。
「まあまあ、仕方ない。次は納得いくようにがんばろ」
「うん、それはわかってるけどー」
「んー、仕方がないなー」
未だ不満な様子のカケルを見て、ミソラはソファーから立ち上がって台所へと向う。
そこでゴソゴソと何かを漁ったかと思うと、手に菓子袋を持って戻ってきた。
「夕飯前だけど、これ食べる?」
「あっ、ターコイズチップス」
先ほどまでの不満はどこへやら、カケルは目を輝かせてお菓子を見ている。
これはプロのターコイズファイターたちのカードが付いている、子供に人気なスナック菓子。このうすしお味はお酒のつまみでも食べられるので、今開けようというのだ。
ミソラが自分の晩酌の準備を進めている間に、カケルは袋からカードパックを外してハサミで開封していく。
「なにが出るかなー、持ってないのだといいなー」
まずは指だけを入れてカードを摘み、「んー」と目を瞑りながら念を込めたあと、引き抜いてからゆっくりと瞼を開く。
「こ、これはーっ」
翌日、カケルは放課後になるや否や、フタバとレンを連れてハジメ博士のいる研究室へと向かった。
休み時間に一方的にまくし立てられて聞いていたが、そのほとんどを理解してなかったフタバはもう1度カケルに尋ねてみる。
「えーとつまり何だっけ?」
「これだよこれっ」
そう言ってカケルが懐から取り出したのは、昨日手に入れたカード。
そこに人物は映っておらず、藍青色のターコと『水帝地愕』という荒々しく勢いのある文字が書かれてあり、カケルはそれを力強く指差した。
「そう、俺に足りないのは必殺技だっ」
「おつむじゃなくて?」
「……そっちも、まあ……だけど、今はそっちじゃないっ」
椅子から立ち上がりテレビで見るプロの必殺技や得意技など熱く語っている。
これがリョウマやターコ友達であれば、話は大いに盛り上がるのだろうが、この場にいるのは知識はあってもプレイしてないフタバと、あまり知識のないレン。
辟易してるわけではないが、むしろ困惑してる様子だ。
「そんなこと言われても……私たちそんなの分からないし、飛天くんと話せばいいんじゃないの?」
「ばっか、アイツとは次の大会でやりあうんだぞ。今から俺の必殺技を決めようってのに、そんな話し出来るわけないだろ」
秘密兵器と言っていたコルトーXXのコントローラーを、自慢気に見せつけた人の言い分ではない。
ただ、そんなことを知らない2人は、素直に頷いて納得していた。
そんな話をお菓子をつまみながらしていると、昨日取ったデータを基にパソコン作業を行っていたハジメ博士が、画面から視線を外して会話に加わってくる。
「必殺技と言えば……。多分だけど、昨日の鬼頭くんだっけ。彼、もう1つ技があると思うよ」
ダイゴロウは糸を囮としてカケルをつり出し、その揺れを大きくすことで角度と距離を変えて攻撃をかわす。そして隙だらけのターコに襲い掛かる、という技を繰り出した。
ハジメ博士も思わず「上手いっ」と叫んだほど、技術力の高い技だったのだ。
カケルが偶然、コントローラーの突起物などを触らなければ、負けていた可能性は高かっただろう。
「えっ、博士はそんなことも分かるんですか?」
「まあ、ターコの構造を見た上での想像でしかないけどね」
「おおぉー、すっげー。博士が頭よさそうに見えるっ」
純粋な少年の褒め言葉に何と言っていいのか分からず、ハジメ博士は軽く笑うことしかできない。そんな父の様子を見つつ、フタバが続きを促す。
「それで、もう1つの技っていうのは?」
技の中身が気になると言うよりも、父の変に隠した言い方だったのが気になったのだろう。それほど興味深そうには聞いていない。
ただ、これにはハジメ博士も困ったように笑う。
「う~ん、それは――」
「こらフタバっ、そんなの聞いたらフェアじゃないだろ」
言葉を遮るようにして止めたカケルはあくまでも正々堂々とやりたいようだ。
それに対してフタバはあくまでも現実的で、聞ける情報があれば聞いておいた方がいいという考え。とはいえ実際に戦うのはカケルなので、そう言われれば「ふーん」と返して口を閉じるのだった。あまり興味がないとも言える。
「そんなことよりも自分をきたえる、つまり必殺技を覚えることこそがっ」
「うんうん、そうだね。ただ、カケルくんには必殺技よりも先にコルトーXXの操作を覚えてほしいんだよねぇ」
「あぁ、そう言えばコントローラーにダイヤルとかありましたね」
カケルの中で不本意な決着になってしまった原因。事前に説明は聞いていたが、操作しきれないと判断し、使わない予定だった機能の数々。
勉強は苦手だが、ターコイズファイトに関しては物覚えの良いカケル。そんな彼でもどこか不安そうにハジメ博士を見つめている。
「あれって操作も複雑だし、全部覚えられるかなー」
しかし、そんな彼を励ますように、博士は力強く頷いた。
「大丈夫、覚えれば簡単だから。まずスイッチは四方プロペラの固定と解除、個別連動切り替えに使って、アナログコントローラーは角度や方角調整。ダイヤルで回転速度と――」
「…………」
「カケル君? 大丈夫?」
「パパ、もう無理みたい」
ここではないどこか遠くを見つめる様子から、彼が理解できてないのは傍目に見ても分かりやすい。
これは無理かも、誰かがそう言おうとする前にカケルの目に再び明かりが灯る。
そして椅子を倒す勢いで立ち上がり、拳を掲げてみせた。
「……や、やってやらぁっ」
「おおぉ~」
無事、再起動。力強い言葉と共に握られた拳は震えているが。
それでも一同は賞賛の拍手を送った。
「カケル君、頑張れー」
「好きなことだし、慣れれば案外簡単かもよ」
「うんうん、1つ1つ覚えていこう」
そう言いながらハジメ博士は説明書をわざわざプリントアウト。カケルの携帯端末にコピーしたら、電池は減るし充電中は見れないだろうという心意気である。
その行為を受けてカケルの目に輝くものが浮かぶ。おそらく博士の優しさに心震えているのだろう。
こうしてしばらくはコルトーXXの操縦を覚えることから始まり、必殺技を考えるのはまだまだ先になるのだった。