04話 瑠々小学校
ハジメ博士から新たなターコを作ってもらったカケルは、彼の娘で同級生のフタバに「納期のある仕事しないでいじる」という理由から、コントローラーを渡され家に持ち帰ったのである。
そしてベッドの中でもニヤニヤしながら触っては、新しいターコが空を飛ぶ姿を妄想しながら眠りにつくのだった。
そんな彼が学校に行くのにコントローラーを置いていくだろうか。
「いってきまーす」
「はーい、いってらっしゃい」
そんなわけない。通学用リュックの中に隠し入れ、そそくさと家を出るのだった。
幼馴染みのリョウマは同じマンションに住んでいて、駐車場入り口の横にある長椅子がいつもの待ち合わせ場所。
普段より早めに来たカケルはリュックからコントローラーを取り出し、これまたニマニマと笑って操作している。周囲から見れば微笑ましい子供だろう。ハジメ博士なら……だが。
そこにリョウマがやってくる。いつもはもっと遅いか、遅刻ギリギリになって呼びに行かなければならいカケルが既にいることに驚いているようだ。
「おーすカケル、今日は早いな」
「リョウマっ、ほらほらほら見てくれよこれー」
よほど見せたくてたまらないのだろう。カケルは挨拶もそこそこに立ち上がると、眼前に押し付けるようにコントローラーを見せつけた。
しかし、そこまで近づけると逆に見にくい。リョウマはカケルの頭にチョップを打って落ち着かせると、腕を引かせてようやく何を見せたかったのか分かった。
「おー、新しいターコ。買ってもらったのか?」
「にっしし、お前に勝つための秘密兵器だっ」
「いや秘密兵器をどうどうと見せるな……ってか学校にも持っていくなよ」
「い、いいだろ。こいつと俺は一心同体なんだっ」
「そっかー、先生に没収されてバラバラにならなきゃいいな」
そんな会話をしながら学校へ向かう。
彼らの通う『瑠々小学校』は少子化から回復し、子供が増えたために作られた新しい学校で、カケルの家からは通学路で徒歩10分、近道を走って4分の距離にある。
今日は時間の余裕もあるので、通学路をゆっくり歩きながら行けた。実に珍しい日だ。
そして学校に近づくにつれ見知った顔が増えていき、話しながら通学するほどの仲でなくとも挨拶は交わす。
「おはよう飛天くん」
「おはよう」
「きゃー」
特にリョウマの女子に声をかけられる頻度は高い。なにせイケメンで運動も勉強もできてターコも強いときてる。モテないはずがなかった。
これにカケルが嫉妬するかというと、そんなことはなかった。これが中学高校なら別だったかもしれないが、まだ女子に興味を持たない年齢だからか、単に面倒そうという感想しかなかったのだ。
そんなこんなで学校に到着、下駄箱で上履きに履き替えているフタバを見つけた。
「よーフタバ」
「おはよカケル。飛天くんもおはよう」
「おはよう藤代さん」
博士経由でカケルと仲良くなったフタバだが、リョウマとはそれほど話したことがない。これは彼女だけでなく、友好関係ではカケルの方が広いのだった。
そんなフタバはカケルの持ってるものに目がいき、やや呆れたようにため息を吐き出す。
「それ学校にまで持ってきてたの? 先生に見つかって取り上げられても知らないよ」
「わ、分かってるよ。リュックに入れとけばいいんだろ」
リョウマと同じ注意を受け、靴を履き替えるついでに背負っていたリュックを下ろし、コントローラーを中にしまった。その時の表情といったら苦悶の一言。よほど持ち歩きたいのだろう。
だからなのか、今度は下ろしたリュックを胸元に抱えて教室へと向かうのだった。
そして違うクラスのリョウマと別れ自分たちの教室へ。
自分の席に着いたカケルはリュックからタブレットを取り出し、机に付いているコードと繋いで、邪魔にならないよう引き出しにしまえば、授業の準備は終わりである。
あとは待ち時間を潰すため、備え付けられたタッチペンで机に落書きを始めた。ターコが2機、相手が動いた時の対策を考えているようだ。
「カケル君今日は早かったね」
「おーすレン」
話しかけてきたのは前の席に座る『喜多野 レン』。肩口までの薄緑色のパッツンヘアで同色の目も大きく、こけしのようにも見える小さな男の子である。
レンは机に描かれた絵を見て小首を傾げた。
「これって、タコファイトってやつ?」
「ターコイズファイトな」
彼はこの競技に詳しくなかったのだ。もちろん世界的に盛り上がっていて、友人のカケルや学校でもやってる人がいることは知っている。
ただ、勝敗ぐらいは分かっても細かなルールまでは知らないのだ。
「レンもやってみない?」
「うーん、僕はいいや。指とか速く動かすの苦手だから」
「またフラれたー。楽しいのになー」
断られたことで腕を投げ出し机に上半身を預ける。
カケルとしては自分の大好きなものを共有したくて、今までも何度か誘っているのだが、いずれも断られているのだ。あまり興味が湧かないないのかもしれない。
なのでレンとはテレビとか別の話しをすることが多かった。
「おーしお前ら席に着けー」
いつの間にかチャイムが鳴っていたらしく、担任が教室に入ってきてホームルームが始まる。スーツを着ているが、ネクタイを緩めて胸元のボタンをいくつか外したりと、ちょっとラフに着崩している先生だ。
「今日はお知らせっていうか注意からな」
彼がネクタイの先を胸ポケットに差し込むのは、真面目な場面で行う癖だった。
それは生徒間のモノマネで行われるほど知られているので、生徒たちも何事かと注目する。
「ターコイズファイトは見ても遊んでも楽しいが、外で遊ぶ場合は川原や公園じゃなくて、ちゃんと認められた場所で行うこと。ターコが落ちたら周りの人も危ないからな。ルールを守って楽しいターコライフをっ、分かったか?」
手続きが面倒などの理由で大人もそうしている人がいるのだとか。
当然、ターコの危険性はカケルも分かっているので、他のクラスメイトと同じように元気よく返事する。
「はーい」
「あと、意味なく学校にも持ってくるなよー」
「…………ふぇーい」
ただ、次の言葉には何人かの生徒と一緒に視線を外したが。
休み時間にリュックに両手を突っ込んだりはしていたが、先生にばれることなく放課後までやり過ごせたカケルは、フタバとレンと一緒に教室を後にする。
カケルは当然ハジメ博士に会いに行くのでフタバと共に、この時レンも研究室に誘って3人一緒に帰ることにしたのだ。
「にしし、なっいいだろ」
「僕にはよく分からないけど、カケル君が言うならすごいんだろうね」
「変に褒めなくてもいいのよ」
靴さえ履いてしまえば先生に見つかっても逃げ出せる。カケルはコントローラーを取り出し、レンに見せつつ大手を振って帰ろうとしていた。
しかし、下駄箱の陰から急に飛び出してきた人影がレンとぶつかってしまう。
「わっっ、うっ」
「ちょっと大丈夫?」
向こうが走っていたのか、レンはかなりの衝撃に跳ばされて下駄箱にぶつかり、思わずうずくまってしまった。
カケルとフタバは慌てて駆け寄るが、血も流れておらず本人も「大丈夫」と笑って見せる。
「いってーな」
その声が聞こえて初めて相手を意識した。
カケルが振り返れば、中学生かと思わせる巨体でぶつかったであろう腕を摩り、しゃがみ込んでいるレンを見下ろしている男子の姿。その大きな身体と真っ赤に逆立った髪、三白眼は見覚えがあった。
この瑠々小学校だけでなく、ここら辺りの小学生を従えるボス『鬼頭 ダイゴロウ』だ。
「ちっ、前見て歩けよ」
「お前が走ってるからぶつかったんだろ、レンに謝れよっ」
「ぼ、僕は大丈夫だから」
どう考えても悪いのはアチラ。そう思ってカケルは謝るように促したが、ダイゴロウは全く気にした素振りもない。
むしろ鬱陶しそうに鼻で笑ったあと、突っかかってくるカケルの顔に見覚えがあったのか、目を細めて睨みつけるように見つめた。そして小バカにするように笑う。
「……あぁ、思い出した。飛天にくっついてる舎弟じゃねぇか」
「誰がリョウマの子分だっ」
リョウマもまたこの小学校に留まらないほどの有名人。その幼馴染みでよく一緒にいることから、カケルも瑠々の中ではそこそこ知られていた。
そんなつまらない相手だと思い出し、ダイゴロウはカケルの頭の上からつま先まで見ると、両手に持っているコントローラーに気づく。
「なんだ? お前も一丁前にターコイズファイトでもするってのか?」
「して悪いのかよ。そんなことより謝れって」
カケルの話はまったく聞こうともせず、アゴを触りながら考える素振り。
そして何やら思いついたのかニヤリと笑う。
「いいぜ、謝ってやっても。ただしターコイズファイトで俺に勝てたらだ」
「あのねぇ、勝負と謝るのは別もんだ――」
「よーし受けてやるっ」
文句を言うフタバを遮ってカケルは勝負を受けた。
それを聞いてもフタバが声を荒げるようなことしはない。カケルならそう言うだろうと思っていたし、その言葉を取り消さないであろうことも分かっていたからである。
だからこそフタバは呆れたように、そして当事者のレンも軽く笑いながら、カケル背中を見つめることしかしなかったのだ。
「ただし、俺が勝ったら次は飛天の野郎を連れてこい。アイツの無敗記録は俺が破ってやるよ」
「なにおー、あいつに勝つのは俺が先だっ」
「ハンッ、ずっとくっついてる癖にヤツが負けてないってことは、お前は勝つのを諦めてるか負け続けてるってことじゃねーか」
思わずカケルは「ぐっ」と言葉を詰まらせた。実際、何度も挑戦しては負け続けているのだ。
そんな気落ちする彼に代わってフタバが問いかける。
「それで勝負は? 先生にも言われたけど川原とかはダメだからね」
「勝負は明日の放課後、場所はエリージュフィールド。逃げんなよ」
「へんっ、そっちこそ」
最後に不適な笑みを残してダイゴロウは去っていく。
そしてカケルたちも学校を後にした。道中、カケルが1人で走っては2人の方を振り向いたり、はやる気持ちを抑えきれそうもないままフタバの家へと向かうのだった。