10話 隙
予選がスタートし、カケルはこれまで4人とダイゴロウの子分アオイを打ち倒していた。
しかもアオイからは「俺を倒したなら予選を突破しろ」というニュアンスの熱いエールまでもらい、気合を入れなおすのだった。
そんなわけでカケルは次なる相手を探すことにしたのだが、そんな彼に近づく人影があった。
「やぁ、遠目にだけどさっきの戦い見させてもらったよ」
言葉遣いこそ丁寧だが、どこか小バカにしている空気を感じ取り、カケルは不愉快そうに眉をひそめた。
見覚えのない茶髪の少年はカケルよりも身長が小さく、アオイと同じくらいだろうか。目が細く切れ長でキツネみたいな印象を受ける。
だが、そんなことよりもカケルが真っ先に視線を送ったのは別のところにあった。
「まあ僕には勝てないけどね」
「僕には? 僕たちの間違いじゃないの?」
そう少年の周りには、他にも3人の少年がいたのである。正しくは周りというよりも引き連れてると言った方が正しいだろう。
4人ともお揃いのシルバー色のターコ。楕円形した本体で、後部には地面と平行になるよう大き目なプロペラがついている。
少年は後ろを振り返ることなく顎で彼らを指す。
細身で頬のこけた少年、心配になるほどの肥満少年、そしてガタイはよくても気弱そうな少年の3人だ。
「僕は『霞田 シュウ』。こいつらは僕の手下でね、君も霞田の名前は聞いたことあるだろ?」
「えっと……いや、知らないけど」
「あぁ、お子様には早かったかな。僕の家は昔からの大地主でね、政治家なんかも輩出してる家柄なのさ」
そう言って自慢げに笑ってみせる。良いところのお坊ちゃんだからか、後ろの3人にお揃いのサングラスを着けさせているのは、SPのつもりなのだろう。
そしてツラツラと自慢のような話しを続けているが、カケルにはちょっと難しい言葉が並んでいて理解できないようだ。さっきとは別の意味で眉をひそめて頭を傾げている。
これが油断をさそうための作戦ならその通りになっているが、生憎とシュウは自慢したかっただけである。カケルはハタと気づいて試合に意識を戻す。
「そ、そんなことよりっ、1対4でやろうってことか」
「あぁそうさ、別に乱戦で共闘するのはルール違反じゃないんでねぇ」
たしかにその通り。
例えば3人で戦う状況になって、その内の1人が強いからと先に狙われる。それも他2人の共闘である以上、そういったことを禁止にすることは出来ないのだ。
そんなカケルにとって絶望的な状況は、相手のシュウにとっては楽観的な状況。揺ぎのない勝ちを確信してかニヤリと笑い、さらに口を開く。
「そういや君がさっき勝ったのって、鬼頭ってヤツの子分なんだろ?」
「アオイのことか? たしかにダイゴの子分だけど……」
それがどうしたのか、とカケルが尋ねるよりも早くシュウが声を上げて笑う。
「ケヒヒっ、やっぱりねぇ。僕がこの大会に出たのは、その鬼頭ってヤツの話を聞いたからさ。僕と同い年で子分なんか作って粋がってるヤツがいるってね」
「んー、お前と一緒じゃね?」
「違う、全然違うよ。僕は家柄から頭のできから才能から、全てを兼ね備えている。僕に手下がいるのは当然なことなんだよ。実際に子分を何人か倒して分かったね、アイツらは弱者の集まりで、一緒に戦うっていう発想すらないバカだって」
「おーおー、誰がバカだって?」
突然に話しかけられてシュウたちは振り返る。
楽しそうに笑い声を上げるシュウの背後、手下たちよりさらに後方から近づきながら話しかける少年。目立つ赤髪に深紅色のターコ、ダイゴロウである。
彼は手下たちでもカケルでもなく、真っ先にシュウを鋭く睨みつけた。
気が弱い人間なら物陰に逃げたくなるような、そんな鋭い視線を受けてもシュウは笑う。
「やぁ、始めましてだね鬼頭君。君の噂はいろいろと聞いてるよ」
「テメェにとって気に入らなそうな噂みたいだな。ま、そんなことよりアイツらがイロイロと世話になったみたいじゃねぇか」
「おやおや、敵討ちにでも来たのかな? へぇー意外だなぁ、君がそんなに子分想いだったなんてね」
ダイゴロウの含みを持たせた言い方で、言葉通りの意味でないことは分かる。
そして彼の動揺を誘うのが狙いだったのか、シュウはより笑みを深めて挑発する。
しかし、それを聞いたダイゴロウは不愉快そうに顎を上げて鼻で笑い、冷めた目で睨みつけた。
「あ? 誰がンなことするかよ。アイツらは試合に出て負けた、それだけだ」
ここで初めてシュウが見下すような笑い以外の、不可解そうに眉をひそめて真意を探るようにダイゴロウの表情を見つめる。
彼が驚いたのは子分の勝敗をどうでもいいと考えてることもそうだが、それならなぜ話しかけてきたのかと疑問に思ったからだ。
この広い会場、開始時点で反対方向にいたのは分かっているので、予選中は顔を合わせないと考えていたのである。
「話はアイツらから聞いたぜ。なんでも俺に喧嘩を売りたくて大会に参加したらしいじゃねぇか。なら売られたケンカは買うのが筋ってもんだろ」
どうやらカケルだけでなく、倒した子分たちにも長話をしていたようだ。そしてフィールドを去る途中にでも会ってそのことを聞いたのだろう。
ダイゴロウの獰猛な笑みを受け、自分の計算が狂ったことでシュウは不愉快そうに口を曲げた。本当なら決勝の目立つ場所で倒す予定だったのだ。
相手が狙ってくる以上、逃げることも出来ない。というよりも見下す存在から逃げるという選択肢が彼の中にはなく、『仕方ない』というため息をこぼした直後だった。
「ちょっと待ったー、こいつらに勝負を挑まれたのは俺が先だからなっ」
自らの存在を示すように、カケルがダンッと力強く地面を踏みつけ1歩前に出る。
「なんだ、テメェもいたのか」
「あぁ、忘れてた。逃げてなかったんだ」
今気付いたとばかりの2人の様子に、地団駄を踏んでいたからカケルは気付かない。シュウが眉間に皺を寄せて瞳を動かし、必死に頭を働かせていたのを。
それも当然といえるだろう、ザコを4対1で囲んで倒す予定が、例え2人と少数でも前後を挟まれた形になったのだから。しかし考え込んだのも一瞬、彼は即座に行動に移す。
「お前達2人は鬼頭を抑えろ、時間を稼ぐだけでいい。その間に僕らはこいつをやる」
シュウとガタイがカケルの方を向いたまま、ポッチャリと細身がダイゴロウの方を向く。
「いけっ」
そして先手を取るようにすぐさま合図を送り、それぞれが戦える間を取るため距離を取った。
カケルに向かうシュウは重鎮のようにゆっくりと、ガタイはその前に攻めるために早足とバラバラだ。チラリと見えるダイゴロウには、言われた通り誰も襲い掛かってはいなかった。
当初より数が減ったとはいえ1対2。カケルは高度を下げて糸を切られにくい態勢をとる。
「なんだ、いろいろ言ってた割りに弱腰じゃないか」
「へんっ好きに言ってろ、勝つためだい」
シュウの分かりやすい挑発にも釣られることなく、カケルは視野を確保するためにジリジリと後退していく。
しかし早めに決着を付けたいシュウはガタイに目で合図して、ターコを左右に大きく開ける。高さも上下に少しバラけさせ、上に逃げたことも考えているようだ。
そして襲い掛かる2機のターコ。視野を確保していたからか、カケルは両方を同時に見ることが出来た。
同じ見た目をしているターコだが、操縦者のやる気、というよりも考え方かシュウの方が遅い。あくまでも自分は後ろで指示を出す役だと考えているのだろう。
カケルにとってはありがたいことだ。
「だりゃあああー」
「うわっ」
当然、先に接触するガタイの方へとコルトーXXを進める。
カケルが低空にいる以上、それ以下に向かえば地面に接触する可能性もあり、ガタイはターコを自分の方へと引き寄せながら上へと逃げるしかない。
その後を追い、カケルも高度を上げて糸を切ろうとする。が、今度はガタイが高度を下げて防御姿勢。その隙に背後からシュウのターコが迫る。
「ケヒヒっ、さっきからキョロキョロと辺りを見回して、逃げ惑う子犬……いや犬は強すぎるから、プレーリードッグかな?」
ドッグならどっちも犬じゃん、というアホな突っ込みを内心で入れつつ、カケルはコルトーXXの高度を一気に上げて自身の頭上に持ってきて、そのまま反対方向へと下ろしていく。
そしてそのままシュウの背後を取ろうと走るが、そこに立ち塞がったのは同じく移動してきたガタイ。
今度は先ほどと逆にガタイから地面スレスレからの攻撃を受けたのだ。
これに対して高度を上げて逃げるかと思いきや、カケルは高度を落として迎え撃つ。
この時、相手のターコに向けて機体の前方を上に傾けた。これでターコ同士がぶつかればカケルは上に、ガタイは下に弾き飛ばされるという算段である。
「うっ」
「バカっ、逃げるなっ」
それが分かったからこそ、ガタイは直接ぶつかるルートから外れた。そしてすれ違う。
だが、そうなるとシュウまで一直線。カケルは自身も駆け出し、ガタイから糸を守りやすくなるよう移動する。
「でええぇぇぇーーーーい」
「――っ」
その一撃は……シュウの糸には届かない。
向こうからも攻めて来ていれば話は違ったかもしれないが、ゆっくり移動していたシュウとはまだ距離があり、届くまでの時間と逃げられるだけの空間があったのだ。
「し、シュウくん、ごめん」
「先生って呼べって言ってるだろ」
慌てて2人が合流したことで仕切り直し。
シュウを仕留めることは出来なかったが、間ができたことで軽く息を吐きだす余裕のできたカケルは、もう1つの戦場ダイゴロウの方へと視線を向ける。あちらは指示通り守りに徹しているのか、それほど動きはないようだ。
しかし、格の違いというべきか、どっしりと構えるダイゴロウにポッチャリと小柄が飲み込まれるように息を荒くしている。
そしてあちらが気になったのはシュウも同じだったようで、視線を戻した時に両者の視線が交じり合う。
「ちっ……おい、アレをやるぞ」
なるべく早く合流した方がいいと判断したのか、シュウが忌々しそうに舌打ちをするとガタイに合図を送り、カケルに話しかけた。
「君は『仕込み』を知ってるかな?」
「ターコの中に隠しといて、必要になったら外に出すやつだろ。でも、伸ばしすぎると空気抵抗とかでバランス悪くなるぞ」
ターコの内部に何かを仕込むことは認められている行為だ。伸びる糸切り棒だったりシールドだったり。
ただし、空に浮かべて遊ぶものなので、下に落ちたら危険なもの、つまり飛ばしたり吐き出したりするものは禁止されている。
今の会話からわかることは、シュウたちのターコには何かが仕込まれているということだろう。
仕込みは便利で相手の虚を付ける反面、カケルの言った通りバランスが崩れるという危うさも持っている。
だがそれもシュウの想定通り。むしろそう言われるのを待っていたかのように笑みを深めた。
「分かっているさぁ、そんなことはねっ」
そう言い放つや否や、彼らのターコの片側から斜めに傾いた8本の細い板が伸びていく。確かに攻撃範囲は広がるだろうが、明らかにバランスが悪そうだ。
しかし、それが互いの隙間を埋めるようにして隣のターコとかみ合い、回転。ガチャという音を立てて一枚の板のようになった。
「が、合体したっ」
カケルはどこか嬉しそうに瞳を輝かせている。
通常、1㎡までしか規約で認められていないターコ。それが2機と仕込みの部分も合わさり、横幅は2m以上の大きさになった。
もしこれが4機合体ならば……。そんな考えをかき消すように爆音を鳴らしながら突進してくる。その速度は明らかに先ほどよりも――
「は、はやいっ」
「大きくなって遅くなるとでも思ったのかい? 浅はか、実に浅はかだよ」
本気で狙っていない、デモンストレーションのような突撃を軽く横に避けたが、通り過ぎた風圧でコルトーXXはバランスを軽く崩す。
ターコにはいいバランサーが積まれてあるので、普通の風なら崩れないが、舞うような変則的な風が吹いているのだ。原因は合体した板とは反対方向に突き出た飛行機の翼のようなものだろう。
通り抜けたシュウのターコはぐるりと回って、その巨大さを見せ付けるように彼の前に浮かぶ。
ガタイもシュウの手元に視線を送りながら手元を動かしていたので、さすがに1人で操縦する機体ではなさそうだ。まあ、そこまですれば違反認定される可能性もあるが。
「潔く負けを認めるならターコを地面に下ろしたまえ」
「だーれがっ」
「ケヒヒ、なら醜く撃墜されるがいい」
唸りを上げて迫る巨大ターコ。
カケルは先ほどガタイに対して行ったことと同じく機首を上げて迎え撃つ。
例え巨体とはいっても地面接触か糸を切ってしまえば勝ちだ。ただ機体が2つくっついてる以上糸も2本あって、どちらか一方を切っても機体を止める理由にならず、もう1人の操作で撃墜される恐れがあった。
だからカケルは撃墜する方を狙ったのだ。
「そんなものがっ」
しかし、シュウは障害物などないかのように直進、コルトーXXは簡単に弾き飛ばされてしまう。
そのままでは糸を断ち切られる恐れもあったが、カケルは当たり負けすることも想定していたので、すぐさま上空に逃げて大事には至らない。
ただ、事前の想定と素早い行動もあったからだろうが、それ以上にシュウのターコが追いかけて糸を切ろうとする気配がなかったのだ。彼が言った通り撃墜狙いなのだろう。
「うーん、あんまりぶつかると故障するかもだし、ここはまとめて糸を切った方がいいのかな。でも相手のも速いしそんな隙が……ん?」
攻略の糸口が見えず悩むカケルは、コルトーXXを側に来るよう操作しながら対戦相手をよく見る。……と、何か閃いたのか前のめりになって目を凝らし、ニヤリと笑った。
そしてコルトーXXを挑発するかのように上下に動かしながら、自分はその場から離れるのだった。
「ほーら、攻撃してこいよー」
「なにか思いついたようだけど、無駄な浅知恵さっ」
またしても空気を切り裂きながら直進してくる。
しかし、今度は待ち受けるのではなくコルトーXXも正面から突進。このまま正面衝突かという直前に高度を上げると、本体を傾けて相手の片翼を地面の方へと押し込む。
「ケっヒヒヒ、そんなことでバランスを崩すようなターコじゃないっ」
だが、多少は傾いても直ぐに元に戻り、逆にコルトーXXの方が跳ね返されてしまった。
そして先ほどと同じように直ぐ離脱。相手のターコも同じように直進……するしかない。2人で操縦する以上、切り返すなどの操作を繰り返していてはミスする可能性も高くなってしまうからだ。
カケルはそのことともう1つ、気付いたことがあった。
だからこそもう行動に入っている。
垂直に傾けたままのコルトーXXはカケルの正面にまで逃げてきた。そんなカケルの視線の先には愛機とガタイの姿だけが見える。
そう、シュウの視界から見えにくい位置に陣取ったのだ。機体を傾けたままなのも、ガタイの身体で見えにくくするためである。
当然、コルトーXXを目で追っていたシュウは、死角に入られたことに気付く。
気付いていないのは操縦のためにターコとシュウの手元、そして顔色を窺っていたガタイだけ。
「どけっ、邪魔だっ」
「え、えっ」
シュウは思わず身体を乗り出し、片手でガタイを押し退ける。
そして驚きながらも身体を退かしたガタイは、自身が邪魔と言われた理由を確認するために背後へと視線を向ける。
そうこの瞬間、明確な隙が出来た。
シュウは片手を使ってしまい操縦すら儘ならず、2人の身体は体勢を崩し意識は別の場所へ……ターコ本体とコントローラーを繋ぐ糸から意識は離れたのだ。
「いっけええぇぇぇーーーーーー」
「んなああぁぁぁぁーーーー」
「あ、うぇ、えぇっ」
ブースト加速して現れたコルトーXXにシュウが気付いた時にはもう遅い。
操縦することもなく、したところで2人の意識がバラバラでは上手く操ることも出来ず、その巨体は敵を全く寄せ付けることはなかったが……終わった。2本並んでいた糸をプツリプツリと立て続けに絶ったのだ。
こうして相手の方が数の多い闘いではあったが、相手の様子をよく見て隙を付くことでカケルの勝利になったのである。




