01話 大空カケル
20XX年、全世界はあるものに熱中していた。
空を翔けて互いの誇りと技量をぶつけ合う競技『ターコイズファイト』、空に煌く宝石たちに。
ターコイズファイトとは、ターコと呼ばれる本体に、空中を飛ばすためのプロペラ(何枚でもOK)を付け、本体と操縦コントローラーを結ぶ糸を断ち切った方の勝利となる競技である。
競技規定では大人用のターコは最大で10㎡(※プロペラも含む)と巨大で、子供用は最大1㎡(※)となっている。
小学5年生、『大空 カケル』もこの競技に熱中する男の子だ。
ツンツンと跳ねたこげ茶色の髪に同色の大きな目はキラキラと青い空を見つめている。転んでも大丈夫なようにと母親から履かされてる頑丈なジーンズは、それでも白く傷んでいるところが見てとれた。
彼の視線の先には自身の操る青色のターコと、対戦相手の黄色いターコがあった。
「うおおおぉぉぉーーーー、いっけえええぇぇぇーーーーーー」
身体を右に傾けながらスティックも右に傾け、対戦相手のターコ目掛けて体当たりを狙う……が、相手はそれを上空に避けると急降下。カケルの糸に本体近くの糸を擦り付けてプツリと切ってしまった。
カケルの負けである。
「コルトーXぅぅぅぅーーーー」
「ふふっ、これでまた俺の勝ちだなカケル」
「なにおー最後の一撃が決まってれば、リョウマのターコなんてこっぱみじんだったんだからなっ」
カケルは対戦相手だった少年『飛天 リョウマ』を睨みつける。
薄青色の長い髪は細身な身体に似合う柔らかそうな毛で、青い瞳を持つ目は意志の強さを思わせるように鋭い。こちらはカケルと違って薄手の服なのは、彼と違って行動が落ち着いているからなのだろう。
リョウマは同い年の幼馴染で、この辺りではターコイズファイトで負け知らずの小学生として有名だった。
「木っ端みじんって……まあ、いいや。それよりカケルも今度の大会出るのか?」
「当然だろっ。にしし、そのための秘密兵器も用意してるもんねー」
よっぽど嬉しいのか満面の表情で笑ってみせるが、幼馴染のリョウマには大体の検討がついていた。どこか呆れたような、そして心配するように眉を顰めてため息をはく。
「まーたあの変な人のところに行ってるのか?」
「変な人って! ……いや、たしかに博士は変人だけどさぁ」
否定しようと考えてみたが、カケルにはその言葉が出てこなかった。
確かに人気のない森の中で人目を避けて生活していることも、よく分からないことを早口でまくし立てるのも、子供と一緒にはしゃぎまくるのも変人と呼ばれてしまう理由だろう。
「あんなんでもターコのことよく知ってるし」
「あーはいはい、ってかもうこんな時間じゃん。今日は父さんが早く帰ってくるから、俺もう帰るな」
「えっ、もうかよ。じゃあまた明日なー」
時間はまだ昼をちょっと過ぎた午後2時。朝から遊んでいたので長く一緒にいたとは言えるだろうが、普段なら夕方まで遊んでいる。
リベンジの機会はまた後日ということで、リョウマは地面に下した自分の黄色いターコを専用のリュックに入れて帰っていった。30㎠と子供用としては普通のサイズだ。
不満そうにしながらも手を振って見送ったカケルは、自分のターコを手に取り傷などを確認するために裏っ返す。青い円形の中央に巨大なプロペラ1枚、すこし尖った先端にも小さなプロペラが1枚。すべて問題ないようだ。
このターコは初心者用として売り出されている25㎠のもので、衝撃に強く壊れにくい分カスタマイズ性が低く、カケルの思い通りな操作ができているとは言えなかった。
そこが少しばかり不満なカケルだが、初心者用に不満を感じるほど長く遊び、そして成長した自分の腕にも嬉しく思っていたりする。
「まだ時間はあるな……よーし、博士のとこいこっと」
カケルがターコイズファイトを始めてからの大切な相棒。布で掃除をして砂や埃を落とすと、リュックに入れて博士の家まで駆け出す。見た目ほど重くはないので全力のダッシュだった。
その家は人里離れた森の中にあった。かつては幽霊屋敷と呼ばれ肝試しにも使われていた場所で、ボロボロで打ち捨てられた家も今ではすっかり建て直され、新築の白い平屋のお屋敷が姿を現す。
それでもこんな場所にポツンとあっては、怖がられたり噂が後を絶たないのも止むを得ないことだろう。
「博士ー、いるー? いるよなー」
余程のことがない限り博士が家から出ないことを知ってるカケルは、呼び鈴を鳴らすことなく玄関のドアを開く。鍵がかかってないのでやはり在宅してるのだろう。
そして靴を脱いで勝手知ったる屋敷に入った。両扉で大きな玄関や広い廊下は、何か運び込むのに便利そうで一直線に屋敷の最奥まで続いている。
その突き当り、これまた大きな両扉を開けばそこは広い広いぶち抜きの一室。
カケルの部屋の6倍は広く、ここだけ天井も高く3階建てほどはあるだろう。壁際にはパソコンやらの作業デスクの他、大型機材も置かれていて、中央から部屋の奥にかけては何もない空間があった。
その中に白衣姿の男性がいた。
「おぅカケルくん、いらっしゃい」
突然の来訪にも驚かず、パソコン作業をしていた男性がカケルの方に振り向く。
白衣姿に赤縁メガネをかけて無精ヒゲを生やした男の名は『藤代 ハジメ』。カケルが博士という通り、ターコの開発や設計、プログラミングなどこなす35歳である。
椅子から立ち上がり大きく伸びをすれば、彼が最近悩んでるぽっこりお腹が少しばかり目立ってしまう。
「博士、博士っ、アレはもうできた?」
荷物を下ろしたカケルが前のめりに話しかければ、それを受けたハジメ博士も引くどころか「待ってました」とばかりに胸を張ってニヤリと笑った。
「ふっふっふっ、こっちに来たまえ」
「ま、まさかっ」
もしや期待していたものが、カケルは期待を隠せず瞳をより輝かせながら、部屋の中央へと移動するハジメ博士の後を追う。
目的の物は直ぐに見つかった。周囲に何もない空間にぽつんとある台座、そこに白いシーツで覆われていたのだ。
途中で博士を追い抜いたカケルはシーツの上からでも透けて見えるのか、全体のシルエットを興奮気味に鼻息荒く見つめている。
その様子に一先ず満足な博士は、盛り上がった部分のシーツを力強く掴んだ。
「そう、これが君のニューマシンだっ」
そして勢い良く捲りあげ、新たなターコが姿を見せる。
カケルとこれから長く戦い続ける相棒、彼らの物語はこうして始まった。