02話 ニューマシン
ターコイズファイトという競技が大好きな小学4年生の『大空カケル』は、ターコに詳しい『藤代ハジメ』博士の家にやってきた。次の大会で使う秘密兵器の開発状況を聞こうと思ったのだ。
そしてそのことを聞かれたハジメ博士は不敵に笑い、カケルを研究室の中央にあるシーツのかかった台座のところまで連れてきた。
「そう、これが君のニューマシンだっ」
博士が掴んだシーツを捲れば真新しいターコが姿を現す。
中央に青色の円形な本体。これはカケルも使っている初心者用と形は似ている。大きく違うのは、本体から四方に飛び出た黒い足とその先端に付いてるプロペラだろう。
遠くから見れば『Ⅹ』の字のように見えなくもない。悪く言えば胴体の丸いアメンボだろうか。
「お、おおおぉぉおおぉぉぉおおーーーー。これが、これが俺の俺のおおぉぉーー」
「そうっ、私が設計開発プログラミングした、カケルくんのニューマシンっ」
「いやったああぁぁぁ」
「いええぇぇいい」
ガッツポーズをしたりハイタッチしたり、台座の周りを両手を掲げて回ったり。大人と子供が雄叫びを上げながらハシャギまくっている。
子供のカケルならまだしも、いい大人のハジメ博士は変人と呼ばれても仕方のない行動である。
しばらく騒いだあとカケルが博士にアイコンタクトを送り、全てを理解した彼は親指を立ててサムズアップをしてみせた。
カケルは恐る恐る手を伸ばしターコの本体を掴んで掲げる。まるで偉大な子が誕生したかのように、歓喜で腕を振るわせながら。
そして、前のターコも大事に抱えていたからこそ気づく。
「前のより軽い」
「そりゃあプロペラから何からセルロースナノファイバー製だからね。本体カバーだけなら初心者用のターコにも使われてるけど、小さなパーツまでとなると――」
自慢気に意気揚々と語りだす博士を無視して、次にカケルは台に置かれたコントローラーを手に取る。
それはゲームのコントローラーのように左手側に十字キー、中央下部にはアナログスティックが2本、右手側にはいくつものボタンがあった。
前との違いはボタンの他にも突起のスイッチがいくつかあり、裏側にもトリガーのように引くスイッチやダイヤルがあるところ。
一通り触ってみたカケルは頬を引きつらせ、不安そうに眉をひそめた。
「ぜ、全部覚えきれるかなぁ」
「大丈夫、普通に操作するだけなら今までとそんなに変わらないよ。なんなら今から飛ばしてみるかい?」
「いいのっ、当然やるよっ」
その言葉に喜び勇んでよターコを抱きかかえると、博士が台座を移動させてだだっ広い床に大事そうに静かに置く。
この縦長な空間はもともとターコを飛ばすための造りなのだろう、床や壁にもぶつかって壊れないようクッションが張り付けてあった。高い位置の光を取り込む窓も、網状のものが張られていて問題はなさそうだ。
そして、博士がリモコンで壁にかかる巨大なエアコンを操作する。これは気温の上げ下げ以外にも最大で秒速20mもの風を吹かせることができるのだ。
「よし、風流したよ」
「分かった。それじゃあテイクオフ」
コントローラーの上ボタンを押せば、本体と四方のプロペラが回って宙に浮いていく。
そして風の流れる天井近くに来ても、自動姿勢制御装置によってバランスを崩すことなく停止。急な方向転換ではさすがにブレてしまうが、それでも右へ左へ上に下にとカケルの操作通りの動きを見せる。
カケルも初めは恐る恐る動かしていたが、徐々に口が開き口角が上がっていく。
「博士すげぇ、博士すげぇよっ」
「だろう、そうだろう。わっはははは」
行ったのは基本的な動きだけだったが、感極まった2人は大いに喜び再び踊り始める。
しかし、そんな歓喜を邪魔する者が強く扉を開いて現れた。
「うるさああぁぁーーーーい」
2人が驚いてそちらを見れば、背中まであるオレンジ色の髪をツインテールにして、それを揺らすほど肩で息をしながら鋭い視線を向けてくる少女『藤代 フタバ』がいた。
ずかずかと足音荒く近寄られながら薄緑色の瞳で貫かれた2人は、思わず背筋を伸ばして身体を硬直させる。
「まったくご近所さんがいないからって騒ぎすぎ、家中に響いてるのっ」
「はい、すみません」
「さーせん」
素直に謝ったからなのかフタバはふぅと息を吐きだして眦を下げた。
彼女はハジメ博士の娘で、カケルと同い年のクラスメートでもある。去年引っ越してきたときはあまり関わり合いにならなかった2人だが、カケルが博士の家に通うようになってから話すようになり、仲良くなったのだ。
「それで今回はどうしたの?」
「おぉ聞いてくれよフタバっ、博士と作ってた新しいターコがついに完成したんだっ」
「ふーん、よかったじゃない」
ターコイズファイトに熱中していないフタバだが、そこは素直に祝福してくれるようだ。先ほどのカケルのようにはちゃめちゃな喜びはしないまでも、無関心ではなく頬を緩めて喜んでくれている。
とはいえ、地面に下したターコを抱えて「ここが俺の提案で」と接近してくるカケルは面倒くさいことこの上ない。何とか両手で押さえつけ、引き離すためにフタバはあることを尋ねた。
「それって名前決めたの?」
今の相棒でもあるターコの話も散々聞かされていたので、コルトーなんちゃらという名前を付けていたのを覚えていたのだ。本来の商品名と違う彼の愛称のようなものである。
それを尋ねられたカケルはニッコリと満面の笑みを浮かべて力強く頷いた。
「もっちろん。こいつはダブルエックス、コルトーXXだっ」
ターコを両手で掴み、フタバに見せつけるよう突き出す。自信満々なドヤ顔から、自分のネーミングセンスを欠片も疑っていなさそうだ。
ただ、それを見せつけられたフタバの頭には「?」が浮かぶ。
「エックスってなにが? 見た目……って前は単に丸くてもそんな名前だったよね」
「ふっふっふっ、それはな……カッコいいからだっ」
「そう、カッコよければいいのだっ」
ハジメ博士もカケルに同意。2人ともテンション高くハイタッチを交わし、地面に置いたターコを中心にクルクルと踊り回っている。冷めた目を向けられても気にしていない、気づかない。
「僕も毎晩必死に名前を考えてたんだけどさー」
腕をクロスして「エックス」と叫んでいても何も言わないフタバだったが、ハジメ博士からその言葉を聞いた瞬間、静かに口を開く。感情の入ってない声だった。
「ふーん……なら当然、明日までの仕事は終わってるんだよね」
「い、いやハハハ、息抜きも大事でね。うん、大丈夫大丈夫」
しかし、彼女の浮かべる表情は笑顔にもかかわらず、ハジメ博士は思わず後ずさる。圧、冷気を感じたのだ。
もっともそれは後ろめたさを自覚しているから、そう思ったのかもしれない。額の汗を拭いながら乾いた笑い声を上げている。
そんな考えていた通りの返答に、フタバは深い深いため息をこぼす。
「そんなだからママに逃げられるのよ」
「い、いやママは実家が大変だから一時的に戻っただけで……」
「分かってるならシャンとしないと、本当に逃げられちゃうんだからね」
こんな風に注意するのは母親を見て成長しているのだろうか、ハジメ博士は自分に都合の悪い話題を変えるためにも違う話を振った。
「そ、それより今日の晩御飯なにかな? パパお腹すいちゃったよ」
時間はまだ夕方の5時だが、昼飯を食べずに熱中することもあるハジメ博士。気が付けば空腹だったこともあり、それを知ってるフタバは乱れた食生活を注意すると決意しながら、下拵えをした今日の献立を発表する。
「今日はナスとピーマンの鶏そぼろ丼よ」
「……ピーマンいらない」
「黙って食べなさい。カケルは食べてく?」
「……ナスいらない」
「黙って食べなさい」
嫌いな食べ物が出て落ち込む2人をバッサリと切り捨てた。
今回のように誘われることはよくあることなので、カケルは家に電話して夕飯を食べていくことを母に伝えれば、会社帰りの父が迎えに寄るということも決まったのだった。




