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誰のためでもないラブソング  作者: 満点花丸
終幕:沙由菜と冬菜。
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狼少女は嘘をつかない。

 俺はその歌を、俺の心からのラブソングを歌い終えた。

 これで何かしらの心境の変化を与えることが出来ただろうか。そんな簡単じゃないのもわかってる。だから、たった1センチ、1ミリでもいい。少しでもこの距離が縮まっていればいい。

 物理的な距離は俺と二人との間にあるたった数メートル。その距離からすればほんの短い距離だったとしても、俺は動かすことが出来ただろうか。

 少しの間、沈黙が続く。

 最初に沈黙を破ったのは沙由菜だった。

 バカでかい拍手が俺の元に届く。そして、それに呼応して、佐藤も小日向も拍手を送ってくれる。

 冬菜は。

 うつむいたまま顔を上げようともしない。

 うまくいかなかったのだろうか。

 確かに沙由菜の話を聞くと、歌や言葉には人を勇気づけたり元気づけたりする力はあるだろう。それは俺が特別なのではなくて、様々なアーティストたちがそうやって心に響く音楽をするから、音楽はなくならない。

 だが、俺の力が及ばなかった、俺の曲じゃ冬菜には響かなかった。

 そういうことなのだろうか。

 俺は沙由菜を一瞥する。お前はどうだ?

 俺の曲を聞いて、お前が好きだと言ってくれた曲たちをやって、お前の心は動いてくれたか。単に、曲の雰囲気が、歌詞が好きだとかそういうのではないんだよな、俺の書いた歌詞に共感して、色々考えてくれたことがあるんだよな、沙由菜は。

 俺の歌はお前の心に届いたか?

 俺はそういうような気持ちを込めた目で沙由菜を見る。

 そして、沙由菜は俺の意思をくみ取ってくれたのか、頷いて返事をよこす。

 沙由菜は席を立ちあがる。

「ふ、冬菜……?」

「…………」

 恐る恐る沙由菜は冬菜に近づき、名前を呼びかけるが冬菜からは返事がない。

「沙由菜、何か言いたいなら今のうちだ」

 と俺は沙由菜に言葉を投げる。沙由菜はもう一度、俺の目をまっすぐ見つめ、頷く。

 そうだ、その目だ。

「冬菜、私、冬菜とまた一緒に話したい。笑いたい。小さい頃はお父さんとかお母さんにいろいろなところに連れて行ってもらったよね。でも、今は私たちもある程度大きくなったから、私たち二人でどこへだって行けると思うの。この街の外にだって、隣の県にだって、日本の外にだって、私たちはどこにでもいける。でも、私たちが二人一緒じゃないといけない場所があると思うの」

 その言葉に冬菜はついに顔を上げる。

 椅子に座る冬菜は沙由菜を見上げる。重力によって横に流れる髪からは、目の前にいる少女と全く同じ横顔が写る。

「二人一緒じゃないといけない場所?」

「うん、私たち二人一緒じゃないといけない。それが、未来だよ」

「私と一緒にいたら、お姉ちゃん、たくさん傷ついちゃうんだよ……? それでもいいの……?」

「そんなこと言ったら、私だって冬菜のことたくさん傷つけてきたじゃん。でも、私ひとりだったらその傷がひどくいたいのよ。たぶん、冬菜と一緒なら多少の喧嘩とかで傷ついても簡単に治るんだから」

 俺は、静かに二人の会話を見守る。

 もう、ここからは俺の出る幕ではないな。

 しかし、その美しく光る雫がほほを伝う姿から目が離すことが出来ない。

「でも……、私……、やっぱりお姉ちゃんと一緒にいることはできない……」

「冬菜……」

 やはり、俺の歌は届かなかったのだろうか。

 歌を聞いて、一歩踏み出してくれた沙由菜の声も届かないのだろうか。

「でも……、でも!!」

 冬菜は聞いたことない大きな声をこの部屋に響かせる。

 その叫んだような声は沙由菜の声とかなり似た、細いけどか細くないしっかりとした芯の入った力強い綺麗な声だ。

「私もできることならお姉ちゃんとまた一緒に……いたいよ……! でも、無理なんだよ……!」

 沙由菜はその冬菜を見て、一歩、二歩と冬菜に近づく。

 そして、次第にその距離を縮める。やっぱり、お前はすごいよ、沙由菜。

 きっと、二人の距離は心の距離が大きく物理的な距離にも反映されてきていた。俺たちは話をできるほどの距離に無理やり置いた。だから、あとはどちらかがその距離を詰めなければならない。それをいともたやすく、沙由菜は潜り抜けた。自分も置いていた心の距離を一気に縮めようとしている。

 沙由菜と冬菜の物理的な距離はもうほぼゼロだ。手を伸ばせば触れられる。

 あとはその心の距離をどう埋めるか。

 しかし、沙由菜は言葉ではなく、身体を使う。

 まさにそのとき、沙由菜は冬菜を抱きしめていた。

 顔も髪もほとんど同じように背丈や体つきだってそこまで二人には大きな差はない。

 性格は違えど、考え方もよく似ている。だからこそ、お互いがお互いの距離を詰められないでいた。冬菜に関しては他にも心理的な障壁が大きかったのかもしれない。だからこそ、沙由菜がそれを超えていかなければ、この問題は解決できなかったのかもしれない。

「馬鹿ね。私はあんたのお姉ちゃんなんだから。双子で歳が一緒だって、あんたの姉なんだから。わがまま言っていいんだよ、もっと。私に遠慮なんてしないで、いくらでも私にきつく当たっていいよ、全部受け止めるから」

 その言葉を聞いた後、冬菜は子供がそうするように吐き出すように声を上げて泣き始めた。それが落ち着くまでに、冬菜の涙につられて、佐藤や小日向までもぐずぐずしてきている。確かに、その気持ちはわからんでもない。

 俺も、柄にもなく涙が出そうだ。いや、そんなことはないか俺は結構泣き虫なのかもしれない。

 冬菜の感情の発露が収まったころに、冬菜はぼそぼそと話を始める。

「お母さんとのことは私ももう大丈夫なの。私は私だって思うようになってからはもうほとんど受け入れられてるの。でも、私が本当に怖かったのは、またお姉ちゃんと一緒にいるようになっても、私を置いてどこかに行っちゃうんじゃないかって……。また、独りにされるんじゃないかって思って……、そしたら、怖くなるの……。苦しくなるの……」

 その言葉を聞いた沙由菜はそのまま冬菜を抱きしめたまま、冬菜の髪をなでる。

「そんなことするわけないじゃない。あの時はお父さんが心配だったからそうしただけで、こうしてすぐに冬菜に会いに来た。これからもそう、もうすぐしたら大学生になって、一緒に成人して、恋をして、誰とするかはまだわからないけど結婚して」

 冬菜はその言葉に相槌を打ちながら頷く。

「確かにそうなると一緒に暮らせなくなるかもしれないけど、毎週でも一緒にどこかに行って」

「……うん」

「子供が生まれて、会える時間はもっと減っちゃうかもしれないけど年に一回は家族ぐるみで旅行して、子供も大きくなったときにまた毎週お茶でもして、歳をとって」

「……うん」

「どっちかが先に死んじゃうかもしれないけど、そのときはまた来世で会おう? そのときはもちろん、また双子として。双子じゃなくても、またこの街で集合ね?」

「うん……うん……」

「だから、冬菜。また、一緒に二人でいよう?」

 最終的には俺の出番なんて全くない。だが、それでいい。俺がするのは冬菜を救うことなんかじゃなかった。

 そんなことが出来るのは小春とかわけのわからない超能力を持ったようなやつらだけだ。

 俺には何もできない。だけど、歌があった。

 誰かの心に響く歌を歌う。それだけが出来た。その結果、沙由菜の心が動き、冬菜を救い出すことが出来た、のかもしれない。

 だが、冬菜は間違いなく、沙由菜のその言葉に大きくうなずいたように見えた。

 その光景を見た、佐藤と小日向も二人に駆け寄る。

 これは姉妹二人だけの問題というわけでもない、佐藤や小日向だって、きっとこの二人には仲直りをしてほしくて、何度か心を痛めることもあっただろう。

 いや、俺はさすがに肩を抱き寄せることはしないぞ。

 俺が見たかったのはこの光景なのだから。ステージから見えるこの光景は俺だけのものだ。

 そのくらい欲張ったっていいじゃないか、な?

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