エピローグ。
「俺がお前の真夜中の太陽になってやる!!」
と、店の喧騒の中でもその声は響き渡る。
俺の肌はその言葉を聞いてぞわぞわと鳥肌を立て始める。
「やめろ、はずかしい」
俺はそんなキザなセリフを、無理やり低い声を出して再現しようとするエロに突っ込む。
「いやぁ、高峰っちを初めてかっこいいと思ったよ……、ね? 美里」
「俺がお前の真夜中の太陽になってやる!!」
「おまえ、そこはずずずっていつも通りお茶でも啜ってればいいんだぞ、なぁ、小日向!」
俺は目の前にいる大悪魔の二人にさんざん、昨日の件をいじられる。
正直、俺も平常心ではなかったからなのか、色々ヘンテコなセリフを吐いていたらしい、もうこのセリフを聞くのは何回目だろうというくらい真夜中の太陽をいじられる。
「それで、ミッドナイトサン高峰、今日はかなでちゃん生誕祭だから、かなでちゃんと一緒にチェキを取りたいだけどよろしかな?」
「誰がミッドナイトサン高峰じゃ。どこぞのお笑い芸人みたいな言い方やめろ!! 別に写真ならここじゃなくてもいつでも撮れるだろ!」
あゆみまでそのときはいなかったくせに俺のことをいじってくる。
俺はもう観念して天井を仰ぎ見る。
あれから一日が経った。
俺たちはあゆみとの約束通り、件の異空間、ふぉうちゅんはぁとのかなでちゃんこと、沙由菜の生誕祭に来ていた。
結局、二人の間のひと悶着は解決した、と俺は思ってる。
「ミッドナイトサン高峰、あゆみもちゃんと壮馬が仕事をしてうれしいんだよ、きっと」
お前は招いてないぞ、翠。
まさか、小日向のやつ、翠がいるからって、マイ茶も出さず、おしとやかぶっているのだろうか。だが、時はすでに遅いんだぞ。
「ミッドナイトサンお兄ちゃん! ちーちゃんのおかわりはどう?」
もう、俺の突っ込みは追いつかない。きっと、こいつらといる限り俺の突っ込みは秒速5回以上できないと、追いつくことが出来ないだろう……。
つかれた。
「紗咲さん、ちーちゃんはもういいから、翠をいじめてやってくれ。たぶん、ここの制服とかすごく似合うと思うんだよな」
俺は翠が誰であるのかを紗咲さんに示すと、紗咲さんの目がきらりんと光ったような気配がする。
「みーちゃん……、やれ」
とロリ甘ボイスの紗咲さんのやれが異常に低く響くような声で俺の耳に届く。
いや、あんたそれが地声だったりしないのか、と思いつつ小日向がその一言に何かをひらめいたのかよだれを垂らしそうな勢いで、いきなり翠をがっちりとホールドする。
「え、ちょ、小日向さん?」
「み、翠くん、お姉さんと一緒に、あっちに行こうか、げ、げへへ」
小日向は女を捨てた。
こいつらのは後でのお楽しみ、ということにしておこう……。本当にここは異空間すぎて、俺も居づらい。
楽しいところではあるのはわかるのだがな。
翠が小日向と紗咲さんにどこかへと連れていかれる姿を見て、改めて少し落ち着きを取り戻す。
仲直りはした、ということにはなるのだろうが、冬菜はこの場にはいない。
昨日の今日でいきなりここに冬菜を無理やり招くのも変な感じだし、仕方のないことだろう。ゆっくり少しずつ、二人が元の姉妹に戻ればいい。その足掛かりを作れただけでも万々歳だろう。
「高峰ちん、聞いて聞いて」
「佐藤、そろそろ俺の呼び方を統一してもいいんだぞ」
俺はあゆみの方を一瞥する。あゆみは目の前の美人でエッチなちゃんねえには目もくれず、その辺のメイドさんをみてうほうほ言っている。
まぁ、いいだろう。ひとまず、メイドの黒い気持ちという名のコーヒーを口につける。
「えー、じゃあ私彼氏と別れたからそーちゃんって呼ぼうかなぁ」
「ぶふっ」
「え、佐藤ちゃん彼氏と別れたの?!」
と現金にもあゆみもいきなり会話に入ってくる。
「そうだねぇ、やっぱり身の回りの優良物件には唾つけておかないと」
「お、お前この前の日曜にデート行くとか言ってなかったか?」
俺は不甲斐なくもぶちまけてしまった黒い気持ちをふきんでふき取りながら、佐藤の突然の失恋に関して聞いてみる。
「それがさ、その日に振られちゃったんだよね。勉強しなきゃいけないから、帰るねって言ったら別れようって」
あはあはと佐藤は全くもって悲しくもなさそうに笑う。まてまて、俺は失恋したときにとんでもなくこの世の終わりくらいには思ってたのに、そんな軽い物なのか……?
いや、確かに価値観によってはそうなのかもしれないが、いくらなんでも軽すぎないか?
と思っていると、佐藤はさらに続ける。
「なんで、って聞いたら、やらせてくれないからとか言うんだよ、マジサイテーだよねー」
とニコニコと自分の失恋を笑い話にする。俺が失恋したのは一年半ほど前。まだ一週間も経っていないのになんてやつなんだ……。
そのとき、あゆみはひそひそと俺の耳元でつぶやく。
「お前、誰かに告白したか?」
とあゆみはそう聞いてくるが、俺にはまったくそんな覚えもなければ、突然なぜそんなことを聞いてくるのか理解不能だったため、首を左右に振る。
それを見たとき、再びあゆみは俺の耳元で、
「佐藤ちゃんは告白ブームにかこつけて告白してきたイケメンにオッケーをしたんだ」
「え、それって、どういう」
「これは告白ブームの終焉だ……」
な、なんだってー!?
あんなフラグを立てて置いて、勝手に告白ブームが終わったっていうのかー?!
とは口には出さず、ふーんとだけあゆみに返しておく。
「佐藤、あゆみとかどうだ、いいやつだぞ」
「うーん、そーちゃん、冗談はみっ・ど・な・い・と・さんだけにしてね?」
「本当にそれは引きずらないで、おねがいします……」
いつまで俺の真夜中の太陽いじりが続くのかわからない。
いや、そんなこと今日はどうでもいいか。
昨日のあの後、冬菜はお気に入りにピザとコーラのセットを一口も口にせず、少し、疲れたのでと行って帰ってしまい、お誕生日会は自体はぐだっと終わってしまった。
せめて、今回の功労者でもある沙由菜の誕生日は盛大に祝うべきだ。
そう思っていると、今日の主役の沙由菜……、この店ではかなでちゃんがメイド服ではなく、煌びやかなドレス風の衣装を着て登場する。
インタビューやお誕生日おめでとうの歌を客からプレゼントされ、少し目を潤ませた沙由菜はプレゼント返しとして歌います、と伝えてくる。
「聞いてください、『誰のためでもないラブソング』」
はは、お前も好きだなぁ。
しかも、沙由菜が歌ったのは昨日の一回こっきりしか歌ったことのない新しい歌詞の方のその曲だった。
歌詞も教えていないはずなのに、どれだけしっかりと心に刻んでくれたのだろう。
勝手に笑みがこぼれてくる。俺の想像を超えてくることしかしないな、沙由菜は。
「なんだなんだ、そーちゃん。やっぱり沙由菜がいいのかなー?」
「佐藤、そーちゃんはやめろ。沙由菜がいいとかそういうんじゃない、普通にうれしいんだ。俺の思いが伝わってるんだって思ったら、泣けてくる」
沙由菜は俺の歌をどんな気持ちで歌ってくれてるんだろう。あまり見ることのない、沙由菜の煌びやかな衣装に俺は目を離せない。
見た目だけではない。きっと、中身までも今は輝いて見える。
本当にきれいだ……。
イベントが始まって、2、30分ほどしたころ、俺は沙由菜とは結局ほとんど会話などせずお金だけを置いて、店を後にする。
俺にはもう一つ今日はやらなきゃいけないことがある。
そのメイド喫茶から歩いて数分のところに、東西に向かってキロ単位で細長く続く大通りの公園がある。
俺は、肩に背負っていたアコースティックギターを取り出し、いくつかの音を鳴らす。
今日も音は万全だ。
だが、やはり手癖のように一度、それぞれの音を微調整し、完ぺきな状態へと持っていく。
いくつかのフレーズを弾き、俺は沙由菜が好きと言ってくれた曲を弾き語り始める。
今はたった一つだけ選べ、なんて心の狭いことは言わない。だからこそ、俺はたったひとつ何かを選べと言われても何も選べない。なにもしないでもなく、君でもなく。俺は何も選べない、選べないほどにたくさん選びたいものがある。
その曲を歌い切ったころには多くのギャラリーが周りを埋め尽くしていた。
だが、それは俺の目論見通りだ。
「動画とかとってもいいので、SNSとかでどんどん拡散してください」
俺も回りくどいことをしているのはわかる。でも、俺からもう一度やり直そうというのが忍びないだけだ。
だから、俺はここからたった一人でも歌う。もし、こうしていて、あいつらがまた戻ってくれるならそれはそれで一興。
誰かのために、ではなく、誰にでも響け。前に進め。
いくつかの曲を弾き語り、そのギャラリーたちからの歓声が響く。
復活してほしいという声も復活しなくていいから、たまにこうしてほしいという声も聞こえてくる。
俺にもまだわからない。未来がどうなるかはわからないさ。でも、確実に俺はその魅力に取りつかれている。
俺には誰かを救うことなんてできないかもしれない。でも、誰かのために歌うことはできる。だから、ここから始めようと思う。
俺が、ラストの一曲、その曲を歌い切った時、少し周りはざわついた。
歌詞が違うとか、印象が全然違うとか、そんな声も聞こえる。
そして、ギャラリーがはけた頃に、たった一人だけ俺の目の前に立っていた。
「壮馬くん」
「……冬菜」
俺の目の前にいたのは冬菜だ。別にここでこうしているとはいっていない。
「たまたま、通りすがって、その壮馬くんの声が聞こえたので」
俺は冬菜の“目”をしっかりと見つめる。
あれだけ長かった前髪はもうそこにはない。
はっきりと見える、冬菜の顔だ。
沙由菜と瓜二つとよく表現したかもしれない。だが、今はこう表現しようと思う。
それが冬菜自身なのだから。
「冬菜、その髪、似合ってるな」
相変わらず、人をほめる言葉はむず痒い。
ただ、俺は初めて目の当たりにする。これまでも笑っていたのかもしれないが、前髪によって表情は隠されてきた。
だから、俺はこのときはじめて冬菜の笑顔を見た。
少し照れ臭そうに、でも嬉しそうに俺の言葉にしっかりと反応してくれる。
冬菜はきっとすぐに沙由菜に対してであっても心を開ききることが出来ないかもしれない。だが、俺たちの人生はまだまだ長い。
多くの苦難があり、成長し、前に進む。
俺たちはたまたま少し人より難しい問題に直面してしまったのかもしれない。でも、それでも前から目を背けてはいけないのだ。
それに、少しあたりを見渡せば多くの大切なものがある。
たったひとつしか選べなくても、少なくとも一つは選べる。
冬菜にも、今度はそのことを話してやろうと思う。俺にとって、新しく大切な人の一人になった。
いくつかの偶然が重なりあって、そこまで会って日を重ねたわけでもない。でも、そんな理屈ではない。
大切なものや人を大事にしたいという気持ちはまったくもって理屈ではないのだ。
俺たちが一歩を踏み出す勇気は、かならずその大切な人がくれる。だから、俺はそれを大事にしていこう。
「じゃあ、帰るか!」




