文学少女の秘密を探ろう。
結局のところ、俺と雪野冬菜の目的地の方向は一緒であるため、二人で肩を並べて2年の教室へ向かっていた。
雪野冬菜は俺の肩くらいに顔があり、いや顔自体は長い髪で見えないのだが。俺とは10cmほどの身長差があるくらいだろう。
そんな雪野冬菜は小さな歩幅でトコトコと俺の隣を歩く。少し歩くのが早かったか……。俺は歩くスピードを落とし、雪野冬菜の歩調に合わせて歩くように心がけた。
「あ、すみません。歩くの遅かったですよね……」
「いやいや、そんなことないぞ。急いでないし、雪野さんのペースでゆっくり向かおう」
「気を遣っていただいてありがとうございます」
雪野冬菜はとても慎ましやかだ。身の周りにはなかなかにはいないタイプだ。
例えば、沙由菜は昔こそ子供がする人見知りに近いであろう弱気ではあったと思うが、今では強気で勝気で元気すぎるし、明るいけどすぐ怒る。なんて憤怒だ。
佐藤はなんでもかんでもすぐに下ネタにつなげてくる変態下ネタ女だ。なんて色欲だ。
小日向に至ってはほんとうに面倒くさがって何もしない。なんて怠惰だ。
俺の周りにはこんな七つの罪を背負った業の深い悪魔のような女どもばかりであるのに、雪野冬菜はとても健気である。まるで天使。いや、まだちゃんと彼女の性格を知っているわけではないから、実はとんでもない邪悪を持っているかもしれない。
しかし、隣を歩いていて、聞きたいことがあるにも関わらず本人に直接聞くべきかを考えあぐねていると、それ以外に話題がないことに気付き、無言に徹してしまう。
また後で、佐藤たちから話を聞いてから、本人に直接伺ってみよう……。そう思っていると、2年の教室群のある廊下にたどり着いていた。
「じゃあ、とりあえず、話終わったらそっちに顔出すから、すまんが待っていてくれ」
「わかりました。では、また後で」
雪野冬菜といったん別れ、俺は自分の教室の扉を開けた。
「すまん、佐藤、待たせたな」
俺がそういって教室に入ると、勉強道具を広げ、談笑しながら勉強する佐藤と茶をすするだけの小日向がそこにはいた。
「あぁ、高峰っち。どうだった、告白?」
「いや、まぁ、そりゃ断ったよ」
「高峰氏、あんなにかわいい子だったのにもったいない」
と小日向はババくさく茶を啜る。
「そうだねぇ、でもほら、高峰ちんには沙由菜がいるし。で、話ってなに? 沙由菜とヤッたって話?」
呼び方は統一してくれ、反応に困る。そして、息を吸うように下ネタに持っていくな。それもめちゃくちゃニヤニヤしながら下品にいうな。本当に色欲の悪魔だな、こいつは。
「だから、そんなことはしてない。俺と沙由菜はあくまで友達だ」
「つまんないのー。ね?」
佐藤は小日向に対して同意を求める。小日向は茶をひとすすりし、うんうんと頷く。
「え、でもまって。昨日、あんなに帰り遅かったのに、じゃあ何してたんだろ……」
「佳乃、たぶん、やっぱりちゃんとやることやってたんだよ、ほら、なかなかそういうのって言えないし」
「あちゃあ、やっぱり? 沙由菜に先越されちゃった? あとで聞いておこうかな」
おい、人の話を聞け。というか、二人の世界に入るんじゃない。
まったくこいつらと話していると、時間の感覚がおかしくなりそうになる。まったく話が進まない。
「私も翠くんと付き合いたいんだけど、どうすればいいと思う?」
「お前ら、話を聞いてくれるんじゃないのか。とりあえず、翠は何かに頑張ってる子が好きだっていってたぞ」
まるで、雷だ。俺は稲光だが、音が遅れてやってくる。結果雷の認識は人間の出来る範囲では究極に遅くなる。雷にとってはのろのろとした時間を過ごしていることになる。いや、自分でも何言ってるかさっぱりわからない。
「さらっとアドバイスをくれるあたり、さすがの高峰っちじゃん」
「そして、俺の呼び方を統一してくれ、佐藤」
小日向が茶を啜る。
ああ、こいつらの世界にいると体内時計が狂いそう……。
「まぁ、冗談はこのくらいにしておいて、そろそろちゃんと聞くよ。どうしたの?」
佐藤がこうやって仕切り直してくれなければ、一体いつまで俺はのろのろとした時間を過ごすことになっていたかわかったもんじゃない。
雪野冬菜を待たせているわけだし、さっさと用件を済ませよう。
「佐藤は昨日図書室で勉強してたんだよな?」
「うん? 沙由菜に聞いたの?」
「あぁ、まぁ。で、昨日の騒ぎは見てたか?」
そう聞くと、佐藤の視線は俺から小日向の方に移る。なにかの目くばせだろうか。
小日向も啜っていたお茶を机の上に置き、手を太ももの上にのせて、姿勢を正した。
「騒ぎ?」
「あぁ、雪野冬菜って子が急に過呼吸っぽい症状になって倒れたんだ。それで、俺が雪野冬菜を保健室まで運んだ、それだけなんだが」
「そういえば、自習スペースの外が少し騒がしくなったかもね。で、それだけ? 私に聞きたいのって」
いや、これはあくまで前置きだ。佐藤と雪野冬菜の関係を聞き、何かその件で知っていることはないかを聞く。それだけだ。
「本題はこれからだ。あゆみから聞いたんだ、佐藤は雪野冬菜と話している姿を見たことあるって。お前らは知り合いなのか?」
俺がそれを聞くと、佐藤は聞こえすぎるくらいに聞き取りやすい舌打ちをする。
ふ、不良が怒った。いや、不良じゃないのか。
「まったく、あいつの野次馬根性も大したもんだね」
「まぁまぁ、佳乃、それくらい大したことないよ」
と小日向が佐藤を諭すようにそういう。そして、その質問には小日向が答える形になった。
「図書室の件を私は知らないけれど、私と佳乃は冬菜と幼馴染なんだ」
「そうか。じゃあ、あの過呼吸みたいな症状にも心当たりとかあるのか?」
と俺が聞くと、佐藤は机を思い切りたたき、立ち上がる。
「高峰くん。冬菜を助けてくれたことには私たちも感謝してる。でも、それをわざわざ私たちに聞く必要、ある? 冬菜のことをこそこそ聞いて何をしたいのか知りもしないけど、あんまりそういうのって詮索するのよくないんじゃない??」
佐藤は結構本当に怒っているらしい。あまり感情を出してくるタイプではないと俺は何度か話していて感じているのだが、この話は地雷だったのか。とにかく、怒らせてもいいことはないので、俺はなだめに入る。
「いや、すまん、佐藤、落ち着いてくれ。言いたくなかったらいいんだ。俺はあの騒動で苦しそうな雪野冬菜を見て心配だっただけなんだよ……」
「そうだよ、佳乃、高峰氏も悪気はなさそうだしさ、一旦一呼吸入れようよ」
佐藤は、小日向が置いたお茶をぐいっと一気に飲む。小日向はその様子をみて少ししょんぼりしていたが、諦観の様相を示した。
「はぁ……。いきなり怒鳴ってごめん。でも、どうしても聞きたいなら本人と仲良くなって直接聞いてよ。私たちが勝手に話していいわけないでしょ、そんなこと……」
佐藤は少し落ち着いたような声でそう言う。確かにそれが一番正論なのだ。俺は雪野冬菜に直接聞くのをためらっていたわけだし。俺がうつむいていると、佐藤は続ける。
「それに冬菜が心配って、暗に仲良くなりたいって思ってのことなのかもしれないけど、沙由菜はどうするわけ? あんた、さすがに沙由菜の気持ちに気付いてないわけないよね?」
「そりゃ……、好意を抱いてくれているのは察してる。けど、沙由菜とは仲が良すぎて逆にわからなくなるんだ。それが恋愛の好意なのか、友情としての好意なのか」
佐藤はため息をつく。
「わかってるならそれでいいわ。そのどっちつかずなの自体は高峰くんだけのせいではないけれど、中途半端なことは絶対にしないで。あんたがどれだけ長く沙由菜と関わってるかは知らないけど、沙由菜はあんたの思ってる以上に繊細なんだから。いい?」
佐藤の言うことは全て正論で、俺の心を的確にえぐり取ってきた。確かにそうだ。昨日の件も俺が未練を残していて、でも沙由菜との関係を壊したくないから、自分で予防線をはっていただけなのだから、俺のやっていることは中途半端そのものだ。実際に、あれだけのことをされれば、沙由菜の俺への好意は友情だけではないことくらいわかる。わからないのはラノベ主人公くらいだ。
「本当に、すまん。雪野冬菜のことに関しては、そうだな、お前らの言う通りだ。沙由菜のことも、確かに中途半端だったかもしれない。それに関しては、俺にもそうしてしまう原因がある。それが解決しないことには沙由菜との距離をこれ以上縮めることはない、だから安心してほしい」
「もちろん、あれだよ、高峰くん。高峰くんが誰を好きになろうが誰と付き合おうが、それは沙由菜があんたを落とせなかったってだけなんだから、それで怒ることはないよ。だから、あんたが前に進めないでいるその問題はさっさと解決して沙由菜と向き合ってあげてほしいな」
「じゃあ、もう一個逆に質問。なんで、ただ倒れた冬菜を助けただけで、そこまで気に掛ける?」
小日向は珍しく面倒くさがらないで俺のことに一歩踏み込んでくる。おそらく、それこそ小日向にとっても雪野冬菜は大切な親友だからなのだろう。
だが、俺も正直自分自身でもよくわからない、ただなんとなく気になる。その答えはきっと今すぐには出せない。昨日だって、どこかで会ったことがあるような気がしてならなかったっていうのと、きれいな髪だなって思って見入ってしまっていたくらいだし
「正直、俺もよくわからないんだ。なんとなく、どこかで会ったことあるような気がして、見てたたら、綺麗な髪に見入ってて、気付いたら雪野冬菜が倒れて、助けて……、ありがとうって言われたときにその、なんていうか……」
そう、一目ぼれというと惚れてないと思うので違うが、簡単に言ってしまえば、
「簡単に言えば一目惚れってこと?」
と俺の気持ちを代弁するかのように佐藤は呆れたような声色を醸し出しつつ、俺にそう追及する。
「それに近いけど、また遠いというか、なんていうか、気になるというか、放っておきたくないというか」
俺のその釈然としない感情を聞いた佐藤と小日向はもう一度目配せのような一瞬がありつつ、佐藤は頭を軽く掻くような仕草をする。
「わかった、高峰くん。とにかく、冬菜のことは冬菜から直接聞いて。もし、冬菜が高峰くんに心を開くようなことがあったら、ちゃんと全部話してくれると思うんだ。でも、全部冬菜の気持ちを受け入れられないなら、私はあんまり近づいてほしくないな。そっとしておいてあげてほしい」
もちろん、わかっていた。あの状況あんなタイミングで過呼吸のような症状を起こすなんて、病気か重たいなにかがあって、精神的に参った状態であろうことくらい俺にもなんとなく察しがついていた。だからこそ、こいつらもとてつもなく心配してるんだ。俺が興味本位で近づいてるんじゃないかと思って、怒ってるんだ。おそらく、その通りだとは思う。だが、やっぱり気になってしょうがない。もし、何かその重たい何かを俺が軽くしてやれるなら軽くしてやりたい。誰かが俺にそうしてくれたように。
「そうか、そうだよ。俺は…、小春がそうしてくれたように、雪野冬菜に何かをしてやりたいんだ……。二人とも、すまん、ありがとう。時間を取らせて。ひとまず、雪野冬菜と仲良くなってみることにする。じゃ、また明日な!」
と俺は急いで雪野冬菜の元へ向かうことにした。教室を出る前に、佐藤が俺を呼び止めたが、それは無視する。俺の中では結論が出た。これ以上佐藤にとやかく言われても変わることはない。
俺は口にして初めて気づいた。俺がしたいのは所詮は小春の真似事だろうと思う。俺を救ってくれた小春がそうであったように、理由なんて単純でいいんだ。どこか、つらそうな顔をしてるから、助けたいと思った。それだけでいいはずなんだ。
そのまま自分の教室を急いで出て、斜め向かいにある3組の教室へ少々駆け足で入る。そして、何やら読書をしている雪野冬菜はその音に気付き、本をすぐにカバンへと閉まっていた。そして、俺は雪野冬菜に近づき、腕をがっちりつかみ立ち上がらせる。
「雪野さん、お待たせ、行こう」
「え、ちょっと、まって」
いや、待たない。俺は雪野冬菜を引っ張って、走り始める。3組の教室を出ると、ちょうど佐藤と小日向も教室を後にしようとしていた。
「って、高峰くん!! いきなり冬菜さらってなにするつもり?!」
と声が聞こえてくるが、俺はそれに対してほぼ無視するように、だがその質問に対しては、
「ちょっとデート!!」
と返す。
「え、まって、待ってください高峰さん! お礼をするとは言いましたけど、で、デートなんて!!」
「うるせー、別にお礼なんかいらないから、どっか遊びに行こう!!」
半ば強引に俺はそのまま学校の昇降口、玄関の方へ走って向かった。




