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ロード・オブ・ミーリア(仮)  作者: くらうでぃーれん
第5章 ゼーシュタット
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終.歩むべき道


 そうして、出立の日がやってくる。


 最後に特別な言葉をかけられるようなこともなく、クラウは解放された。

 クルトはもちろん、ジークも別れ際に何を言ってくることもなかった。


 少し大きな問題が起こったからといって、賑わいの波が引くことはない。

 今日も今日とて、街は多くの人々の楽しげな喧騒で溢れていた。


 その中を、クラウは前だけを見て、ミリは地面を見つめてどちらも黙り込んだまま歩いていた。

 道の端を埋め尽くす露店も、人々の笑い声も、遠くで陽の光を照り返すクリスタ湖も、どこか寒々しく感じられる。


 今日までミリとはほとんど言葉を交わしていない。


 結局、ミリは答えを見つけることは出来なかったのだろうか。

 見ている限り、ミリの様子に変化はない。いや、そもそもあまり見れていないので自信はない。


 騒がしい街中で、2人を取り囲む空気だけが周囲と隔絶されたように沈み込んでいる。初日の浮かれた空気などはもはやどこにもない。

 あちこちに目を奪われながら歩けばあっという間に過ぎてしまう通りも、黙々と歩いているだけでは随分と長く感じられる。


 それでも、歩いていればやがては終着へとたどり着く。

 国内外を隔てる門。そこを越えてしまえば、ゼーシュタットとは完全にオサラバだ。


 いつか来たいとミリが憧れ続けた国。

 けれどそこでミリが得たものは重く苦しい教訓と思い出で、クラウが与えられたものは何も無い。


 気遣いだとかそんなものですらなくて、単なるご機嫌取りかもしれないけれど、何か出来ることはないものかとクラウは周囲を見回した。


「‥‥ミリ、出る前に、何か欲しいものある?」


 自分でも情けなくなるくらいおずおずと尋ねると、ミリは下を向いたままふるふると小さく首を振った。


 本当に、情けない。自分はいったい何を躊躇って何を恐れているのか。

 たかだか10歳の少女に嫌われることをこんなにも恐れているなんて、言葉通りただのガキじゃないか。


 弱くなったな、と言ったクルトの言葉を思い出し、改めて理解する。

 ミリは自分にとっての弱点だ。なぜならミリとの関係には、今日まで積み上げてきた誰にも負けない最強の騎士としての実力がほとんど役に立たないから。 


 戦うことしか能がなかった頃は、戦うだけで良かったし強ければそれでよかった。そして自分は強かった。だから自信に満ち溢れていた。

 けれど今はそれがない。自信を失うだけで、まさかこんなにも腑抜けになってしまうとは。


 芳しい返事が得られず、かけた言葉が宙に浮く。

 それ以上何を言うことも出来ず、先程以上に重く感じられる沈黙を無理矢理押し退けるような嘆息と共に歩き出し――わずかにつんのめった。


 振り返ると、ミリが服の端を摘まんでこちらを見上げている。

 戸惑い気味に首を傾げると、ミリは思いの外はっきりとした口調でそう言った。


「あれ、食べたい。あの果物。買って。食べさせて」


 反応しきれないクラウを、ミリはぐいと露店のほうへと引っ張ってゆく。

 今朝までの態度以前に、ミリがこんな強引なワガママを言うのは珍しい。


 ――そこで、気が付いた。ミリの意図することに。


 それがミリの出した答えだというのなら、それを受け入れよう。

 いや、そもそも、その答えはクラウ自身ずっと望んできたことだ。


「ん。買っていこうか」


 隙間なく露店がひしめく通りとは違い、スペースに余裕のある国境付近に置かれた露店の前には様々な果実が並べられている。それらは全て、クリスタ湖で採れた果実のようだ。

 ゼーシュタットの特産品であるがゆえ、他の店に比べてなおその値段はなかなかのものだ。

 だがミリは遠慮することなく、渡された紙袋に次々と果実を詰めてゆく。


 今回の仕事に賃金が発生するはずもなく、この出費は財布になかなかの打撃を与えてしまった。


 これはひどく非効率で無駄な行為だ。

 けれど、世界を知らないミリと、普通を知らないクラウ。そんな2人だからこそ、こういう遠回りも必要なのかもしれない。


 金を払って店の前を離れると、ミリは何も言わないまま果物をひとつこちらに差し出した。

 受け取ろうとすると瞳を吊って手を引き、「ん!」と駄々っ子みたいに腕を振って手渡しを阻止される。


 一瞬だけ迷ってから、差し出されたそれに直接かぶりつく。

 ミリは少しだけ満足そうにしながら、そのまま果物を押し付けてきた。


 ――あっ、ヤバい可愛い。


 ぎこちなく笑うミリが最高に可愛くて、今すぐ抱き締めて頬ずりしたい衝動に駆られる。


「‥‥‥‥」


 けど、今それはアリなのかなと悩んでもしまう。

 ミリはそんなクラウの様子に、読み取りづらい表情で唇を噛んだ。


 恐らく今、ミリの心はひどく繊細だ。下手なことをして悩んでいるミリを傷つけてしまいたくはない、なんてらしくない迷いを抱く。


 ‥‥らしくない、か。


 そう思うと、今ここでクラウが、笑顔でありがとうと言いながらミリの頭を撫でて触れ合い終了、なんてのは、あまりにも自分たちらしくない。

 らしくないやり取りを続けていたところで、空いてしまった隙間を埋めることはできないだろう。


 となると。


「んあーっ! ミリ可愛いよミリ! 果物なんかよりミリのほっぺたが食べたいよミリ美味しいよミリ!」


 一瞬前までの微妙な空気を全力で叩き壊してミリに抱き着き、昨日まででは考えられないような、数日前なら当たり前だったように、ほっぺたとほっぺたをこすり合わせた。

 ミリはさすがに面食らって動きを硬直させていたが、やがてゆるゆると肩の力を解くと、そっとクラウの背中に手を回した。


 往来のど真ん中で。大勢の人々の視線を浴びながら。


 普段なら許してくれないだろうそんな行為も、今だけは許してくれるらしい。


 小さな体を抱きしめながら何か言いたくても何を言うべきなのか分からず、意味もなく口を開閉させる。

 ミリはどう思っているのか、同じく黙って抱き着いてきているだけだ。


 バカな空気は一瞬で霧散し、いつの間にやら2人を包むのは真剣な空気。

 ただ、先程までよりも少し柔らかくなったそれに囲まれながら、クラウはミリの頭をそっと撫でた。


「‥‥なあ、ミリ。これからもずっと、オレと一緒にいてくれるか?」

 

 少しだけ、恐る恐る。

 耳元で囁くように、そう尋ねた。


 自分たちにとって、大前提ともいえる当たり前のこと。

 この旅の目的はむしろそれ、2人が国に帰った後もずっと一緒にいるためのものとさえ言っていい。


 ミリはぎゅっと抱き着く腕に力を込めながら、腕の中で小さく頭を振った。


「‥‥分からない。私は何も知らないから、これから先どうなるかなんて、今の私には分からないよ」


 クラウの懸念と同じものにミリが気付いているという事実に、ズクリと胸が疼いた。

 ミリは分かっている。いつか自分が〝濁る〟であろうことを。


 しかしミリは、クラウのように不安に言葉を詰まらせることなく、存外に毅然とした声を耳元で響かせた。


「でも、分からないけど、今の私は、ずっとクラウと一緒にいたいって思ってるから。それだけは、絶対だから」


 それから今度は少しだけ言葉の勢いを弱くして、クラウを抱く腕に力が込められた。


「‥‥だから、分からないことはクラウが教えて。間違ってるって思ったら、間違ってるって言って。納得できなかったら自分で考えるし、ちゃんとケンカする。だからクラウ、私にもっと教えて。私のこともっと怒って。私と‥‥もっと話をして。悩んで黙ってるなんて、やめてよ‥‥」


 ミリの言葉に、再び胸が疼いた。先程とは、違う理由で。


 自分は何も分かってなくて、頑張って考えて、少しくらい分かったつもりになって、だけどやっぱり何も分かっていなかった。

 考えるほどに視野を狭めて、自分のことしか考えられなくなってしまっていた。


 いったいどれほど、自分の未熟さを思い知らされればいいというのだろう。

 知れば知るほど自分には足りないことばかりで、今のようにミリにさえ及ばないこともある。


 だけど、今はこんな自分だけれど、いつか為さねばならないことがあるから。果たさなければならない約束があるから。

 もう一度ミリを強く抱きしめ、確かな口調でそれを宣言した。


「分かった、約束する。オレは絶対にミリを、最高の王にしてみせるから」


 それに応えるように、ミリはクラウに身をすり寄せる。

 再び交わす言葉はなくなってしまったけれど、今だけは許してもらえるだろうか。


 ミリの歩もうとしている道は、険しく果てない。

 ならばその隣を歩もうとしているクラウも、共に同じ道をゆかなければならないのだ。


 当たり前のことなのに、そんな簡単なことも忘れてミリのずっと前を歩いている気になって、ミリを引っ張っているものだと勘違いして、ちゃんとミリのことを見ないままに1人で歩みを速めてしまっていた。

 そのくせ一緒に歩いている気になって、慌てて追いかけようとするミリに気付けないでいたのだ。


 クラウの背を追って焦って転んだミリを見て、それが自分のせいだと言われてようやく、クラウはミリとの距離に気が付いた。


 そして今、2人はもう一度肩を並べて歩き始めることが出来た。

 今度こそしっかりと、ミリの顔を見ながら歩幅を合わせて。


 きっと歩調が乱れることも何度だってあるけれど、ちゃんと互いを見ていればすぐに合わせられる。

 手を引き引かれて足並みを揃え、時には立ち止まって脚を休めればいい。

 急いで駆けることに意味はなく、ミリに必要なのは歩んだ道を確かめながら進むことなのだから。


 今一度、自らの進むべき道と目的地、そして共に歩む人を見つめ直し、手を差し伸べる。

 ミリの瞳は真っすぐにクラウを捉え、そっと、差し出した手に小さな手が重ねられた。


 2人は確かに手を取り合って。

 ミリの座すべき玉座へと至る道のりを、再び歩み始めるのだった。


 これにてゼーシュタット編、完結となります。読了ありがとうございました。

 今までは全部完成させてから小分けにして投稿していたのですが、今回はある程度書き終えた段階で修正しながら投稿していました。そうするとラストの締めの部分がどうしても納得いくものが書けなくて、最終部だけ妙に投稿が空いてしまいました‥‥。

 ここに来てようやく多少タイトルと絡む表現を使ってみたのですが、「ロードオブミーリア」の「ロード」というのは、道とか覇道とか君主とかいくつかの意味を絡めつつ、某映画のパロディっぽく、と思って付けたタイトルだったのですが、正直いまだにしっくり来ていませんw そう思って(仮)にしているのですが。ロマンシングミーリアとかインペリアルミーリアとかミーリアフロンティアとかそんな感じにしたいです。

 モチベを上げるのはなかなか大変ですが、ラストも含め書きたいシーンがあるので、なんとか続けていけたらと思っています。そしていつか読み返した時に、昔は下手だったなァくらいの感想を抱けるようになれればいいなと思っております。というか今すでに思っております。

 次の予定としては、ひとつ短い話を挟んで、その後から大きく訪れる国の雰囲気を変えていこうと思っています。それに合わせて元々のコンセプトだった、キノの旅的な短編と長編の組み合わせにしていきたいと思っているので、これからも頑張ります。

 ずっと読んでくださっているいたら、今後とも応援して下さると嬉しいです。よろしくお願いします。

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