おかわり
「……何作ってるの」
テンが声に振り向くと、レンが台所の壁に寄りかかって立っていた。まだ目が半分閉じている。
「特別なおかゆ」
テンは答えながら、また食材を一つ一つ確認する。
様々な香辛料を無視して、鍋に残った昨日のかゆの匂いをかいだ。腐敗臭はしないし酸っぱいような発酵臭もない。これは自分の朝ごはんにする。
「入れるものを少し変えて作ってみようと思ってさ」
「なんで?」
「食べてみれば分かるよ」
レンはふーん、と言って台所を出て居間にある食卓に座った。
根菜は使わない。柔らかい葉野菜を刻んで、少しだけ残っていた鶏の乾燥肉を裂いて入れる。シンズに手を伸ばしかけて、やめる。味付けも塩だけ。
レンのおかゆを作りながら味見につまんで、さらに昨日の残りのおかゆも食べる。三食分は昨日の食事で取り返したはずなのに、もうお腹が減っていた。
おかゆが煮えてくると、匂いが部屋全体に広がってきた。レンは食卓で鼻をくんとさせて言った。
「いい匂い」
テンは出来上がったおかゆを食卓に運ぶ。
二人で向かい合って食べるいつも通りの朝。バル婆は朝早く、日が高くなる前に畑に向かうから、天気がいい日はいつも二人で朝食を食べる。
テンはお椀の形に沿ってふんわりとおかゆを盛る。冷ましながら少しずつ食べ進めることができるようにとバル婆が教えてくれた盛り方だ。
「はやく食べてみて」
テンは味の感想を早く聞いてみたかった。レンはまだぐつぐつと音が聞こえてきそうなおかゆを匙ですくって、息を何度か吹きかけて口に運んだ。
「あふっ」
「あふ?」
「……あっふいけど、おいひいね」
「よかった」
レンが黙々と食べ続けるところを、テンは自分も同じものを食べながら見守った。我ながら上手に出来たと思った。単純な味付けだけど、仕上げに入れたゴマが香ばしくて効いている。
すぐに二人のお椀は空になった。自分のお椀にお代わりをよそいながら、レンの視線を感じた。
「レンもおかわり、する?」
「うん!」
午後は村の外に出ることにした。久しぶりに家の外に出た気がして太陽がすごく眩しく感じる。テンは、すぐ近くの小川に向かうことにした。夏の午後はいつもそこで過ごすのだ。
「テン! 昨日どうしたの」
「具合悪かったって聞いたけど?」
「もう大丈夫なの?」
小川のほうから三人が声をかけてきた。テンは足を止めずに答える。
「大丈夫。少しお腹が痛かっただけだから」
「薬師様が来たって聞いたよ」
「すぐ帰ったから平気」
テンが適当に流すと、子どもたちはすぐ次の話題に移った。テンの家から数十歩の距離にある、浅い川。一人をのぞいて、その川べりにみんなで座った。
朝には洗濯かごを持ったおばさんたちのたまり場にもなるそこは、水の音が耳に涼しかった。
テンの横に座るシウは、赤みがかった髪を無造作に束ねている。ぴょんぴょん飛び跳ねる髪の毛は、物事をあまり気にしない彼女そのもののようだった。
その隣に座るのは弟のジウ。よく似た色の髪が太陽の光を吸収してオレンジ色みたいに光って見えた。
テンが正面を向いて少し先を見ると、浅い川にはロンが寝転がっている。
真っ黒の瞳はいつも半分閉じられているみたいに眠そうに見えた。長い髪を頭頂でまとめているけど、暗い緑の髪はほとんど濡れて黒に見える。テンより少し年上の男の子は水の中に入っているのが気持ちよさそうだ。
「どうしたの?」
テンがぼんやりと川を眺めていたら、レンと同じ七歳のジウに話しかけられた。薄い灰色の瞳がテンを見ていた。
「どうしたのって?」
テンは、この数日で起こったことを考えながら上の空で答える。
「変な顔してたよ」
「してないでしょ」
「してた!」
シウが、ジウに加勢して、テンの脇腹に向かって日に焼けた指を突き刺した。一瞬だけびくりとしたけど、特になんともなかった。
ロンはその様子をただ見ている。テンは誰も自分の味方がいないことを悟って言った。
「沈黙は金なり」
二人がなにそれと笑う。テン自身もつられて笑いながら川に入れた足を動かす。冷たくて気持ちがよかった。夏の始まりだ。
小川の周りに落ちている小石を拾いながら、ジウが聞いてきた。
「ねえ、レンはどうしたの?」
「いつもと一緒」
「また熱?」
「うん」
「大変だね」
ジウは特に深く考えずそう言って、川の深い部分に向かって小石を投げる。ぽちゃん、と音がする。深いところには行ってはいけないと言われているから、みんなで少しずつ浅くしようと石を投げていた。
テンは石の沈んだところを見る。……この村では体が弱い子どもは、大変だね、で終わる。仕方ない、で終わる。大人になれば治る、で終わる。それが普通。11年間、テンもそう思っていた。
テンはジウが投げた小石がどこに落ちたか、目を凝らしたけれど見つからなかった。
「テン、また変な顔してる」
今度はシウに言われた。
「考え事してた」
「何を?」
「……レンのこと」
「早く元気になるといいね」
「本当に」
川の水が、足の間を抜けていった。
夕方、レンが昼寝に入ってバル婆が畑から戻ってきた。そのまま隣の隣の家におしゃべりに出かけて、家の中が静かになる。テンは台所にある鍋を手にとって磨き始める。
――霊門。
魔力を溜める臓器。今は腫れていて放っておけば破裂する。もう痛くない。昨日も痛くなかった。昼にシウに脇腹を突かれた時は反射でびくりとしてしまったけど、もしかして腫れはもう治まった?
”しばらくはな”
薬師様のあの一言が、引っかかったまま離れない。
「……考えすぎ」
声に出して言って、頭を振った。磨いていた鍋を棚に戻そうとする。手元をみると、棚と手の境目が見えないくらいに部屋は暗くなっていた。




