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一章32話 異世界人と竜の卵「帰すんだな、どっかの国にも見習って欲しいな」

 先輩からこの世界についていろいろと教わり、自分たちの素性を話すかどうかの話し合いは、別にこのまま話さなくてもいいのではという結論が出た辺りで、お風呂に案内するとマインちゃんが私を呼びに来た。

 なぜ私がこの世界に来てしまったのかとか分からない事は沢山有るのだけど、兎に角やって行くしかない。

 でも、先輩が居てくれて良かった。

 私一人で異世界に放り出されていたらきっと碌な事になっていなかった筈だから。

 マインや他の子もいい子だしメイドさんやリエルさんたちも良くしてくれる。

 こっちの世界の事については、先輩に聞いた事しか知らないからまだ結論を出すのには早いけど、元の世界よりこっちの世界に居る方が良いかもしれない?


「ここだよ~」


 貴族のお家と言うだけあって広い邸に合った銭湯のような大きなお風呂。

 先輩言うには家電ぽい物は有るけど、科学関係は殆どが魔法で代用されているという話だった……。

 私にも魔法を使う為の魔力、MPというものは有るみたいだけど、当然使い方は分からない。

 今回のお風呂はマインが一緒に入ってその辺りの使い方を教えてくれるという話だけど。


「え?」


 脱衣所の鏡、鏡も普通に有るんだとは思ったけど、今はそれどころじゃない。

 目の前の鏡に映ったのは黒い瞳を驚きで見開き、内巻きの明るい茶色のショートカットを揺らす私とは別の女の子。


「誰?」


 鏡に聞いても中の女の子は私に合わせて口を動かすだけで答えは返って来ない。




――――――――――――――――――――――


「大丈夫だろうか?」


 千夏がほぼ記憶喪失のソウマのような状態と話したら、マインが魔力で動くシャワー等の道具の使い方を教えると言っていたが……あいつ人に物を教えられるのか?


「だが、俺が行く訳にも行かないしな……」


 こういう時は……。


「リュイン任せた」

「了解っす!」


 やっぱり居やがったか。

 隠密状態が解除されて姿を現したアサシンメイドは、迅速に行動に移り直ぐに姿を消した。


「あいつ暇なのか?」


 全メイドで働いているけど監視を含めてリュインが俺の専属になっていると後に聞くことになる。

 まぁ、そんなもんだろうな。俺だってヤバそうな奴が居たら警戒して監視を付ける。

 ただ、自分の方がヤバいから警戒する対象が少なくて油断し過ぎるってだけだ。

 分かっていてもずっと警戒しているのは疲れるから油断して結構いろいろ見落とすんだけど……まぁいい。


 リュインが隠密で潜んでいたって事は、異世界云々についても色々聞かれた筈だな。

 信じているかどうかは分からないが、千夏は名前を偽ってるからな……何の意図が有るのか分からないが、他の奴らが俺のついでにでも警戒してくれるなら手間が省ける。

 まぁ、あいつに悪意あるようには感じないから余計な心配だとは思うんだけどな。


「師匠~!」


 いつまでも千夏の部屋に居る訳にもいかないので、さっさと廊下に出て適当に自室に戻ろうとぶらついていると、脱ぎかけた服をそのまま肩に引っ掛けた半裸のマインが駆け寄って来た。


「とりあえず服をちゃんと着ろ」


 とりあえずちっこい胸が俺に見えないようにマインの向きを反転させて話を聞く。


「チナっちゃんがおかしい!」


 チナっちゃんって、千夏の事か? 何がヤバいのか分らんが、とりあえず見に行くか。


「リュインはどうした? 確かそっちに行ったはずだが……」

「今チナっちゃんを見ててくれるよ~」


 急げ急げと背中を押してくるが、リュインが居るなら俺が行かなくても大丈夫だと思うんだがな。


「チナツ様! チナツ様! くっ、これはいっその事気絶させるしか……」


 大丈夫じゃなかったか。

 鏡を見たまま固まっている千夏をリュインが必死に揺すっているが、千夏は全く反応を示さない。


「何があった?」


 声をかけると、それまで無反応だった千夏が勢い良くこっちに顔を向けるが、その瞳に光が宿っていない、ちょっとしたホラーだ。


「せん、ぱい……」


 搾り出すような声で俺を呼ぶ。


「ん、どうした?」


 出来るだけ刺激しないように当たり障りのない返事を返す。


「先輩には、私はどう見える?」


 どうって……いや、ちょっと待て。

 鏡を見て呆然とする。自分の見た目がどう見えるかを聞いて来る。それと自分の名前を偽っている千夏。

 そこから考えると……。


「可愛い女の子?」


 なんか引っかかるけど何も分からなくて見たまんまの答えを返す。


「先輩は! 黒い髪だよね!?」

「そうだな、染めてもいないしな」


 そう言う千夏は明るい茶髪。

 最近は染めている奴も居れば生まれつき茶色っぽい髪の奴も居るから不思議ではない。

 それ以前に髪の色については異世界だからとたいして気にした事が無い。

 日本人の千夏に関しても、元がゲームの世界だから全く気にしていないんだが……何かおかしいのか?

 いや、今千夏が髪の色がおかしいと感じる事自体がおかしいのか? ゲームの中のキャラは例え日本人でも髪の色がどピンクだろうが、水色だろうが、有り得ないグラデーションしていようが、何故かひと総だけ赤かろうがまったく気にはしない。

 それを気にする千夏はこの異世界基準の日本から来た異世界人ではない?

 もしかして俺と本当の意味で同郷?


「まて、落ち着け」


 いや、俺の方が落ち着け。

 フラッシュタスクも使わないまま思考を続けるとか馬鹿か……。

 でも今まで出た情報だけで正解にたどり着ける頭持ってねぇ。


「私も黒なんだよ……」


 何が? 黒、犯人ってか? 何のだよ……名前を偽ってるぐらい、突然知らない場所で信用できるか分からない奴らに囲まれている状況なら警戒してそれぐらいはやるだろう。

 黒? 私もって事は前の会話から……俺の髪の色の話しかないな。

 となると、私も黒い髪だって言いたいのか? どう見ても茶髪なんだが……。


「でも、茶髪だよね……」

「そうだな」


 黒って髪の事かよ、本来は黒いのを染めてるって事か?


「顔だって違う! 胸も無い! 自分に全く見覚えが無いの! ねぇ、私誰なの!」


 あ、ここまで言われてなんとなく分かった。

 こいつ、この世界に召喚されたんじゃなくて、この世界にいる誰かに憑依した奴だ。

 俺と同じ異世界人だから召喚された奴かと思っていたけど、中身が違う訳だ。

 戦闘マップで表示されたユニット名の速水(はやみ)姫咲(きさき)というのが、千夏の入り込んだ身体の元々も持ち主の名前だろう。

 そうなると、千夏は名前を偽っていたんじゃなく、現状に気付いていなかっただけか。


「お前は千夏、自分でそう名乗っただろ」


 千夏は俺の服をきつく掴み、でもと続ける。


「面倒に考えるな、ここ異世界だぞ、何でも有りだと思っとけ」


 俺はこの世界に来た時は夢かなんかだと思っていたから姿が勇者君に変わっていたとしても気にしなかっただろうな……まぁ、そんな事も無く自身のままでこっちに来ている俺に気の利いた事なんて言えはしないが。

 兎に角、千夏を落ち着かせる為に根気強く言葉を重ねる。



「……で、こんなとこで寝るなよ」


 一時間程かけた結果、千夏はリュインの膝を枕にして静かに寝息を立てていた。


「まぁまぁ、いいじゃないっすか」


 俺が枕にされてる訳じゃないから別に良いんだがな。

 でも、千夏が目を覚ましたらもう一度話し合っておこう。

 さっきの予想が正しいのかも確認しないとだな。


「結局、この子はなんなんっすかね?」

「ただの迷子だ。多分、元居た場所にはもう戻れないけどな……」


 千夏の中身が速水姫咲の中に入っているなら、元の身体はもう戻れる状態じゃないだろう。


「それはルイ様も、なんっすかね?」

「そうだな、俺も、故郷への帰り方は分からないな」


 大変っすねぇと他人事だと思って軽く返してきているように思えるが、自分の膝で眠る千夏の頭を撫でる手つきは母親のように優しく本当に他人事だと思っているようには感じない。

 リュインに母性を感じるとかすっげぇ意外だったが、とりあえず千夏の事はリュインに任せておく。

 あの馬鹿男共を平然と運んでいたリュインなら千夏を部屋まで運ぶぐらい楽勝だろう。


「う~ん、よく分かんないけど、師匠~痴話喧嘩はダメだよ~」

「ほんとに分かってねぇなこいつは……」


 乱暴にマインの頭を撫でて色々と誤魔化して俺は自室へ戻る。


「お、ルイ、丁度良い所に居た」


 が、戻る前にクラッドに捕まった。


「卵をどうするか決まった。詳しい話をするから来てくれ」


 まだ、自室には戻れそうにないな……。


 クラッドと共にリエルの自室というか執務室に来ると、いつもより疲れた様子のリエルがソファに座り紅茶を片手に休んでいた。

 執事のジョルドは俺たちが来たことを確認するとすぐに俺たちの分の紅茶も用意を始める。

 そして、リエルが俺たちにも座るように促して話し始める。


「予想通りの指示が出たわ~、あたしたちとルイでドラゴンの卵を親の下に帰すようにだって~」


 事前に聞かされていたから予想通りになったなぁって感じだが、今回はリエルやクラッドも一緒に行くようだ。


「魔力の残滓を読み取って卵の移動した痕跡を辿らないといけないからね~、ルイだと無理でしょ~?」


 魔法を使うのに必要だからなんとなく魔力を動かす程度ならできるが周囲の魔力を細かく感じとったりとかはできないな。

 大雑把になら魔力の濃い場所とか大規模な魔法が使われた跡なんかは判断は出来るが……。


「それに~、今回は事が事だからルイだけに任せられないのよ~、本来なら嘱託と言っても関わらせて良いような仕事じゃないんだけどね~」

「それでも、ドラゴンに対抗する力を持つルイは今回のメンバーに組み込まないといけない」

「だったら、同行するのはルイの知り合いで保護者なあたしたちってなる訳~」


 誰が保護者だ……まぁ、世話になってはいるから間違ってはいないのか?


「出発は?」

「卵の移動した痕跡が消える前に辿らないといけないから明日にでも出るわよ~」

「それも有るが、早急に対処しないと何処でドラゴンが暴れるか分からないからな」


 千夏の事も有るのに、全然ゆっくりできないな。

 まぁ、退屈はしないから良いんだけどな……。


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