一章19話 受け取り「すんなり帰れない」
ミスリルタートルを解体してから数日、漸く依頼の装備品が出来上がった。
とは言え俺たちの乗って来た馬車に乗り切らない量を数日で仕上げるダオンの工房の職人たちの腕には感心させられる。
因みに、坑道のミネラルタートル共が落ち着いていたことは伝えたが、坑道の方は暫く閉鎖されるそうだ。
調査の結果、ミネラルタートルが人を襲うのは生息域の鉱石が一定量を下回った結果そう言った行動に出るらしい。
時間が経ち、鉱石の量が増えればいずれミネラルタートルも落ち着くだろうという事だ。
必要な鉱石はもっと遠方から調達することになるので職人たちにとっては痛手だろうが、ミネラルタートルが減り鉱石が枯れてしまう方が職人たちにとっては困る事になる為そう言った処置に収まったみたいだ。
「にしても……これ完全に俺のアイテムボックスを当てにした依頼だよな?」
依頼の装備品が馬車に乗り切らない量な時点で間違いなさそうだ。
多分リエルかクラッドの報告で知られているんだろうが、馬車よりも物を運べる個人に疑問を抱かないとかファンタジーだよな……いや、ファンタジーで済ませていい話じゃないんだが、世界がそうなっているんだから俺にはどうにもできない。
どうこうする必要も無いしな。
馬車に乗り切らない依頼の装備をアイテムボックスに入れて行く。
どうせなら全部入れてしまえって思うのだが、馬車に乗る分は馬車に乗せて移動しろとリエルに言われている。
理由は分からないが、まぁ俺が苦労する訳じゃないからいい。
「それじゃ、よろしく頼むぞ」
俺が持つ分はすぐに片付き、馬車の方も漸く積み込み終わる。
ダオンから納品書にサインを求められるが……ん? 俺が書くのか?
一応、自分の名前ぐらいは書けるようになっているが……メイドや子供に書かせるわけにもいかないし、俺が書くしかないのか。
出来るだけ丁寧に納品書にサインをして、一応リュインに間違って無いか確認させた後ダオンに返す。
「確かに、お前さんたちなら大丈夫だろうが、しっかり届けてくれよ」
「とは言っても出発は明日だけどな……」
最後の装備が完成したのがついさっきだ。
そして日はとっくに傾き始めている。
一番近い宿泊場所との距離を考えたなら、街を出るのは早朝が良い。
「と言う訳で、今日の残り時間は最後の自由行動だ。旅の準備も終わらせて夜までに宿に戻ってるなら好きにしてろ」
ソウマとマインに自由時間を与えて俺も適当にうろつくとしよう。
リュインはあんなんでも流石メイド、旅の準備の方は全体の分も含め既に終わっているので、装備を積み込んだ馬車と共に宿で待機しているとの事だ。
ソウマはこの街で知り合った人に出立の挨拶に行った。マインはそれに着いて行ったみたいだが……あいつら実は仲良いんじゃないか?
俺は旅の準備的なものはアイテムボックスが有るのでいつでも余裕をもって準備しているからほぼ必要が無い、なので適当にぶらつくか……。
適当にその辺りの店を見て回る、今の資金で買える弓が有れば良いが……ミリルがこっちの予想を外して弓を作って来たらと思うと手が出せない。
それ以前に、剣や斧と言った近接武器の方が豊富で弓を扱っている店が殆ど無く、有っても結構な値が付いていて手が出せなかった。
「ミリルに期待……は出来ないだろうな」
多分普通に剣とか作って来るだろう。それでも素材が良いからまともな剣ができるだろう。多少あれでも素手よりは断然いいだろう。
「弓はまだ保留かなぁ……」
今だと遠距離攻撃は魔法か投擲なんだよな。
魔法はハッキリとイメージして魔力を込めれば威力が上がるので魔力が持つなら十分な攻撃手段だが周りへの被害も考えないといけない。
投擲は俺自身の攻撃力と投げる物の攻撃力で計算した威力に投擲スキルの補正が入り最終的な威力になる。
俺の攻撃力なら投げる物によっては相当な威力が期待できるが、攻撃力の高い物って武器ぐらいしか見た事無いんだよな……。
攻撃力の高い武器なら投げるよりもそれで戦った方が良い。
投擲は雑魚用か……その辺の石投げるだけならタダだもんな。
雑魚が相手ならそれでも全く問題が無いとはいえ、やっぱ剣にしろ弓にしろ、なにかしらの武器は欲しいよな。
まぁ、ミリルがなんか作ってくれているからそれに期待するか。
ダオンには貴重な鉱石を見習いが扱う上に何ができるか分からない、って事で鍛冶代も無しで良いと言われたからそこまで期待はできないだろうけど。
普通に戦いに使えるものができるなら、まぁ良い。
結局空いた時間を適当に街を見て回るだけで潰してしまったが……。
「それで~、剣作ればって言ったんだけど、結局弓にするみたいだよ~」
晩飯の席でそんな朗報をマインが齎した。
「お、本当か? 全くって言うぐらい弓ができる事は期待してなかったんだが」
マインはソウマと共に挨拶周りを終えた後、漸く工房が空き、ミスリルの錬鍛作業中のミリルの下に向かった。
魔剣である大剣槍のメンテなんかの相談に行ったそうだ。
その時に何を作るかの方向性を決めかねていたミリルに、マインはミリルが得意とする剣を作ったら? と言ったようだが……。
「お前、それ俺に合わなかった時、あわよくば自分が貰えるかもって考えてだろ?」
「ん~、何の事か分からないよ~」
誤魔化せてねぇ、目が完全に泳いでる……こいつ、嘘つけない、もしくは下手だな。
「弓作ってくれるっていうなら、有難いな」
期待していなかった分、嬉しさも大きい。
「今夜は徹夜だって~」
明日出発の俺に合わせてだろうが、頑張ってくれているようだ。
「間に合うと良いですね」
だな……間に合わなかったら別の日に取りに来なきゃいけないからな。
「修行ついでに届けても良いって言ってたけど~?」
「修行?」
「そう、ミリルちゃん今の工房で鍛冶師として教わる事はもう教わった後だから~、素材の調達や別条件環境や気候の違う状態での錬鍛を経験するために旅する予定なんだって~」
簡易で魔法を利用した炉まで生成して全く設備の無い場所で錬鍛を行うなんてこともやるらしい。
そんなこと聞かされても、へぇ、としか思わないが、この世界の鍛冶師も大変なんだな。
後に知ったが、全員が全員修行の旅なんてするわけじゃないらしい。
まぁでも、これは明日が楽しみになったな……。
そして翌日、出立前の宿に眠いのか元々赤い釣り目をとろんとさせたミリルがやって来た。
が、先ほどから手に持っている物を背に隠しもじもじとしている。
その姿が告白の手紙を渡す前の少女のように見えるから止めろ……。
「お兄さん……」
だから、意味あり気に憂いた目で見上げて来るな! それ眠いだけだよな!?
「ごめんなさい」
そう言って頭を下げ、背に隠していた物を突き出してくる。
その手に乗っていた物は……。
「眼鏡?」
なんで眼鏡なんて出て来るんだ? あ、まさかこれ、あのミスリルで作ったのか!?
「弓を作ろうと思っていたんですけど、いつの間にか遠距離武器から遠距離攻撃の補助アイテムに変わってて……」
いつの間にかって、これ無意識にやったのか?
ミリルは申し訳なさそうに、この眼鏡のレンズ越しに狙いを定めて遠距離系の攻撃を行うと命中率が上がり、当たり易くなる効果が有る筈だと説明した。
「しかも必中の下位かよ……」
使った後の一撃のみ確実に当たるスキルを持っているしアタリに関しては命中予測でどうとでもなる。
昨日マインから聞いて弓を期待していただけに残念度が大きい。
「うわぁああん、ごめんなさいごめんなさい」
ああ! ちょっと! 土下座をしようとするな! 周りの目が有るから!
「良いから、元々降って湧いた素材だから好きに作ってみろって言ったのも俺だから、それで失敗しても文句はねぇよ」
作業期間も短かったから仕方ないだろう。
教わる段階は終わっているといってもまだ見習いなんだからな。
「うう、ごめんなさい。いつか必ず最高の武器を作って持って行きますから……」
あまり責任を感じる必要はないが、それで頑張れるって言うなら……。
「まぁ、頑張れ」
いまだに下げ続けているミリルの頭をソウマにやるように乱暴に撫でて頭を上げさせる。
「期待しておく」
「っ! はい!」
ミリルを帰した後、手元に残った眼鏡を見る。
俺には無用の物だが、これもマインの大剣槍みたいに効果を持ったマジックアイテムだよな。
無意識にこんなものができるとか、ミリルは特殊な装備を作る才能でも有るんだろうか?
「度は入っていない、ただのガラスか?」
伊達眼鏡か、とりあえずアイテムボックスに入れて、詳細説明は……。
・ミスリルグラス、ミスリルを特殊なスキルによって加工したマジックアイテム。命中率+15%
やっぱりミリルは何らかのスキル持ちか……だが、この眼鏡はアイテムボックスの肥やしだな。
ミスリルの件も一先ず片付いたし、もうやる事は無いな。
これなら心置きなく出発できる。
と、逃避してもミリルとのやり取りを聞きつけて様子を窺っていたソウマたちの視線は避けられない。
「師匠が女の子泣かせた……」
「あれは誑しの常套手段っすよ」
「師匠はアタシだけは撫でてくれない」
勘弁してくれ……。
ソウマたちとなんやかんやして朝食を終え、俺たちはミネラルレの街を後にした。
道中の魔物はソウマとマインが競って倒すので俺の出る幕は無く、馬車の操縦もリュインがやっているので俺はのんびりとしたものだったのだが……。
そして、街から出発して半日ぐらいたっただろうか? そろそろ昼の準備をしてもいいかもな、とか考えていると、突然馬の嘶きが聞こえ馬車が大きく揺れて傾き始める。
おいおい、装備満載の馬車が傾くとかどういう状況だ!?
「とりあえず外に出ろ!」
このままだと馬車の中で装備に埋まっちまう。
幸い装備満載の馬車で俺たちの乗るスペースは僅か、それも入り口付近なので咄嗟に飛び出せる。
俺たちが馬車の外に出るのと同時ぐらいに馬車は完全に横転し、なぜか暴れている馬がリュインによって気絶させられるところだった。
「リュイン、どうなってる?」
「…………あれっす」
どこか、いつもよりも真面目な表情でリュインが差すのは、俺たちが来た方向の空。
「あれは……」
青い空に点在する雲以外の異物。
こっちに尻を向けて悠々と飛行するそれの後ろ姿は……。
「ドラゴン?」
ファンタジーでよく見かけるドラゴンそのものだった。




