一章20話 翠の厄災「戦う理由はどうでもいいか」
翠の鱗に覆われた体、その重量を持ち上げられるとは思えない羽根を羽ばたかせ飛行する姿は後ろからでも十分な威圧感を持っていた。
この世界の魔物との戦闘にも慣れ、更にレベルが限界突破している俺でもそう感じるとは……流石はファンタジーにおける最強クラスの生物って所か?
俺の知るゲームの世界じゃ一度も出て来なかったが、いるとは思ってたんだよな……でも、ここで来るとはな。
馬車が横転したのはあれに馬どもが驚いて暴れたからか……。
「運が悪い……」
不幸中の幸いは、馬も含めて怪我した者が居ないという事か。
まぁ、馬はリュインに気絶させられているが怪我はさせていないみたいだからな。
「運が悪いなんてものじゃないわ!」
マインが慌てて横転した馬車の中から大剣槍を引っ張り出している。
「あの方向に有るのはミネラルレっす……素通りしてくれると良いんですけど」
俯きがちにそう漏らすリュインは悔し気に唇を噛みしめる。
さっきから思っていたが、なんかリュインの様子がおかしいな。
「そんな希望的な願い、通じる訳ないわよ!」
漸く引っ張り出せた大剣槍を背負いマインがドラゴンに向かって駆けだそうとするのをリュインが引き留める。
「駄目っすよ……マイン様が行ってもどうにもなりません」
いまいち状況がのみ込めないんだが……。
「どういう事?」
俺と同じく状況がのみ込めないソウマが二人に尋ねる。
よくやった、後で誉めてやろう。
「そう言えば、ソウマ様は記憶喪失でしたね。いいっすか、この国でドラゴンとは自然災害の様な物です。その強大な力で街を、人を、容易く破壊してしまう。気まぐれに振るわれるその力に抗う術を私たちは持ち合わせておりません。そして、あのドラゴンが向かった先にはミネラルレの街があるっす」
馬鹿力の筈のマインを止めながら真剣な表情で言い聞かせるように説明してくれるが……。
「止めないで! ミネラルレにはミリルちゃんやおっさんたちが居るの!」
ドラゴンが向かっているのは……ミネラルレの街?
分からないが、マインたちの反応からしてあのドラゴンがミネラルレで暴れる可能性が高いという事か……。
「っつ! それじゃ皆が!」
俺と同じように理解したのか、ソウマもマインに続き馬車の中から自分の杖を引っ張り出す。
「ソウマ様も駄目っす! もう、どうにもなりません……」
ドラゴンってそんなにヤバいのか? もう戦闘マップの表示外に行ってしまっているのでドラゴンのレベルやHPを確認できないが……。
一応魔王なら一撃で仕留めたんだが、不意打ちの上にあの時点で手に入る最高威力の武器でやったからな。
武器が無い今はあの威力は出ない。
それがどれだけの戦力ダウンになっているかだな。
ドラゴン……命が惜しいなら関わるべきじゃないって言うのは分かるんだが、マインもソウマもリュインが止めていなかったら今にも駆けだしそうなんだよな。
弟子二人がこの状態だと……いや、止めるのはまぁ、気絶でもさせれば良いんだろうが……。
「どうすっかなぁ……」
ドラゴンと戦いに行くか?
弟子二人はミネラルレの人たちを助けたい。
けど、リュイン曰く、ドラゴンに敵うわけないから行っても無駄か……。
「でも、俺はもうこの世界に関わるって決めたからな……」
多分、俺のレベルだったら行けると思うんだよな。
レベルで勝っていても、厄介なスキルを持っている奴は居るから多分なんだが……。
「リュイン、出来るならミネラルレが無事な方が良いんだよな?」
弟子二人は聞かなくても分かる、止める者が居なかったらとっくに助けようとして行ってしまっているだろ。
「師匠! 行って!!」
味方を増やそうと先手を打ってマインが叫ぶ。
俺までミネラルレに戻ろうとしたら、今でもマインとソウマを止めるのにいっぱいいっぱいなリュイン一人じゃもう止められない。
「も、もう、マイン様いい加減に、して、くださいっす! 今から追いかけても止められません、被害が、少ない事を祈るしかないっす」
出来る事が無い、間に合わないから諦める……でも、出来るだけ被害が少ない方が良いんだよな?
「俺抜きの多数決なら戻るって事になるな。まぁ、俺だけ戻れば良いか……その方が速い。リュイン、二人と馬車と装備の事は任せる」
それだけ言って俺はもう小さくなっているドラゴンの姿を追って、今来た道を駆けだした。
「ああ! ルイ様まで! 待つっすよ!!」
ははは、二人を止めながら俺まで止めるのは無理だろう。
リュインの制止を無視してステータスの限界まで速度を上げる。
周りの景色がどんどん流れて行くな……これ、どれぐらいの速度が出ているんだろう? 転んだらやばいんじゃないか? ミネラルレに戻るまでに体力が切れても困るし少しセーブして行こうかな。
―――――――――――
「行っちゃったっす……」
あっという間に瑠衣が見えなくなり、残されたリュインはまだ抵抗を続けるソウマとマインを引き留めながら呟く。
「どうするんっすか! 行ったって無駄なんっすよ!」
その抗議の声は瑠衣には届かない。
リュインたちにとってドラゴンは、出会ってしまえばそれまでで、とても一人で戦いに行くような相手ではない。
国の騎士団とて住民を逃がすための時間稼ぎに徹することで人的被害を抑える事しかできない。
そんな中、マインが躊躇も無くミネラルレの人々を助けに動こうとするのは若さと性格故に仕方ない。
ソウマは最近以外の記憶が無い為ドラゴンの脅威を理解しきっていない。
子供の無謀を止めるのは大人の役目で、リュインは瑠衣も二人を止めてくれるものと思っていたが、瑠衣もまだ精神的に子供だった。
瑠衣の元居た場所とこの世界では成人年齢が違うなんてことをリュインが知る訳もない。
「リュイン、離して」
「今から向かっても無駄なんだよね? 俺ももう抵抗しないよ」
ソウマとマインが抵抗を止め落ち着いた声で言い聞かせるように話す。
瑠衣がミネラルレに走った事で目的は果たしたとでもいった感じだ。
「二人共……謀ったっすね」
リュインはジト目で睨みながら二人を掴んでいた手を放す。
「謀ったなんて人聞きの悪いこと言わないでよ~師匠さえ行ければ大丈夫なんて思ってないよ~」
「そうそう、それに……謀るのは、風縛陣! これからだよ!」
ソウマが緑の魔法石を懐から取り出しリュインを魔法で拘束すると同時に二人はドラゴンとそれを追った瑠衣の後を追い駆けだした。
「ちょ! なんでこんな時だけ仲良いんっすかぁ!!」
横転した馬車、気絶させられた馬、魔法で縛られたメイドが街道に残される。
ソウマの拘束魔法が解除されるまでにこの場所を通りかかる者たちが居たが、幸いな事に野盗や魔物の類ではなかった。
「ソウマ~! もっと速く走れないの~!」
ソウマの少し先を駆けるマインが振り返りながら急かすように声をかける。
「分かってる、けど、俺は、マインほど、体力馬鹿、じゃ、ないん、だよ!」
「誰が体力馬鹿よ~! アンタが来ないと、アタシだけじゃ道が合ってるのか分からないんだから早くしなさいよ~」
ミネラルレまではほぼ一本道なのだが、やっぱ馬鹿じゃないかと、ソウマは内心で考えて街道の先を確認するが、先に行ったドラゴンと瑠衣の姿は小さくも見当たらない。
「マイン、急ぐから、これ、俺に使って」
そう言って、ソウマは懐から先ほどとは違う緑の魔法石を取り出してマインに渡す。
「なに~? 疾風走駆? 緑の上級じゃない、自分で使えない魔法石を何で持ってるのよ」
ソウマの適性では使えない魔法だが、瑠衣が適性以上の魔法を使う方法は有ると話したことが有るのでソウマは刻印を知っている魔法は一通り作っている。
今回の任務の準備時に厳選はしたが、マインの適性で使える為一応持って来た物だった。
「いいから、お願い」
「はいはい、疾風走駆!」
マインが受け取った魔法石をソウマに向かって発動させるとソウマの全身を緑の光が包み込んだ。
その途端、ソウマのかける速度が上がり、あっという間にマインを追い抜いた。
だが、すぐにマインも速度を上げ追い付いて来る。
「ん~、一人にしか使えないの~? でも、これ良いわね、このまま貰っておくわね~」
「まぁ、良いけど……それ、師匠じゃなくクラッド先生に教わった刻印だよ? マインも知っている筈なんだけど?」
「そんな事より、急ぐわよ!」
「誤魔化せないからね!」
普段は張り合ったりしているが、なんだかんだで仲の良い二人だった。
―――――――――――
住人が昼食を終えて一息ついている頃、ミネラルレの街に翠の厄災が降り立った。
そのドラゴンが最初に降りた場所に有った工房は半壊し、中に居た職人は状況を知る事も無く潰され物言わぬ骸と化した。
ドラゴンの咆哮が響き渡る中、人々の悲鳴もまた街全体に広がって行った。
「嘘……」
そして、瑠衣たちを見送った後、ダオンの工房の店番をしていたミリルも騒ぎに気付き、その存在を目にしていた。
街から逃げ出す人々。
兎に角ドラゴンから少しでも離れようと街の外へ外へと向かって散り散りに走る。
中には己の鍛え上げた武器を手にドラゴンに向かって行く者も居たが、その刃はドラゴンの鱗にも届かず、皆肉片となるかドラゴンの腹に収まっていた。
建物はその巨体が動く度に破壊され近くの者から順に殺されて行く。
「これが、ドラゴン……」
ミリルは逃げる事も忘れ呆然とその姿を見つめてしまう。
知識としてドラゴンの脅威は知っていたが、生まれてからこれまでで実際に目にしたことが無い為に行動が遅れ、今も動けないでいた。
だが、そんな事をしていては、やがてドラゴンにその姿を捕らえられ標的とされる事になる。
「逃げないと……」
ようやく動き出した頭でそう考え、足を動かそうとした時には既にドラゴンの双眸にミリルの姿は捕らえられていた。
「ミリル!!」
ドラゴンが口を開けミリルに迫る中、ミリルの前に工房から引っ張り出して来た武器を構えたダオンが立ち塞がる。
「親方!」
だが、ミリルに襲い来るドラゴンにとっては標的が増えただけだ。
何の障害にもなりはしない。
「分かっちゃいたが! 全っ然間に合ってねぇなぁ!!」
ドラゴンの顎が先にダオンを噛み砕こうと迫るが、ダオンに届く直前に地面から迫り出した壁に打ち上げられ、ドラゴンの顎はダオンの僅かに頭上をかすめて空ぶる。
壁が出現すると同時にダオンとミリルの身体は持ち上げられ、その場から離される。
二人が離れた直後に、ドラゴンの身体によって壁は壊されて消える。
そして、壁に突っ込んだドラゴンは何事も無かったかのように別の標的を見つけそちらに向かって行く。
「チッ、邪魔されても気にも留めねぇか。おっさん! 時間は稼ぐからちゃんとミリル連れて逃げろよ!」
悪態をつきダオンに一方的に言い放った瑠衣は、ドラゴンの死角になる場所で二人を降ろして直ぐにドラゴンの向かった方向に飛び出して行った。
「お兄さん?」
「あいつは、嘱託騎士の……」
朝早くに出発した瑠衣が何故ミネラルレに居るのかと疑問が湧くが、二人は言われたとおりに避難を始める。
その後方で、今までの様なドラゴンの生み出す破壊の音だけではない、戦う音が響いて来た。
「嘘だろ、戦ってやがる」
振り返らずとも、ダオンは時間を稼ぐという言葉が実行されている事を理解する。
挑もうとも為す術無く蹂躙され逃げ惑うだけだったミネラルレの人々に、その光景は僅かながらの希望を与えることになった。




