一章9話 魔創術師試験「ライバル?」
「やぁああああ!」
リエルに言われ、ここ数日よく観察してみると確かに……最初にやった時のマインよりも動きが良くなっている事に気が付けた。
踏み込んでくる速度、振り下ろす大剣の鋭さ、威力。何より次の攻撃への流れがスムーズになっている。
成績も中の上ぐらいで部活もやっていなかった俺は、他人にものを教えるという経験が無い。
だが、観察して推測して検証してって言うのはゲームで慣れていた筈なんだよなぁ……やっぱゲームと現実は違うって事か? 俺が気を抜き過ぎだなだけの気もするが。ターン制のゲームとリアルタイムの実践じゃ違うのは当たり前だよな。
マインの訓練は適当なところで伸して終わるのでなく、マインの体力が切れるまで打ち続ける事にした。
マインの攻撃は避けるか受けるかして凌ぐが俺から反撃はしない。反撃したとしてもマインが自分の攻撃だけに気を取られているような時、相手からの反撃が来るかもしれないって事を思い出させる為に確実に防げるようなものを行うだけにした。
「はふ~」
「お疲れ」
半時程訓練を続けて体力切れで倒れたマインを軽く労い、その後、ソウマと授業中のクラッドに引き渡す。逃げ出す体力も残っていないマインだが、その状態のまままともに勉強できるんだろうか? 居眠りしそうな気がするな。
まぁ、クラッドが何とかするだろう。
「マインがこんな面倒な状態になる前に連れて来るって考えは無いのか?」
クラッドが文句を言うが……。
「マインの訓練の相手するだけで面倒じゃないとでも思ってるのか?」
生粋の魔創術師であるクラッドは完全に魔法使いタイプのステータスで、物理寄りの万能タイプなマインとのレベル差は有っても近接、物理戦に必要なステータスに致命的な差はない。下手に相手をするとクラッドじゃマインにやられる可能性が有る。
魔法寄りの万能タイプのリエルだとレベル差で今のマインの相手は可能だ。この辺りの力関係がクラッドがマインに嘗められる原因になっているようだが……弟子の立場で嘗めた態度を取っているマインが悪い。それを許しているリエルたちも悪いと言えば悪いんだが、俺は知らねぇ、マインを少し鍛えてやるぐらいならやるが、その師まで面倒見れるか。
「それじゃ、ルイ様は自分と勉強っすよ」
マインを引き渡すと見計らった様にリュインが現れる。
ホント突然現れるので数日戦闘マップで監視して見たが、そっちでも突然現れる。多分隠密スキル持ち何だろうと予想はしたが、元々自分以外にも使える奴が居る事は知っているので気にしない事にした。
マインに訓練をつける、リュインに教わりこの世界の文字の勉強をする。今の俺の一日の行動はその二つが中心だ。ソウマが魔創術師になればソウマにも訓練をつけるんだが、その試験が……。
「えっと、もう明日が嘱託試験っすけど……大丈夫っすか?」
「いけるいける……多分」
ソウマの魔創術師の試験も俺の嘱託騎士の試験と同じ日に行われるらしい。俺の文字の習得もソウマの勉強期間も短いように感じるが、ソウマの方は教えた知識の呑み込みが早く問題無く魔創術師の試験には合格するだろうという事だ。そうでなくとも、国が4属性の魔創スキル持ちを放ってはおかないから多少の贔屓は入るので今の知識でも安心していいレベルなんだとか……。
対する俺はどうもこの世界の文字を書くという事には慣れる事が出来ないでいた。
この世界の文字でも俺の目には日本語として翻訳されて映っている様な物なので、本来の文字は翻訳を切る事を意識しないときちんと認識できない。それが有り今までこの世界の文字を殆ど見ていなかった俺は読めるのにその字を知らないなんておかしな状態になっている。
「何とかなるだろう」
昨日漸くこの世界の文字であいうえお表を作成できたので後は行けると思う。いざとなったら、カンニングだがその表をアイテムボックスに入れたまま確認すればいい。ステータス画面は俺にしか見えないしバレなきゃいいんだよ。
「まぁ、そうっすね。後は繰り返して覚えるしかないんで、ルイ様の努力次第っすけど」
努力とかめんどいけど、この世界の文字も書けると便利だし習得して損は無いんだ、やるだけやってやろう。
そうやって、俺もソウマも勉強のラストスパートを終え、翌日、試験当日を迎えた。
「試験会場って王城なのか?」
リエルに連れられて俺とソウマがやって来たのは、この王都フォルリオに着いた初日にやって来た王城だった。
「そうよ~、ルイの受けるのは国の嘱託騎士試験だし、魔創術師は基本国に所属するものだもの~」
だからって試験会場を王城にする必要は無いだろ? ソウマが緊張で固まってるぞ。
「あら? リエルさん? どうして貴女がここに居ますの?」
ソウマと付き添いのリエルから離れ、リエルから聞いた受付担当の奴の所で話を聞く。何々、とりあえず受付書に名前を記入して推薦人を教えてくれと? 任せろ、自分の名前ぐらいならこっちの文字でも書けるようになっているぞ! っと、昨日遅くまで最後の追い込みをやってたから若干テンションがおかしいな。
「あらぁ? シアンじゃない。今日はどうしたのぉ」
推薦人はリエルの名前を出せば良いって言ってたな。あんなのでも一応貴族だし、ランク5の魔創術師だ。推薦人としては問題無いんだろう。
「ふふん、本日は私の弟子の試験に来たのですわ!」
問題無い? よし、受付は終わりだな。
「それは偶然ねぇ、あたしも今日は弟子の試験の付き添いよぉ」
「な!? なんですって!」
リエルはなんか忙しそうだからソウマにだけ一言言って案内に従うか。
「ソウマ、俺は別だからここで分かれるが……大丈夫か?」
いつの間にかリエルと何処からか湧いて来た金髪の縦ロール女が言い争いに近い会話を繰り広げている。いや、リエルの方はなんかのほほんとしているし縦ロールの方が一人だけ熱くなっているのか?
「あ、はは、どうなんでしょうね」
リエル、弟子に苦笑されてるぞ……もうちょい、こう、師としての威厳をだな。
「放って置いても大丈夫です。あなたも魔創術師試験を受けるの?」
なんか遊んでいる二人に一言言ってやろうかと思ったら、近くに居た飴色の鋭い垂れ目で水色のセミロングの髪を飾り気無く後ろで纏めた少女が俺に言い放った後、途方に暮れそうなソウマに声をかけた。
「えっと、そう、です。魔創術師の試験を受けに来ました」
「そう、なら遊んでる師匠たちは放って置いて受付を済ませましょう」
少女が困っているソウマを受付に促してくれた。この子に任せて大丈夫かな。
「貴女! マインはどうしましたの!」
「今日は~クラッドが面倒見てるよぉ。ソウマは2人目の弟子~、厳密にはぁ私の弟子じゃないんだけどぉ」
ソウマも少女と一緒に受付に行ったみたいだし、俺も案内に従って会場に移動しよう。
案内された試験会場は兵舎の一角、城の騎士や兵士たちの訓練所だった。
試験を受けるのは俺だけのようで、俺以外には訓練中の兵士たちしか見当たらない。
「待たせてすまない。君がリエル殿に嘱託騎士に推薦された者か?」
案内役に指示された場所で暫く待つと試験官らしき兵士がやって来る。
「はい、よろしくお願いします」
試験な訳だし、一応丁寧に受け答えしておこう。
「リエル殿の推薦状によると、戦闘能力がヤバい、下手な相手だと瞬殺されるとあるので私が今回の試験担当となった。フェヴリエ騎士団団長、ユング ラスラスリだ。早速だがその実力を見せて貰おうか」
おいリエル、どれだけ盛って話し通してるんだ? 騎士団長とか国のトップクラスの実力者じゃねぇか。俺其処までお前らに実力見せた……牢屋の壁を素手でぶち抜いたり四属性使ったり色々やらかしてるな。
「好きな武器を使って構わないぞ、準備が出来たらいつでもかかって来るがいい」
そう言われても弓は無いんだよな……相手が剣を構えているから剣にするか? でも適当な剣しかないんだよな……相手の剣は見るからに業物、騎士団長という事でそれなりの装備を所持しているんだろうな……もう素手で良いか。
いつでもいいと言っていたのでこの場で隠密を使って接近する。
「む!」
っと、剣の射程に入った途端こっちに向かって剣を薙いで来た。こいつ、ティリアスと同じように直感系のスキル持ってるのか?
なら、小細工は通用しないか。
背後に回ろうと、まるで俺の姿が見えているかのように体の正面をこちらに向けて来る。
面倒だな……。
アイテムボックスから黄色い魔法石を取り出す。ソウマの作った地壁の魔法石だ。
魔法石に魔力を込め小声で魔法を発動する。
相手の足元に直径15センチ位の黄色い魔法陣が出現し、そこから10センチ四方の地壁が迫り出す……相手の股間目掛けて。
「さすがに避けるか」
予備動作として魔法陣が出現するから何らかの直感持ちなら余裕で気が付くよな。
「ふむ、見慣れない魔法だ。君が他国の魔法刻印を提供したというのも本当のようだな」
初見の魔法を避けたのかよ。それに、俺の事は多少は伝わってるみたいだな。
まぁ、地壁は攻撃魔法じゃないんだが……。
「魔法を使っちゃ駄目だって説明は受けて無いから良いんだよな?」
「構わん、続けよう」
なら遠慮無く!
更に複数の地壁の魔法石を取り出して同時に魔力を込めフラッシュタスクで一気に起動する。
「地壁!」
魔法を警戒してこちらの出方を窺っている相手の背後に壁を作り後退できなくして、何かを察した相手が移動するのを妨害するように地壁を乱立させる。
上手い事逃げ場が残るように維持しているが……こっそりと乱立する地壁の外周を地壁で囲っているので既に閉じ込められている状態だ。
「これは拙いな」
気が付いたか、でももう遅い。俺と相手の間に地壁を出現させて……後は地壁で徐々に相手を動けなくしていけば……。
追いつめられると思っていたが、地壁の向こうに居る筈の相手が目の前に降り立つ。
ありゃ? 跳び越えて来た? 相手のステータスを見誤ったか? 十分な高さは確保してたと思うんだけどな……。
「まぁ、魔法だけじゃ退屈か……」
直感持ちとの正面戦闘はフラッシュタスクや命中予測の多様が必要で面倒なんだけどな。
こっちが素手だからか試験としてこっちの力を見る為なんだか相手が攻撃してこないので、遠慮なく打ち込んで終わらせてやろう。
隠密は意味がないので使わずに相手接近して拳を振るう。合わせるように剣を動かしてくるが、攻撃意思の無い、そこにあるだけの剣に触れた程度で傷つくようなステータスはしていない。
ガンガンと拳と剣が交わるにはおかしな音が鳴り響く。
拳の振るわれる先に剣の刃を置き俺を躊躇させようとしたのだろうが、全くためらわずに拳を振るい続ける俺に相手が戸惑う。まぁ、こっちに来てから見た目だけで恐怖を覚える魔物とは随分と戦ったからな、例え武器持ってたとしても人間相手ならこれ位は慣れたもんだ。
「明確な合格ラインが分らねぇから、砕くぞ」
ゲームの武器破壊なんて無かったが、ここがゲームじゃない事と今のステータスで有ればそれも可能だ。
刀身を掴み剣の腹に全力で拳を叩き込む。
相手の剣が刀身の半ばであっけない程に簡単に折れる。
「ここまでのようだな」
レベル差が馬鹿みたいに有るんだ、碌に攻撃してこない相手にならこれ位は出来る……。
「次は別室で簡単な質疑応答に移る。が、まぁ、これだけの実力が有れば余程の人格破綻者でもない限り大丈夫だろう」
あれ? 筆記は? 質疑応答って面接って事だよな?
俺の疑問は置いてきぼりでそのまま場所を移動して面接に移り本当に常識的な事、道徳的な事を質問されて試験は終わった。
結果は後日、推薦人のリエルに伝えられるそうだが、騎士団長は問題無いだろうと言っていた。
「筆記試験無しじゃねぇか!」
ソウマが試験を終えるのを待っていたリエルを見るなり文句を言ってやった。
リエルの隣で金髪縦ロールが訝し気にこっちを見ているが知らん。てか、お前ら仲悪そうだったけどホントは仲良いのか?
「え~でも文字は書いたでしょ~?」
確かに自分の名前を受付書に書いたけど!
「それだけじゃねぇか!」
俺昨日は睡眠時間まで削って最後の追い込みかけたんだが!? 何のほほんとしてやがる!
「だってぇ、試験内容は言えないもの~。当然筆記試験が無いって事も言えないわよぉ」
くっ、確かにそうだ……言えないなら無駄だと分かっていても文字を覚えさせるしかない。覚えなくてもいいと言う事は筆記が無いって言うようなものだ。
「チッ、納得しておいてやる……」
まぁ、文字を書けるようになったこと自体は無駄じゃないからな。
「結果はリエルに来るみたいだ」
「知ってる~、私が推薦人だものぉ当然よねぇ」
俺の方はもういい、ここの騎士団長も大丈夫だろうって言ってたからな。後は、ソウマの試験の結果が気になるから、俺もここで待っているか。
「でぇ、ルイは大丈夫そうなの~? 多分相当な実力者が担当になったと思うんだけどぉ」
「そうだな、お前が余計な事言ったせいで騎士団長が出てきやがったな」
「騎士団長? 何の事ですの? その前に、この男は何者ですの?」
あはは~と笑うリエルの横で金髪縦ロールが聞いて来る。
「俺は」
「貴方には聞いていませんわ」
そうか、なんか面倒臭そうだしリエルに任せておこう。
のんきな口調で俺の事を説明するリエルだが、内心面倒だと思っているのが隠しきれてないぞ。
「団長様との試合はどうでしたの?」
それはリエルに聞いても分からないだろう。
「どうですの? 聞いてますの?」
ソウマまだかな? なんか暇になって来た。訓練所に戻って兵士たちと遊んで来るか?
「あ~シアン、貴女その他に振り分けられたみたいよぉ」
「ソノタ? 何ですの?」
「その他多数、全く興味の無い他人ね~。路傍の石ころと変わらないから、いくら話しかけても無駄だと思うわよ~」
「な! なんて無礼な!」
「貴女が言うの~?」
全くだな、あれの相手をしているリエルは大変そうだな……それでも俺は答えない。面倒だし。
ギャーギャー喚く金髪縦ロールを無視し続けていると、試験を終えたソウマが戻って来た。
「それじゃ、色々ありがとう」
「うん、お互い頑張ろう」
受付の時にソウマを連れて行ってくれた少女と一緒のようだ。どうやら仲良くなったみたいだな。
「師匠! 合格しました!」
ソウマと一緒に戻って来た少女は騒ぐ金髪縦ロールを見てため息をつくと、仕方ないといった様子でそちらの方へ向かった。あの少女金縦の関係者か?
まぁ、今は合格したらしいソウマを誉めてやろう。
「よし、よくやった。なら明日から戦闘訓練にはソウマも参加だな」
「はい! よろしくお願いします!」
ソウマにどういったやり方が合っているかは分からないが、以前の記憶が無いソウマはどの道真っ新な状態だ。とりあえず俺のやり方をシステムスキル無しの状態に改変して教えて様子を見よう。
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「お疲れ、彼はどうだった?」
ルイの去った後の面接部屋で、試験官を受け持ったフェヴリエの騎士団長ユング・ラスラスリがフェヴリエの王子、フォルス・フォルテ・フェヴリエを迎え入れる。
「一言で言えば異常ですね。抑えてはいるようでしたが私では敵いそうにありません。特に魔法行使がひどいですね、あれだけの魔法の同時行使をできる者は騎士団の魔法士にもいません」
悔しそうに話すが、ユングにも騎士団長としても立場が有る、本気でやればどうなるか分からない、いや、勝ってみせると目が語っている。
「嘱託とは言え、味方に引き入れられたことに安心しても良いかな」
「そうですね、こちら側が善性をもって接するなら彼は敵対しないでしょう。その反面、悪意を持って接するなら容赦はしないでしょう、上手く利用しようなどとは考えないほうがよろしいかと……」
嘱託試験の質疑応答には一般常識的な問題に隠し、その者の内面をはかる物が混ぜられている。
ユングはルイをそう評価するとフォルスに断りを入れ訓練所へと向かった。
「人の形をとったあれと考えた方が良さそうだ……だが、あれに対するには良い駒になるのでは?」
残ったフォルスは今後の方針に頭を悩ませ、しばらくぶつぶつと呟いていた。




