一章6話 監視役「保護者?」
都合よくやって来た盗賊の処理をした後の移動は、数度の魔物の襲撃は有ったもののスムーズに進んだ。
そして、ツバイティアを出発してから半月、フェヴリエの王都フォルリオに到着した。
道中もそうだったのだが、この大陸の街や村は何処も防壁で囲まれている。このフォルリオは、王都と言うだけあってその規模がこれまでのどの街よりも多く大きく高く強固に造られていた。
「物騒と言えるぐらい防壁だな……ハインライトでもここまでじゃなかったぞ」
大陸全体が一つの国の統一国家だって話だが、まだ纏まっていなくて内戦でも続いているんじゃないかと疑うような重々しい印象を受ける。
統一するまでの名残なのかとも考えたが、今なお防壁以外にも街のいたる所にバリスタや大砲っぽい物が設置された防衛施設が建ち、いつでも使用できるように整備されていた。
維持費なんかも有るだろうから使わないなら状態を保っておく必要も無い筈……これは何かあるかもしれない。
「はぁ~、やっと帰って来れたわぁ」
俺みたいな身元不明や記憶喪失のソウマが居るが、リエルとクラッドが手続きを済ませ問題無く街に入る事が出来た。
「まだ報告が残っている、休むのは後だ」
「う~、分かってるわよぉ。あ、ルイとソウマも一緒に来てね~」
国所属の魔創術師2人が報告に行くとなると、この2人の上司か? ソウマの件も有るからもっと上にまで話が持って行かれるかな? それこそ国のトップ、王のとこまで……まぁ、話は行っても会う事は無いだろう。
「ソウマは分かるが、俺もか?」
魔力暴走を起こしたソウマが一緒に行くのは分かる。その、暴走も今は制御できているから魔創術師の候補として手続きとかがあるとも言っていた。
「当然だ。ルイはハインライトの魔法刻印の提供者なんだから早いうちに色々手を回しておかないと面倒なんだよ」
「そうそう、本来潜入任務に就いてる者が少しづつ調べて流してくる刻印が一気に分かっちゃったんだからどうしても混乱は生まれるのよねぇ」
「加えて、魔創術師でもないルイがどうやってハインライトの魔法刻印を大量に知っているかが問題なんだ。次はフェヴリエの魔法刻印を他に漏らされるかも知れないと考えてルイに手を出す輩も出て来るだろう」
簡単に殺られる気は無いが、ハインライトの時みたいに追われるのはもう飽きたぞ。
で、狙われるかも知れないのに俺も一緒に行くのか?
「今僕たちが一緒にいる事は街中を堂々と歩いている時点で知られているんだから、ルイの居ない所で色々報告すると僕たちと離れている内にって速攻かけられるかもしれないよ」
「まだ魔法刻印全部教えたわけじゃないんだが?」
それでも襲って来るってのか?
「不安要素を無くすことの方に重点を置く者もいるという事さ」
リスクを冒すぐらいならリターンは要らないってか。クッソ面倒だな。
「とりあえずあたしたちと行動してぇ、できればフェヴリエで何らかの地位を得て貰いたいところねぇ」
地位ねぇ……冒険者じゃダメなのか? 駄目だろうな、このゲームのじゃない、ゲームじゃなくこの世界の冒険者、それも駆け出しに信用なんて無い。
地道に依頼者の信用を重ね一定の功績を上げた者が熟練の冒険者として名を馳せる、そうして広まった名は自然とその冒険者の地位となる。
よくあるゲームや物語のように冒険者のランク分けがされている訳ではないから、この世界の冒険者はフリーターみたいなものか? そう言った物語の冒険者もランクや何やらが有るだけでフリーターや派遣社員と変わらないのかもしれないな……どうでも良いか。
「まぁ、なるようにしかならねぇだろうが、大人しく一緒に行く方が面倒じゃなくていいのか……」
と言うか、マジでハインライトの時みたいにはならねぇよな? あれは俺の態度も悪かったから今度はもうちょい配慮して話せば大丈夫か?
ちょっと反省しつつ大人しくソウマと共にリエルとクラッドの後をついて行く。
物騒な外観の割に、そういった施設以外の部分は活気のある賑やかな街のようだが、さすがに城が近くなるとその活気も届かなくなってくる。と言うか、当たりが高級住宅街染みて来たんだが、貴族とかそう言った奴らの住処が集まってるのか?
「別に憶える必要は無いけど~、ここがあたしの実家ね~」
その高級住宅街に建ち並ぶ内の一軒をリエルが指してさほど興味無さそうに言う。
「自宅は別の場所だからホント憶えなくて良いからね~」
だったら話題に出さなきゃいいだけだろと思いつつ、ふーんと適当に返事を返しておく。
貴族共の住処だと思われる場所をどんどん進んでいくと、街を囲んでいる防壁よりも更に物々しく作り上げられた城壁が姿を現した。まぁ、途中から遠目に見えてはいたんだが……。
城壁の周りには堀が掘られていて城門の所までは橋を跳ね上げたりする機構は無いみたいだが、石の橋がかけられている。
出入り口がここしかないみたいで門の前には門番らしき兵士が見張りに立っている。
その門番とはこれまたリエルたちが話をつけたのであっさりと城に入って行くことになった。
「それじゃ、しばらくここで待機しててねぇ」
そう言って俺たちを城の一室に残し、リエルは一人報告に向かった。
「クラッドは行かないのか?」
ただ待ってるのも暇なので何故か一緒に残ったクラッドに話しかける。
「大丈夫だとは思っているが、見張りは必要だろう。それに、この場での報告なら僕よりもリエルの方が適任だ。あんなのでも彼女は貴族だから、一応侯爵令嬢だ」
実家は結構高い爵位持ちか……そう言えば、前に一度だけクラッドに指示出してた時は今のふざけた、ブスがやったらイラっと来る話し方が抜けてたな。そう言った対応もやろうと思えば相応にできるって事か。でも、リエルがポンコツっぽい印象は改めないが……。
「まぁどうでもいいか。ソウマ、魔法刻印描き出すから見るよな?」
「うん!」
時間が有るのでハインライトの魔法刻印の描き出しで時間を潰すことにした。
「まだ正式な魔創術師じゃないソウマにあまり魔法刻印を教えないでもらいたいんだけど……」
今更だろ。それに、ソウマが正式に魔創術師になったら教えるんだから今教えても一緒だ。道中も普通に教えながら来てるからな。
それももう幾つか教えれば終わりだ。俺の知っている刻印なんてゲームに登場した物だけ、この世界全体で言えばほんの一部だろう。そう考えると、いろんな国の刻印を探して回るのも面白いかもしれないな。魔法石の刻印は最悪もぐりの魔創術師にやらせれば刻印済みも手に入る訳だし……。
そうしてクラッドの苦情を無視してソウマに刻印を教えながら待っていると、リエルが戻ってくる前に俺の知っている刻印は1つを除いて全て描き終えてしまった。
「最後に一つはハインライトの魔法刻印って訳じゃないんだが……」
作成には条件がある特殊な魔法で、まず前提として全ての属性の空の魔法石が必要になり、制作にも全属性の適性を持った魔創術師でなければ出来ない。
そして、ハインライトで全属性を持った魔創術師と言えば、ゲームでは勇者君だけだ。
俺の知っている最後の魔法刻印は本来その勇者君が作り出す魔法となる。勇者君がこの世界に存在しない今、まだ生まれていない魔法という事になる。
「たっだいまぁ!」
刻印は紙に描いたが、条件やらを説明する前にリエルが戻って来てしまった。
「ルイ、ソウマ、今なら丁度時間が空いてるみたいだから行くよぉ」
なんか慌ただしく戻って来たリエルに連れられて、幾つかの扉と通路を抜けこれまでよりひと際豪華な扉の前に立たされた。扉の前にも兵士が立ってるし……ここって謁見の間系の場所か。
この先に居るのは、当然のようにフェヴリエの王なんだろうな。
扉を開けてザ・謁見の間って感じの場所に足を踏み入れるも、そこの玉座に主はおらず、その隣に身なりが良く、顔面偏差値が上方にやばい男性が立っていた。
「あら? フォルス王子、フェダール王は……」
「王は緊急の会議に呼ばれてしまってね、私が代わりに対応しよう」
出て来るのは王じゃなかったか、それでも連なる者では有るか。
「その子が例の?」
「はい、フェヴリエで魔力暴走を引き起こした少年ですが、今は魔力制御を覚え暴走の心配は有りません。魔創術師の才能がある様なので、このまま魔創術師として育てようと考えています」
「制御を覚えたと言う報告は聞いているが、フェヴリエからここに来るまでにか? 早すぎると思うのだが」
魔力制御がどれぐらいでできるようになるのか知らないが、ソウマは5日ほどでできるようになったな。魔力制御と言うか魔創が出来るようになったから魔力制御も問題無くなったんだが、こっちに来てすぐに感覚で魔法が使えるって分かった俺じゃあ参考にならない……それでも異常な早さなんだろうな。
「この子には才能があるようです。こちら側に置いておかないのは惜しい人材かと……」
「ふむ……少年、名は?」
なんか偉そうだなこいつ……って、王子か。俺、相手が王族ってだけで無意識に悪い印象を持ってる気がするな、絶対三十路とかのせいだ。
「ソ、ソウマです」
子供がこんな場所に連れて来られりゃ緊張もするよな。
「ソウマか変わった名だな」
人の名前に対して失礼な……と思ったがなんか王子の顔に優しい笑みが浮かんでいる。
「だが、いい名だ……」
俺が適当につけた名前だがな……ファンタジー的じゃなく日本人っぽい名前になってるが、ミツキとかそういう日本人ぽい名前のキャラも居るから大丈夫だと思ってたが、変わった名前では有るんだな……。
「ソウマ、君はどうしたい? リエルの言う通りこの国で魔創術師になる気は有るか?」
そういやぁ、魔力制御ができるようになった後も魔創術師に必要な勉強をソウマにさせているが、ソウマ自身は文句ひとつ言わずに素直に教わっている。
これをソウマ自身が望んでいると取るか、状況的に仕方なくやっているだけなのか確認はしていなかったな。楽しそうに魔創をしているようには見えていたが……。
「えっと……はい、まだよくわからないけど……」
自分がやりたい事なんて、記憶が無いから判断できないだろうな。
今分かっているソウマの才能的に魔創術師が一番良さそうだってだけなんだよなぁ……。
「分かった、なら暫くはリエルとクラッドの下で魔創術を学ぶと良い。他にやりたいことが見つかりそちらの道に進む場合は、魔創術の使用に制約をかけさせてもらうという事を憶えておいてくれ」
王子はそう言うと、顔から笑みを消し俺の方に視線をよこす。微妙に睨まれているようだが、俺何かしたか? 今度は国と敵対しないようにまだ何もやって無い筈なんだが?
「君か、ハインライトの魔法刻印を網羅しているというのは、それは本当か?」
俺が他国の魔法刻印を大量に知っている状態でここに居る事自体がおかしいって、何か疑われてるのか?
「まぁ、知ってるな」
「どうやって?」
どうやって? 正直に言うならゲームで知っているだが……ゲームって言葉がこの世界の奴に通用するのか? トランプの絵柄違いを前に見かけたからカードゲームは有るんだろうけど……上手く意味が伝わっても信じねぇよな。
「調べた」
って言うぐらいしかねぇよなぁ……。
「君自身が魔創に制約を受けた元魔創術師と言う訳じゃ、いや、それだと刻印を伝える事もできない筈……なら本当に調べたのか? 馬鹿な、うちの諜報員ですら初級以上の刻印は殆ど調べられていないというのに、有り得るのか? そんな事が……」
なんかぶつぶつ言いながら思考し出したぞ、大丈夫かこいつ?
「あ、そうだリエル、刻印描き終わったから、はい」
ハインライトの魔法刻印を描いた紙束をリエルに渡す。
「今渡すのぉ!? フォルス王子も、思考に潜っていないで戻って来て下さいよぉ!」
言葉遣いが乱れて来てるぞ。
「おっと、すまなかった。君が何者なのかは興味は有るが、先に魔法刻印の確認をさせて貰おう。とりあえず今は名前だけでも教えてくれるかい?」
「瑠衣、だ」
一般人は名前だけの様なので、俺も名前だけ名乗って置く。
「ルイか……君が私たちの敵でない事を祈っているよ」
敵対されなきゃ俺からは敵対しねぇよ。
対処は出来ても面倒だってのはハインライトで嫌って程味わったからな。
「では、リエルとクラッドに二人の事は任せる。王にも私から知らせておくが、問題が有ればすぐに報告に来るように」
「「承知いたしました!」」
「うむ、いい返事だ……」
「ルイが言う台詞じゃないわよぉ!」
リエルはボケに反応してくれるからいいがクラッドは少し硬いな……場所や王子が居る事を考えれば仕方ないか?
「ふふ、ではよろしく頼む。ルイも、ソウマの保護者として手本となるように心がけてくれ」
そうして王子との謁見が終わったが……保護者? 俺が? まぁ、しばらくソウマに構う積りではいたから一緒か?
「は~終わったぁ、やっとうちに帰れるわぁ」
謁見の間から退散して早々にリエルが身体を伸ばしたり肩を揉みながら回したりして疲れを訴える。疲れって言っても精神的なものだろうが、肩が凝ったような気にはなる。
「予定より帰りが遅くなったから機嫌が悪くなってるんじゃないか?」
「うわぁ、マインちゃんに泣かれるのは許して欲しいなぁ……」
「いや、あの子なら泣く前に斬るだろう。邸の方が心配だ」
なんか物騒なんだか可愛らしいんだか分らん奴の話を始めたな。それ誰だ?
「ルイとソウマもぉうちに来るわよね? 実家程じゃないけど部屋なら余ってるわよぉ」
こっちに来てから碌に稼いでいないから宿を提供してくれるって言うのは有難いが。
「僕たちが一応の監視役を任されているからな、僕かリエルの目の届くところに居てくれる方が有難いんだ」
まぁ、そういう事ならやっかいになろうか。
どうせ、ソウマに魔創術に関して教えるのはこいつ等だしな。
「うちにはマインも居るしね~」
また出たな。まぁ行けば分かる事か……。
「マインって誰ですか?」
と思っていたがソウマが質問した。ソウマも気になっちまったか……前の記憶の無いソウマの場合は気になったら兎に角聞くからな。
「私たちの弟子よ~。しかも、ソウマと同じ4属性なのよぉ、歳も近そうだし仲良くするのよ~」
4属性って珍しいのに俺とソウマ以外にもまだ居るのか。
「身近に居るにしては、ソウマや俺の時に随分驚いてなかったか?」
「あの子は~あまり魔創術も魔法も得意じゃないからねぇ」
「ソウマと会って良い刺激になってくれればいいんだが」
ああ、ライバルキャラか。ソウマを主人公で考えたらもろにライバルキャラだな。切磋琢磨してくれることを祈っておこう。
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今は固く閉ざされている謁見の間へと続く扉を背に、フェヴリエの王子は大きく息を吐き息を吐いた。
「本当に何者だ? 人を見る目は有ると思っていたのだけどな……」
威圧して来る訳でもない、暴力を振るっていた訳でもない、なのに雰囲気だけで圧倒された。
「国の騎士団を総動員しても勝てる気がしないなんて、まるで……」
彼が存在する、ただそれだけで他国の魔法刻印を大量に知っていることなど些細な事に思える。
「今、私たちに敵対していないと言う事は分かる」
謁見の間敵意は感じられなかった。寧ろ敵対しないようにと気をつけていたようにも見えた。
「子供、ソウマの事も含め王と相談が必要か……」
早急に話をと足を動かした王子は、王が会議中であった事を思い出し足を止める。急いで相談したい思いではあるが、早急に対処が必要な状況でもないとため息を一つ吐き、また、歩みを進める。
「一度、休みたい……」
王は多分危機察知スキル持ち、王子は能力察知の弱いやつ。




