第一章~始まり〜⑧
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本日で第一章終了です。
「……痛い」
僕が目を薄く開けると、まだ視界は暗かった。それに、頭が重く感じた。
(……いや、まてよ?)
僕は顔面に覆いかぶさっている少女をどかし、体を起こした。
状況を把握すると、どうやらティノは僕の頭に寄りかかって寝ていたらしい。そのおかげで頭だけに何倍もの重力がかかっているような慣性が働いていた。
重い頭を天窓に向けると、東の丘の辺りに発生した少量の雲が橙を帯びてきて、朝日が昇り始めているのが見えた。
「ティノ、起きて、そろそろ出発するよ」
「……ん、なんふぇ? ……すぅ」
ティノは意味の分からない言葉を喋った後、再び寝息を立てて数秒後に二度寝に耽ってしまった。
全くをもって、何故今になって少女らしさを全開にするのか疑問だ。昨日まで賢そうな態度を持って僕に接していたのに、差異にも程がありすぎると感じた。
(どうやったら起きてくれるんだ? あ、そうか)
僕は少々悩んで自問した末、ある作戦をひらめいた。
「ティノ、起きて。母さんが甘いお菓子を作ってくれたよ」
「……ん、お菓子? どこ?」
ティノは瞼を服の袖で擦りながら体を起こして、辺りをキョロキョロし始めた。
「よし、出発するよ。準備してティノ」
「え、お菓子は?」
僕はティノに「ないよ」と言ってハンモックから降り、事前に準備しておいた旅着に着替えた。ハンモックの上から少女の不満の声が聞こえたが、無視をして昨日旅に必要そうなものを詰め込んだリュックを背負った。
僕は今のうちに部屋の中を脳裏に焼き付けておこうと、部屋の中央に立って一周ぐるりと見回した。
「何してるのアッズリ?」
「今のうちに部屋を見ておこうと思ってね」
ティノがようやく我に返ったのか、何もなかったかのように澄ました顔で言うと、ハンモックから降りて一人ドアへと向かった。
「ティノは何か準備するものないのかい?」
「あるけど、一回の扉の横に置いてあるよ」
確かティノは昨日の夜ご飯の前に忘れ物をしたと言ってどこかへ出かけたんだった。恐らく今日から始まる旅に使う私物を取りに行ったんだろう。
僕は「じゃあ行こうか」とティノに言って部屋のドアノブに触った時、昨日持っていくと決めた一番大事な物を忘れていることに気が付いた。
「危ない、忘れ物」
僕はリュックの中に詰めていた父から貰った藍玉色のペンダントを取り出し、両手を使って首から下げた。
「アッズリ、それ何?」
「父さんがくれたペンダントさ。色んな思い出を忘れないように持っていこうと思ってね」
僕とティノは部屋を出てから今日の旅についての心境を口々に話しながら、階段を下りて扉へと向かった。部屋を出た時母の部屋が目に留まったが、ドアが閉まっていたのでまだ寝ているのだろう。
そんなことを考えながら扉に着くと、いつもと少し違った景色が目に映った。
「ティノ、忘れ物って何だい?」
階段を下りてから僕の視界に入ったもので、扉付近に新たに立て掛けてある竹箒といつも通りの景色以外ティノの私物らしき何かは見つからなかった。
ティノは立ち止まっている僕の横をすり抜けていくと、壁に立て掛けてあった竹箒を取って「これだよ!」と嬉しそうに手に取って見せた。
「それ、普通の竹箒みたいだけど」
「まあ竹箒であることに変わりはないんだけどね、ちょっと違うんだよ」
ティノはそう言って扉を開けると、母によって綺麗に整備された家の前にある庭の方に小走りに向かっていった。
僕はティノを追いかけて家を出ると、庭の前で右手に竹箒を構えたティノが何か呟きながら暁天の空に向かって竹箒を翳しているのが見えた。
その光景に見惚れて扉の前で佇んでいると、暁方の風が渦を巻きながら、みるみるうちにティノを取り囲んでいった。
「ティノ!」
思わず声を上げると、ティノの全身を多い囲んだ渦巻きが蛍光を放ちながら、勢いよく空中に分散していった。
「何も心配することないのに、アッズリ、これはね魔法って言うんだよ」
ティノを見ると、今まで着ていた白い服が新品の様に眩い光を浴びており、彼女の肌も心なしか艶を出して綺麗になった様に思えた。
「浄化の魔法って言って、私みたいに限られた高位な存在が使えるんだよ」
ティノは腰に両手を当て、胸を張りながら「えっへん」とドヤ顔を表現した。
僕は今朝の事もあり「高位な存在ねぇ?」と流していると、勢い良く扉を開けた母が慌てて飛び出してきた。
「どうして、何も言わないで言っちゃうのよ!」
母は荒々しく息を切らしながら、僕の前に来て掠れた声で言った。
「母さんが寝てると思って……」
「一言声を掛けてくれればよかったのに」
本当は母の顔を見てしまうと、旅立つ前に涙が零れてしまうと思ったからだ。そして、その涙で潤んで歪んだままの視界では、はっきりとした力で前に踏み込めず、新しい景色を鮮明に見ることができないと思ったからだ。
母は僕の気持ちを無視して呼吸を落ち着かせると、僕の両肩に手を置いて真剣な眼差しで言った。
「アッズリ、一言だけ言わせて。この先本当に辛い事が待っていると思うわ。すっごく大きい壁が目の前に立ちはだかるかもしれない。でも、必ず生きて帰ってきて。ティノちゃんと一緒に」
母の情が籠った訴えに、一回でも瞼を閉じると涙が零れると思って閉じなかったが、目を開いたままの状態で我慢していたものが流れ落ちていった。
この家を出てしまったらもう当分母に会う事は出来なくだろう。それどころか僕が無事で帰ってくる事ができなくなるかもしれない。僕はそういうどうなるか分からない方位磁石の効かない大海原を進まなくてはならないのだ。
でも、だからと言って目先に広がる海に背を向けることは決してしない。僕は母の真っ直ぐな瞳を見て、様々な思いを込めた誓いの言葉を告げた。
「……うん、必ず生きて帰ってくるよ」
僕は溢れ出す涙が止まるまで下唇を噛み締めた。
「アッズリ、私もついてる。さあ、冒険に出よう!」
ティノの方に目を向けると、黄緑の丘の麓に立った彼女が灰青に煌めく朝日の下で大きく腕を伸ばして竹箒を振っているのが見えた。
大丈夫、全然視界は歪んでいない。それどころか心にでも飛び込んでくるかの様に壮大な景色が僕の目を焦がしている。
「よし、行こうか!」
僕は涙を拭い、家の前に立つ母に精一杯の笑顔で「行ってきます」と手を振りながら、収まらない好奇心を掻き立ててティノと一緒に朝日が昇る方角へと走り出した。
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