第一章~始まり~⑦
カクヨムのコンテスト応募作品の宣伝です。
階段を下りて茶の間へ入った瞬間、焼いた肉の郁々(いくいく)たる香りが僕の鼻孔を貫いた。
円形の食卓テーブルの上には、豚肉のまんまる焼きと野菜のサラダ、山で採ってきた果実がそれぞれの取り皿に振り分けられていた。ちなみに、まんまる焼きと言うのは、獲った小動物を公開処刑される罪人の様に金属の棒に縛り付け、そのまま皮が焦げてくるまで火炙りにするという料理である。何も加工されたり手を加えられたりしていない分調理方法が楽で、体内の肉汁が外に漏れることがなくジューシーで途轍もなく美味だ。
僕の家庭ではこの料理を誕生日や記念日といった縁起事の日に食べる事が多い。
恐らく母は、僕達が明日旅立つので景気付けの意味を込めてこの料理を作ってくれたのだろう。
「何このお肉! すっごく美味しい! こんなの生まれて初めて食べたよ!」
ティノが目と頬を緩ませて、甚だしく至福に包まれた表情を浮かべながらまんまる焼きを一生懸命に頬張った。
「あらあらそんなに口の中に入れちゃって。まだおかわりはあるからゆっくり食べていいのよ。こうして見ていると何だか娘が一人増えた気分ねぇ」
母とティノは、すでに親子の様に親しくなっており、母と娘と言われても違和感がないほど自然に接してくれていて安心した。
僕は二人の会話を耳に入れて心を和ませながら、ティノと同じ様にまんまる焼きに齧り付いた。だが、表面上は朗らかな態度を振舞っていても、内心は少しも穏やかじゃなかった。
今は見えない迫り来る敵、目の前に見える景色だけを映していても、いつ背中を一突きにされるかわからない。気を抜いたらその時点でゲームオーバーだ。
だからといっていじめられっ子の様に目の前の恐怖に怯え、何もできないで縮こまっていても現状が変わることはさらさら無いだろう。崖っぷちの状況にいても勇気をもって一歩踏み出す、それは今は亡き親友が身を挺して教えてくれたことだ。
家を出たら暫く味わうことができないであろう「おふくろの味」というのを舌に刻み込んで、明日から始まる厳しい戦いに向けて家での最後の腹ごしらえを済ました。
食事中、僕の心の奥底では、決して裏切る事のできない色々な覚悟が詰まった蒼い灯火が、小さな鬼火の様に静かに燃えていた。
食事を終えた僕とティノは、二階の僕の部屋にある天窓から屋根に上がり、冴えた藍色の夜空に散りばめられた、きらきらと瞬く無数の星達を眺めていた。
僕の瞳に映る一つ一つの星屑は、自分の使命を果たす事に忠実な戦士達の様に命を燃やして、この壮大で美しい星空を創り上げているのだろうと感じた。簡潔に言うと、多くの犠牲を費やして一つの芸術を成り立たせている現在のリア王国を思わせる様な夜空だった。
「綺麗だね、人は毎日こんな景色見れるのかい?」
ティノは好奇心を露わにして、可愛らしい丸い目を輝かせながら言った。
「いいや、雲で隠れているときは見えないよ。でも、普段は毎日見ることができるよ」
そういえばティノはユピテルという神の住む星から来たと言っていた。多分その場所は雲の向こうの遥か遠くにあるので、一度もこの景色を見たことがないティノにとっては凄く珍しいことなのだろう。
ティノは真上の星から、「いち、にい、さん」と数えていった。
「この世界が、夜空みたいに静かで美しくなればいいのに」
「それが、アッズリの願いなのかい?」
直感でふと思ったことをそのまま口走っただけなので、「願い」というのには少し違う気がするが、僕がそのように思っていたという事は確かだ。
戦争なんかしないで星達の様に静かに暮らせば、僕らは一つの平和という芸術を創り上げる事ができる。
逆に、深海色の夜空に輝く金色の星達が戦争を始めたとしよう。彼方此方に広がる戦いによって星達は間断なく赤い血を流し、憐れむ間もなく、深海色の静寂な夜空が、憤怒を表すマグマの様にドロドロの血の海へと変化を遂げて僕達の頭上に描かれるだろう。
「願いっていうよりは、望みかな」
ティノは星を眺めながら「ふうん」と首を傾げた。そして、一つ間を置いてから口を開いた。
「そういえば、アッズリのお父さんはどこにいるんだい?」
「亡くなっちゃったんだ、今から半年前の戦争でね」
「そっか」と悲しそうな声で小さく呟いたティノに、僕は説明を続けた。
「半年前のある日、家に一通の手紙が来たんだ。国の為に命を捧げよっていう文章が書かれた国王からの手紙が。父さんは戦争なんて反対だって言ってたけど、妻や息子がどうなっても知らないぞって脅されて半強制的に連れて行かれたんだ」
「それが今でも続いている訳なんだね」
「うん、父さんがいなくなってから母さんは酷く戦争を嫌っていったんだ。だから僕が家を出るって言った時も本当は止めたかったのかもしれない」
「アッズリの母さんも自分なりに覚悟したんだろうね」
本当にその通りだ。戦争が原因で夫を亡くしているのに、僕をその元凶へ向かわせようなんて並みの決断力じゃ到底不可能だ。
僕は夜風に肌を涼ませながら、母の懸命な思いが詰まって熱くなる胸に手を当てた。
「そろそろ身体が冷えてくるから部屋に戻って寝ようか」
星空の下、涼風が吹く屋根上をあとにした僕とティノは、部屋に入って二人でハンモックに寝転がった。僕が目を閉じてからすぐに「すぅ、すぅ」という寝息が聞こえたが、僕も今日あった出来事を振り返っているうちにいつの間にか深い眠りについてしまっていた。
カクヨムにて応援よろしくお願いします。
なろうにて毎日連載中です。ブックマーク、感想、レビューなど頂けたら幸いです。
イラストや近況報告は北斗白のTwitter、活動報告にて掲載しておりますので、目を通してくださるとうれしいです。
@hokutoshiro1010




