渡さない
昼休憩には、空き教室でクラリスとティナが用意してくれた衣装の試着をした。レオンは「ちょっとだけ見たい」と言っていたけれど、クラリスとティナが「本番までのお楽しみ!」と追い出してしまった。
放課後、ミレイアは言われたとおり教員室に向かう。護衛としてフローラも同行してくれる。
「ああ、ミレイアさん。お待ちしていましたよ」
ドロテア先生がドアを開けて迎え入れた教員室には、白衣をまとった重々しい雰囲気の男性たちが数名、すでに集まっていた。
その中に、見覚えのある顔を見つける。
「ミレイアさん、お久しぶりです。あの子たちは元気にしていますか」
声をかけてきたのは、召喚生物研究所の若手研究員、ウラロスだった。
「あ、あなたは……」
ミレイアが驚いて言葉を詰まらせた時、部屋の奥にいる研究員たちが、黒魔石で作られた頑丈そうな檻を運んでいるのに気がついた。以前授業で見た金属製のかごより、遥かに重厚な造りだ。
「お待たせしました。逃げ出した聖獣と精霊を捕獲する準備が整いましたので、参りました」
ウラロスの後ろから、年配の研究員が割り込むように前へ出てきてそう言った。
「でも……わたし、あの子たちと契約してしまっていて……」
ミレイアが戸惑いながら言うと、年配の研究員は冷静に答えた。
「契約を解除するには、しばらく距離を置く必要があります。半年ほど近づかなければ、契約印は徐々に薄れていくはずです。前回逃げ出した時には念動力で籠を壊した形跡がありましたが、今回はこちらの檻を使用しますので、魔力の使用は不可能です」
ミレイアは、モフィとスインが檻に閉じ込められている姿を想像し、胸が痛んだ。
「……どうしても、連れていくのですか?」
「当然です。我々の研究所にとって、極めて貴重な研究対象ですからね。では、参りましょう。聖獣クルリと風の精霊のもとへ」
ドロテア先生が先導し、ミレイアはフローラと並んで貴族寮の自室へと向かう。後ろからは年配の研究員、モフィとスインの世話係だったウラロス、そして重たい檻を四人がかりで運ぶ研究員たちが続く。
「どうしよう、フローラ……」
小声でつぶやいたミレイアに、フローラは答える。
「さっきミレイア様が研究員と話していた時、こっそり携帯通信魔道具でノエルに連絡を入れておきました」
「ありがとう……急に押しかけて驚かせるところだったわ」
とはいえ、ミレイアの不安は消えない。対策も思いつかないまま、自室の前に着いてしまった。
「では、召喚生物を呼んでください」
ドロテア先生の合図で、白衣の男たちはドアの前で檻の扉を開けてスタンバイする。
ミレイアはドアをノックして声をかける。
「ノエル、わたしよ」
「はーい」
ノエルがドアを開ける。「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ノエル、モフィとスインは?」
「ああ、あの子たち? そういえば朝から見てないわね〜」
ノエルがそう言いながら、ベッドの下に目をやる。そこには、隠れきれていないモフィの尻尾が見えていた。
「この部屋のどこかにいるはずです。測定器が反応しています」
研究員が測定器を片手に部屋へ入り、続いてウラロスも申し訳なさそうに入室した。
「モフィ、スイン。どこにいるんだい?」
ウラロスが、ミレイアが名づけた名前で優しく呼びかける。
その瞬間、スインがベッドの下からころころと飛び出してきて、ぴょんと飛び上がる。
「わあ!ウラロスだ〜!」
モフィは慎重に様子をうかがいながら、そっと顔を出した。
「もう、出てきちゃだめじゃない」
ノエルが二匹を軽く叱るが、その直後、年配の研究員が指示を出し、男たちが一斉に動いた。モフィとスインはあっという間に捕まえられ、檻の中へ閉じ込められてしまう。
「モフィ! スイン!」
ノエルが泣きながら止めに入るが、無情にもカギがかけられる。
「お騒がせしました。一ヶ月間のご協力、感謝いたします。それでは失礼します」
研究員たちはそそくさと去っていく。ウラロスだけが名残惜しそうに、ミレイアとノエルに向かって深く頭を下げた。
「申し訳ありません、まるで引き離すようなことになってしまって……。でも、お二人がどれだけあの子たちを大切にしていたのか、よくわかりました。本当は、契約者のもとにいる方が幸せだと僕も思います。けれど研究所の所有物であることは事実で……僕も、上には逆らえなくて」
「もう……もう会えないんですか?」
ノエルが震える声で尋ねる。
「檻の中にいる限り、魔力は封じられますから……こちらへ来ることはできないでしょう。もしよろしければ、お二人が研究所に会いに来ていただけるよう、上に掛け合ってみます」
「嫌です」
俯いていたミレイアが、はっきりとした声で答えた。
「絶対に、渡しません」
「そうです! 連れに来たからって、はいどうぞって渡せるわけないじゃないですか!」
ノエルも同調する。
ミレイアが息を大きく吸い込んで叫ぶ。
「モフィー! スインー! 帰ってきてー!」
その瞬間、天井からまばゆい光が降り注ぎ、モフィとスインの姿が現れた。
「ミレイアー、呼んでくれてありがとー! 怖かったよ〜」
「ミレイア〜、わたし研究所いや〜。ウラロスは好きだけど、檻はいやなの〜」
二匹はミレイアにしがみつき、ノエルも感激して抱きつく。
唖然とするウラロスが、ようやく我に返り口を開く。
「なぜ……? 檻の中から出られないはずでは……」
「わたしにも理由はわからないけれど……でも、あんな檻なんかでわたしとこの子たちとの絆は切れないとは思っていました」
ミレイアの言葉に、ウラロスは「ハハハッ」と楽しそうに笑った。
「なるほど、物理的に閉じ込めることができないのなら、連れて帰ることはできませんね。わかりました。今後も、この子たちのことをお願いします。研究所がまた連れて行こうと言い出すかもしれませんが、僕がしっかり説得しておきます。……その代わり、僕がたまにここに会いに来てもいいですか?」
「ウラロスなら大歓迎だよー!」
「わ〜い、ウラロス大好き〜!」
モフィとスインが、嬉しそうにウラロスの周囲を飛び回る。
「この子たちは何て?」
ウラロスがミレイアに尋ねると、ノエルが笑いながら通訳する。
「“ウラロスなら大歓迎、大好き〜”って言ってます」
「えっ!? ミレイアさんだけでなく、あなたも言葉が理解できるのですか? これはますます興味深い……!」
ウラロスは目を輝かせながらつぶやいた。
「そろそろ、他の研究員たちがモフィとスインがいなくなったことに気づいて騒ぎ出す頃です。急いで合流しなくては。ではまた、会いに来ますね」
モフィとスインの頭を優しく撫でて、ウラロスは部屋を後にした。
「連れに来るって……わたしのことじゃなかったのね」
静かに閉じたドアを見つめながら、ミレイアはぽつりとつぶやいた。




