85 観念
星導祭まで、あと三日。
学園は色とりどりの飾りで華やかに彩られ、生徒たちの期待も高まっていた。
この日は、アゼルとの訓練も、フローラとの訓練もなかった。最近ミレイアが疲れていて、上の空になることが増えていたのに気づいた二人が、星導祭が終わるまでは訓練を中止にしようと言い出したのだ。
授業が終わったあと、久しぶりにまっすぐ貴族寮の自室に戻ったミレイアは、のんびりと時間を過ごした。最近、使用人棟ではなくミレイアと同じ食卓でともに過ごすようになった侍女のノエルと、モフィ、スインと一緒に談笑しながら夕食をとる。穏やかな時間だった。
食事が終わった頃、窓際にある通信魔道具が、
「ポロロン…♩」と軽やかな音を繰り返しながら淡い光を放ち始めた。
ノエルは慣れた様子で手をかざし、通信を繋げた――が、直後に「あっ」と声を上げる。
「あ、そういえば今日はお嬢様がいるんだった……!」
光の中に映し出されたのは、ノクシア領にいるミレイアの父・ギルバートと、母・シルヴィアだった。
『まあ、またノエルなの? いつになったらミレイアと話せるのよ』
「奥様、失礼しました! 最近の習慣でつい……。今日はお嬢様、いらっしゃいますよ」
「お父様、お母様、久しぶり」
ミレイアがノエルの隣から、ひょっこりと顔をのぞかせた。
ノクシア夫妻は、王都騎士団からの連絡で、ミレイアが刺客に襲われた事件を知って以来、毎晩欠かさず通信魔道具で連絡を入れてきていた。
だがこの頃のミレイアは、放課後から夜遅くまで訓練に時間を費やし、夜は疲れ果てて、食事と入浴を済ませるとすぐに寝てしまっていた。そのため、両親から通信が来ていることにまったく気づいていなかった。ノエルは何度か伝えたのだが、どうやら聞き流していたようだ。
『何をやってたんだ、毎日遅くまで。ノエルは詳しく話してくれないし、ミレイアからは全然連絡もない。父さんがどれだけ心配してたか、わかるか? 命を狙われたんだろう? 犯人がまだ捕まってないって聞いたぞ。王都はやっぱり危険だ。もう家に帰ってきなさい』
『事件が起きたとき、王太子殿下が一緒だったとも聞いたわ。休日に二人で外出するなんて……まさか、恋愛関係ってことはないわよね?』
ミレイアがノエルに目を向けると、ノエルは「私は何も申し上げておりませんよ」と言いたげに首を横に振った。
ミレイアは観念し、静かにため息をつく。
「いつか言わなきゃいけないとは思っていたの。わたしとレオンは恋人同士なの。プロポーズもされていて、今度、お父様とお母様にも、ちゃんと挨拶をしに行きたいって言ってくれてる」
『……!』
ノクシア夫妻は顔を見合わせる。
『学園に通い出して、まだ二ヶ月ちょっとしか経ってないんだぞ? ミレイアは誰とも恋愛しないって言ってたじゃないか。早すぎるだろ。しかもよりによって王太子なんて……』
ギルバートが眉をひそめる。
『魔力暴走はどうなの? 恋愛すると危険なのは、変わってないのよね?』
シルヴィアも鋭く問いかける。
「うん。実は何度か魔力暴走は起きてる。でも、アゼルが魔力を込めたペンダントをくれたから、抑えられるようになったの。刺客に襲われたときも、そのペンダントにこめられたアゼルの防御魔法が、わたしを守ってくれたのよ」
『そう、あの子がそんな贈り物を……』
『しかしなあ、魔力暴走が起きなかったとしても、まだミレイアには恋愛は早すぎる!』
『そうよ。あなたは純情で世間知らずなんだから、すぐ騙されてしまうわ』
ミレイアの隣で、ノエルが苦笑を浮かべている。
『やっぱり帰ってきなさい!!』
ギルバートとシルヴィアが、声を揃えて叫んだ。
「嫌です! 学園をやめる気はないし、レオンのことも諦める気はないわ!」
ミレイアは語気を強めて反論する。
両親は通信魔道具の向こうで困ったように顔を見合わせ、こそこそと何かを話し合っている様子だ。
『……わかったわ。あなたが帰ってこないというのなら、私たちがそっちに行くわ。ちょうど週末は星導祭でしょう? ……必ず連れ帰りますからね!』
その言葉を最後に、通信はプツリと切れた。
ミレイアは呆然と、光が消えた魔道具を見つめていた。
そのとき、別の光がベッドの上にふわりと降りてくる。もちろん、いつもの緑色の手紙だ。
そっと封筒を開くと、隣からノエルも覗き込んできた。
【ミレイアへ】
明日、連れに来るみたい
絶対に渡さないで
「え?」
ノエルが思わず、手紙と、先ほどまでノクシア夫妻が映っていた通信魔道具を交互に見比べる。
ミレイアが考え込む間もなく、手紙はキラキラと光になって消えていった。




