入学式で
厳かな鐘の音が学園に響き渡る中、生徒たちが次々と大ホールに入っていく。
その中心へと、静かに足を運ぶミレイア。――周囲の視線が、まるで刺すように熱い。
……これは、思ったよりも……
想像以上のざわめきに、ミレイアの頬がかすかにひきつる。
同性の尊敬と羨望、異性の憧れと恋慕――あらゆる感情が、一斉に彼女へと注がれていた。
遅く着いた新入生が着席し、入学式の開会が告げられた。
――落ち着いて。魔力を……暴走させないように……
なるべく誰とも視線を合わせないよう、ホールの入口に飾られた初代学園長の肖像画に視線を向ける。
真面目そうな顔、感情のない瞳。うん、ちょうどいい。とにかく、今は挨拶に集中を。
壇上へ上がると、空気がぴたりと静まり返った。
やがてミレイアは、穏やかでよく通る声で口を開く。
「このたび、ノクシア侯爵家より参りました、ミレイア・ノクシアと申します。
本日はこのような栄えある席にて、入学生を代表する大役を賜りましたこと、心より光栄に存じます」
丁寧な口調に込められた品位と礼節。
若いながらも、領地運営と商会経営を担ってきた者の風格が、自然と滲み出ていた。
「魔力は、生まれながらにして与えられるものでありながら、扱い方ひとつで人を守る力にも、傷つける凶器にもなり得ます。
私たちはこの学び舎で、力に溺れず、正しく導く術を身につけていく必要があります」
一言一言、噛み締めるように語られる言葉に、教師たちが思わずうなずく。
「……未熟な身ではありますが、皆さまと共に、真摯に学びを深め、よりよき魔導士を目指してまいります。
どうか、これからの学園生活を通じて、多くの絆と叡智を育んでゆけますように。どうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるその姿に、ホールは一瞬、静寂に包まれ――
やがて、拍手が割れるように広がった。
……よかった……無事に終わって……
安堵して顔を上げたとき――
ミレイアの瞳に飛び込んできたのは、壇下からまっすぐにこちらを見つめる、琥珀色の瞳。
レオン・エルヴィス・レガリア。
王太子であり、かつての婚約者候補。そして――彼女の初恋の相手。
……レオン……殿下?
その目は、まるで宝物を見つけたように、優しく、愛しげに細められていた。
ふと、ミレイアの胸が――きゅん、と高鳴った。
次の瞬間。
「――っわあっ!?」「風っ!?」
会場の床が震え、突風が壇上を吹き荒れた。
ミレイアの足元で小さな竜巻が起こり、演台が持ち上がって、空中で回転を始める。
「みんな、落ち着いて!」
すぐにレオンが手を掲げ、強力な制御魔法を展開。
風はたちまち鎮まり、演台も静かに床に戻された。
がくりと膝をついてしまったミレイアのもとに、駆け寄る人影があった。
「無理をしたな、ミレイア。大丈夫か?」
背中を支えたその声に、ミレイアは目を見開く。
銀色の髪に琥珀よりも淡い金の瞳――アゼル・フェンリル。
魔塔にも名を轟かせる天才魔術師であり、ミレイアの魔力の“治療”という名目で何度か領地を訪れていた人物だ。
「……ありがとう、アゼル……でも、もう平気……」
ミレイアの頬に触れるその手は、優しく、どこか慣れているような――
壇下の王子の視線が、鋭くなった。
……なんだ、あの距離感は
レオンの胸に、初めて生まれる奇妙な感情。
それは――わかりやすい、嫉妬だった。