婚約者候補
校舎へと続く石畳の道を、三人の案内役に囲まれながら歩く。
「殿下~っ♡ 本日はわたくし、エインズワース家のリディアが全力でご案内いたしますわ!」
公爵家の三女にして、現筆頭婚約者候補。
これでもかとアピールしながら、リディアはぴたりとレオンの隣を歩く。
「この日を待ちわびておりましたのよ。入学式の後、お茶でもいかがですか? 私、紅茶選びにはちょっと自信が……」
「リディア嬢。殿下との距離が近すぎます。ご配慮を」
魔術科の教師が冷静に口を挟むと、リディアはすぐにふわりと距離をとった。
「ごめんなさいね、先生。でも心配いりませんわ。婚約者候補ですから♡」
カイルが苦笑を浮かべる。
リディアは悪びれる様子もなく微笑んだが、レオンは何も答えずに前を向いたままだった。さすがに今はアピールできる状況ではないと察したようで、リディアが抑えめになり、その先は滞りなく案内が進んだ。
レオンの少し後ろを歩くロイとクラリスが、小声で話す。
「リディア嬢はあいかわらずだな。たくさんいた婚約者候補も上位貴族で残っているのはリディア嬢ぐらいだよな。冷たくされ続けてもめげないところは尊敬するよ」
ロイの軽口に慌てたクラリスが、静かにというジェスチャーつきで睨みつける。
ロイは一瞬立ち止まって、思い出したように話題を変えた。
「そうだ、クラリス。噂の“夢幻の女神”って、今年の新入生代表だったりする?」
「ええ、その通りよ。ミレイア・ノクシア。入試の全魔法試験において満点、筆記でも主席。先ほど、名簿を確認しました」
「へぇ〜……。容姿も頭脳も能力も完璧か。入学式で見るの楽しみだな。それじゃあ今回、うちの王太子は惜しくも二位ってこと?」
「ロイ。また余計なことを」
ぴしゃりと釘を刺すクラリスの声に、ロイが軽く手を上げておどける。
「はいはい。あくまで“主席は彼女だった”ってだけで、別に殿下が負けてるわけじゃないもんな」
「……言葉を慎め」
珍しく低く、レオンがつぶやいた。
クラリスとロイは、それ以上何も言わなかった。
そして到着した王族用の控室に足を踏み入れた──。