3 新しい場所
ガタン、と石畳を越えた衝撃を、ふわりと包むクッションの魔力。
「……そろそろ着く頃かしら」
出発してから4時間がたった。
ミレイアはゆっくりと腰を浮かし、ふわふわとした座席の感触に軽く笑った。
「さすが、お嬢様お手製のクッションですね。ここまで揺れを感じない馬車、他にありませんよ」
そう言って、向かいに座っていたノエルが感心したようにほほえむ。
「素材を工夫しただけよ。空気の層と魔力を混ぜた魔法布。ちょっとした実験のついでだったから」
「……普通、その“ついで”で魔道具を作ったりしませんけどね?」
からかうような口調に、ミレイアは肩をすくめる。
「せっかくの門出だもの。振動で気分が悪くなったら、印象が台無しでしょ?」
「……あの、でも……」
ノエルが少し遠慮がちに言葉を濁した。
「もしかして転移魔法を使えば、学園なんて一瞬だったんじゃ……?」
ミレイアがクスッと笑いながら頷いた。
「できなくはないわ。地図も学園の構造も、資料で頭に叩き込んだし。だけど、“新しい場所”にはちゃんと、自分の足でたどり着いてみたいの。とは言っても走っているのは馬たちなのだけどね。それに、こうして落ち着いて話せる時間も必要なの。領地から長く離れるのも初めてだし、やっぱりちょっと……ドキドキするから」
「お嬢様……」
「ちゃんとこのドキドキを味わっておきたいの」
その横顔は、窓から差し込む午後の陽に照らされ、静かに輝いていた。
馬車が緩やかに速度を落とし、石畳の上で最後のひと揺れを起こした。
「――着いたみたいね」
窓の外に見えるのは、王都レガリアでも一際目立つ、巨大な白のアーチと魔法紋が輝く正門。
その前には、案内役の上級生や教師。一足早く着いた新入生、付き添いの家族や使用人たち、そして王都の騎士が整然と並んでいる。
ミレイアが腰を上げると、ノエルがさっと服の裾を整え、フローラが扉の横に立った。
「さて、お嬢様。覚悟はよろしいですか?」
荷物を整えながらノエルが振り向く。声は落ち着いているが、瞳にはじんわりとした不安がにじんでいる。
「もちろんよ。覚悟は、出発のときに済ませてるわ」
ミレイアは、にこっと笑って胸を張った。
「では、行きましょうか」
「二人とも……寮の近くにいてくれるんだよね?」
「はい。私はお嬢様の隣室に部屋をいただいております。授業中の付き添いはできませんが、寮でのお世話はすべてお任せください」
ノエルは、まるで母親のような優しい声でそう告げた。
「私は騎士詰所に常駐になりますが、学園内の許可区域ならすぐ駆けつけられます。外出時には正式に護衛として付き添いますので、ご安心を」
フローラの言葉には、確かな責任感と安心感がにじんでいる。
「二人とも、本当にありがとう」
ミレイアがそう言うと、ノエルが急に真剣な顔になった。
「でも、お嬢様。学園は初対面の男性がうようよしていますから、“近づかない・目を合わせない・手を触れない”――この三原則、守れますよね?」
「まるで猛獣扱いね……」
ミレイアが小さくため息をつくと、フローラが真顔で言った。
「ミレイア様の場合、うっかり触れたら感電か、氷漬けか、地割れですから」
「わたし、災害指定でもされてるの?」
「正直、ノクシア騎士団で議題に上がったことはあります」
「えっ、うそでしょ!?」
ノエルがくすくす笑いながら、そっと手を握った。
「でも大丈夫。私たちがついてますから」
「……ふふっ。そんなふうに言ってくれる人たちがいるなら、きっと大丈夫よね」
ミレイアは胸元に手を当て、まっすぐ前を見つめた。
「さあ、行きましょう。新しい私の舞台へ」
カツン――と扉が音を立てて開かれる。
光が差し込み、外の空気が流れ込んで
数え切れない視線が、彼女を迎えていた。
現れたのは、淡く光を帯びたパープルブロンドの髪を揺らし、深い紺の瞳でゆっくりと辺りを見回す、美少女
――ミレイア・ノクシア
その一歩に、空気が揺れる。
「あっ……」
「わ……」
「ま、まって……見て……」
誰かが何かを言いかけたまま、声にならずに止まる。
笑っているわけでも、怒っているわけでもない。
ただまっすぐ前を見て立っているだけなのに、その存在感は“人ならざる何か”のように感じられた。
まさに、夢幻の女神。
その美しさに息をのんで目を見開く者もいれば、
直視することすら恐れ多いとばかりに、思わず視線を逸らす者もいる。
一部の男子生徒は、髪型や制服の襟を直しているし、女子生徒たちは「すごすぎてライバルにすらなれない……!」と頭を抱えた。
その中で、出迎えに立っていた上級生たち――
案内係の数人は、引きつった笑みを浮かべてペコリと頭を下げる。
「ご、ご到着……お疲れさまでした、ミレイア・ノクシア様!」
「こ、こちらへどうぞ! あの、あの、入学式の前に……その、特別にお時間を……!」
うろたえる上級生の一人を、隣の教員が軽く肘でつつく。
「まったく……。ミレイア嬢、あなたには新入生代表としてご挨拶をお願いしていますよね。
式の前に式次第の説明があるので、控え室へご案内しましょう」
「――わかりました。よろしくお願いします」
ミレイアは静かに頷き、足を一歩進めた。
その瞬間、紫の髪がふわりと舞い、甘い香りが漂った。




