12 ノエルの決意
貴族寮にあるミレイアの自室。
中央に据えられた円卓には、美しく盛りつけられた料理が運びこまれた。
王都名産の果物を使った前菜。珍しい魚介のグリル。高級キノコが香るコンソメスープ。柔らかなフィレ肉のポワレ……。
寮の専属シェフが作るものだけあって、どれも申し分のない味と見た目だ。
それでも――
「……なんだか、しん……としてるわ」
無意識にポツリとこぼした言葉に、苦笑がこぼれる。
そのとき、隣室から扉が小さくノックされ、ノエルが顔をのぞかせた。
「お嬢様。お食事、いかがですか?」
「美味しいわよ、もちろん。でも……」
ミレイアはフォークを置き、懇願するような視線を送った。
「……ノエルが一緒に食べてくれたら嬉しいなって思ってたの」
ノエルは目を見開いたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべて首を横に振った。
「お気持ちは嬉しいのですが……。侍女は、特別な理由がない限り、使用人用の食堂で食事をとる決まりですから」
「……そうよね。わかってるの。ちょっと寂しかっただけ」
照れ隠しのように笑うミレイアに、ノエルは静かに提案した。
「お嬢様が望まれるなら、食事中の同席を許可してもらえるよう申請してみますが……」
「ありがとう、ノエル。でも大丈夫。明日から学園生活も始まるし……わたしもすぐに慣れるわ」
そう言って、ミレイアは再びナイフとフォークを手に取った。
食後。部屋の壁に備え付けられた魔道具の掲示板が音を鳴らし、ふわりと淡く光を放った。
ミレイアが目を向けると、光の中に文字が浮かび上がっていく。
――《明日午前九時より、新入生は講堂にて魔力測定。その後、所属クラスごとのオリエンテーションを行います。制服を着用の上、時間厳守。》
ミレイアは椅子にもたれ、小さく息を吐いた。
「いよいよ、始まるんだね……」
期待と不安が入り混じり、胸の奥がそっと波打った。
──
ノエルは用意していたタオルを広げると、入浴後のミレイアの背後に立ち、丁寧に濡れた髪を拭き始めた。
「しっかり乾かしますので、しばらくじっとしていてくださいね」
「ん……お願い」
タオル越しに感じるノエルの手つきは慣れていて、何故か安心する。
侍女としてノエルが侯爵家にやってきたのは僅か2年前なのに、もっと昔から知っていた懐かしい気持ちになる。
──
ノエルは元々、伯爵家の令嬢だった。
けれど、18の春に恋に落ちた相手は、平民の青年サム。
一人で工房を営む、誠実で優しい男だった。
しかし、身分違いの恋など認められるはずもなく、周囲の猛反対を押し切って家を出た。その時、家族からは「縁を切る」と言い渡された。
平民になったノエルは、サムと一緒に暮らし初めた。
小さくて屋根の低い家、食卓に並ぶものも質素。
それでも笑顔と静かな愛に満ちた日々は、求めていた人生そのものだった。
けれど平穏な生活は長くはつづかなかった。
サムは不治の病を抱えていた。
──それから数年。サムは寝たきりとなり、ノエルが働いて彼を支える生活が続いた。
ある年の夏。村に、激しい大雨が降った。
仕事に出ていたノエルが戻った時には、村全体が濁流に飲まれかけていた。
小さな家はすでに流され、サムの姿はなかった。
「……サム!サム、どこ!?どこにいるの!」
川の中へ飛び込みそうになるノエルを、誰かが後ろから抱きとめた。
「危ないっ!もうダメ、入っちゃダメです!」
振り返ると、ずぶ濡れの少女がそこにいた。
ミレイア・ノクシア
領地の災害情報を受けて、村に駆けつけた侯爵令嬢だった。
彼女は、信じられないような魔法で、水の勢いを抑え、堤防を再構築し、多くの村人の命と村を守った。
けれど、たった一人。サムだけは、間に合わなかった。
「……助けられなくて、ごめんなさい……っ」
少女は泣きながら、何度も何度も謝った。
ノエルはその時、初めて泣き崩れた。
悲しみや喪失感だけではない。
命を救おうと手を伸ばしてくれた少女が、自分と同じように泣いてくれていることが、何より苦しかった。
あの日から、ミレイアは何度も村に訪れた。
ノエルに声をかけ、傷が癒えるまで寄り添い続けた。
「わたしの力で守れる命があるなら、何とかしなきゃって思うの」
事件や災害の知らせを聞けば、それが領地の外であっても自ら救出に向かう。
ミレイアの優しさと責任感は、時に心配になるほどだった。
そして、村が復興してしばらくしてから、ミレイアはふいにこう言った。
「ノエル。……わたしの侍女として、そばにいてくれない?」
戸惑うノエルに、まっすぐな瞳で続けた。
「あなたの生き方を、わたしは尊敬してる。サムさんのお墓の近くで暮らしたい気持ちもわかる。……でも、あなたをこのまま1人にはしたくない。だから……どうか、わたしと一緒に来て」
ノエルはひざをつき、深く頭を垂れた。
「一生、あなたに尽くします」
それから2年。
ノエルは誰よりも優しく、誰よりも熱く、ミレイアのそばに立ち続けている。




