奪還作戦
王族専用の寮の一室。重厚な調度に囲まれた部屋の中心で、レオンは革張りのソファに腰を下ろし、肘をついて窓の外をぼんやりと見つめていた。表情はいつもの無表情――のはずだったが、眉間にはしわがより、口を強く引き結んでいる。
その様子を斜め向かいから眺めていたロイが、堪えきれずに吹き出す。
「おいおいレオン、お前がここまでわかりやすく機嫌悪いのって、いつ以来だ?」
「……別に、何も気にしていない」
「嘘つけ。あの2人が仲良さげだったのが気に入らないんだろ?」
ロイがわざとらしくニヤつきながら言うと、レオンは無言で睨みつける。しかし、その目にはいつもの鋭さではなく、ほんのわずかな動揺が宿っていた。
クラリスが、涼しい顔で口を挟む。
「殿下、これは私の仮説なんですが。……先程の入学式で起きた強い風は、ミレイア様がなんらかのきっかけで引き起こした魔力暴走だったと思われます。アゼル様は、魔力の流れを操作する能力に優れたお方のようですから、彼女に触れながら治療をしていたのではないかと」
「……治療?」
「ええ。詳細は明らかになっていませんが、それならいくつかの辻褄が合います」
クラリスは3人分の紅茶を優雅に入れながら続けた。
「殿下が十歳の時の舞踏会で起きた“あの地震”――あれも偶然ではなかったのかもしれません。となると、彼女が王家の婚約者候補から身を引いた理由も、“嫌われたから”からではなく、魔力暴走の危険があるため、“自ら距離を取った”という可能性も……」
レオンの手が、ひざの上で静かに握られる。
嫌われたわけじゃない――その可能性が浮かんだ瞬間、彼の胸には、言葉にできない熱が走った。
だが次の瞬間、入学式でアゼルにしなだれかかるように支えられていたミレイアの姿が脳裏に蘇る。2人の間には治療以上の親密な関係があるように見えた。
そのわずかな変化を見逃さず、ロイが肘で突きながらにやにやと笑った。
「おいおい、顔に出てるぞ? 今さら恋に落ちるとか、まさかお前、心を取り戻しちまったんじゃないか?」
「黙れ、ロイ」
低く呟いたレオンだったが、耳元まで赤くなっているのは隠せない。
クラリスはくすりと笑った。
「でも殿下は、明日から彼女と同じクラス。アゼル様は学年が上ですから、直接接する機会は少ないはず。むしろ殿下の方が有利なのでは?」
「……有利、ね」
レオンが小さくつぶやく。恋なんて興味もなかったはずなのに。
「紅茶をいただきながら作戦でも立てましょうか? 未来の恋人奪還作戦」
クラリスの提案に、ロイが身を乗り出す。
「いいねそれ! どうせなら、全力でやろうぜ?」
「……くだらない」
呟いたレオンだったが、わずかに頬がゆるんだのをクラリスもロイも見逃さなかった。