第二十一話:新秩序の胎動と、裏切りの血
――聖都陥落より三日。
蓮たちの義勇軍【ルキフェルの烽火】は、聖都旧区画の一角に拠点を築いていた。
魔族の襲撃を退けたとはいえ、聖教評議会と王国中枢の連絡は断絶したまま。
大陸全域が、次なる動乱の胎動に揺れ始めていた。
その夜、焚火の周囲に集まっていたのは、いつもの仲間たち――
蓮、綾香、ルフェイ、リュミエール。そしてもう一人、
彼らの義勇軍に加わって間もない魔導師の青年、キール=ナヴァール。
「各都市への通信は遮断されてるが、地下魔導網からの再送信ルートを確保した。
ただし……王国軍から“反乱軍”指定されてるから、すぐに妨害が来るはず」
「その時間稼ぎが、お前の役目だ」
蓮が端的に告げると、キールは唇の端を吊り上げた。
「了解。政治の嘘を暴くには、まず“情報”を武器にしなきゃな」
一見軽薄、しかし芯には熱い理性を持つ男――それがキールだった。
少なくとも、この時点までは。
夜半。
綾香は密かに、王国宰相補佐から受け取った書状を読み込んでいた。
その文にはこう記されていた。
>「教会による勇者粛清は、王族の一部も関与していた。
> 本来の“神託”は改竄され、真の写本は聖都地下に封印されている。
> 鍵となるのは、“聖女の血”」
「……私の、血……?」
綾香は呟き、手にした文をそっと握り締める。
その背後に、そっと影が忍び寄った。
「どうやら、核心に近づきすぎたようですね、綾香さん」
振り向くより早く、冷たい魔力が首元に走る。
そこにいたのは――キール。
「……あんた、まさか」
綾香が言い切る前に、彼は囁いた。
「“神託の復元者”、それが僕の本当の役目だったんですよ」
彼は王国諜報部に潜り込んでいた“残存教団派閥”の信徒。
蓮たちに近づいたのは、綾香を確保するため。
“聖女の血”さえ手に入れば、神託復元の儀式が成立する――それが彼の任務だった。
「裏切ったのか……」
蓮の声が、背後から響いた。
「いや、“選んだ”んですよ。
僕は神の時代を取り戻す。お前たちは“人の自由”を叫んで秩序を壊すだけだ」
戦いは一瞬だった。
キールの術式が起動する。
だが――
「《緘黙領域:エクレシア・ゼロ》」
綾香の術式が、それを上回った。
彼女は怯まず、静かに言い放った。
「あなたが見ていたのは、“神の記録”じゃない。“人の罪”よ」
蓮の剣が閃き、キールは魔導の核を断たれ倒れる。
だが、直前に残した言葉が、場を凍らせた。
「……もう手遅れだ。復元の儀式は、既に始まってる」
その場に、低く響く魔導音。
旧教会跡地下から、強大な“再起動信号”が放たれていた。
“神託再現機構・レリクスコード”――教会が秘匿していた最後の切り札が、起動を始めていたのだ。
「くそっ、あいつ……最初から“囮”だったか」
蓮が呟く。
「急がないと、私の血が“鍵”として誤用される。
……神の名を語る“制御不能な機械”が、大陸を再支配する前に」
綾香の声に、静かな怒りが宿っていた。
その夜、蓮たちは拠点を捨て、地下封印区へと向かう。
これはもはや、“正義”と“信仰”の戦いではない。
“過去”と“未来”、どちらを残すかという選択だった。




