第十九話:王都、血と虚偽の審問会
王都アルゼリード。
大聖堂の中央塔、その最上層にある審問の間。
古の時代より“神の声”を聞くために設けられたというその空間は、
今や“異端”を裁くための舞台へと成り果てていた。
その中央に、一人の男が立っていた。
勇者、アサクラ・レオン――
かつては神託の象徴とされ、王国と聖教の希望として迎えられた転移者。
だが今、彼に向けられているのは剣でもなく槍でもない。
“言葉”という、もっとも鋭利な刃だった。
「勇者殿。あなたは“神託”に背いた罪に問われています」
老司祭カリストゥスが、にじり寄るような口調でそう告げた。
「人間でありながら魔族を擁護し、聖女マカベを教会から遠ざけ、
その癒術師――ルフェイ=ミスリリアなる存在にも、“禁術の使用”を黙認した」
「……それがどうした」
蓮は、正面から彼を見据えた。
「俺は命を守った。誰のも、例外なく。
それが“神に背く”というなら、俺は最初から神の敵だ」
その発言に、ざわめきが広がる。
だが、蓮は一歩も引かない。
「そもそも聞こう。“神”とは何だ。
戦うたびに命を差し出せと命じ、
癒すたびに“序列”を課す存在が、本当に“正義”なのか」
カリストゥスが怒りを露わにする。
「そのような詭弁で――!」
「詭弁じゃない。“現実”だ」
蓮の声は、雷鳴のように響いた。
「俺たちはこの大地の上で、苦しみ、血を流し、生きてる。
それを、遠く離れた高座から“裁く”だけの者に、命の何が分かる」
「……黙れ」
カリストゥスが低く呟いた。
「貴様のような異端が、神に選ばれたという事実そのものが、
我らにとっての最大の“冒涜”だ」
その言葉に、審問官たちが魔術結界の詠唱を開始する。
彼らの手にあるのは、“神罰の槍”――
本来ならば、魔族にしか向けられるはずの禁呪だ。
「勇者アサクラ・レオン。
貴殿の“信仰適格”は失われた。
よって、今よりその称号を剥奪し、神罰を執行する」
――そのとき。
「待て!!」
塔の扉が開かれ、凜とした声が空気を裂いた。
そこに立っていたのは、リュミエール・アルゼリード。
王国第一王女であり、騎士団長である彼女が、
王国の黄金印章を掲げて進み出る。
「この裁定、王国は認めない!」
「な、なにを……!」
「勇者は王国の“生きた希望”だ。その存在を否定する権利は、教会にはない!」
「そ、そんな……!」
司祭たちの動揺の中、さらにもう一人、綾香が進み出た。
「そして私が保証する。
レオンは誰よりも命と信念に正直に向き合っている。
神が“命を見捨てる者”なら、そんな神には、私は従わない」
「貴様ら……! 異端が異端をかばうか!!」
カリストゥスの怒声が響くが、もう誰も耳を貸していない。
そして――
空が、暗転する。
塔の外から、黒い煙のようなものがうねりこみ、
上空に巨大な魔法陣が展開された。
それは、佐伯の手によって放たれた“召喚術式”。
都市中枢の魔力供給網に干渉し、
教会を囲むようにして、黒き魔物の群れが出現し始めていた。
「これが“神罰”だとでも言うのか……」
蓮が吐き捨てるように言った。
「違う。これは“人間の罪”の結果だ」
綾香が応じる。
その瞬間、審問の場は破られ、戦場となる。
王国騎士団と教会守護兵、魔族の召喚獣、
そしてその中心で、蓮は剣を抜いた。
「誰も、もう“見てるだけ”で済まされない」
「だから、立ち上がるのね」
リュミエールが彼の隣に立つ。
「この地に、もう一度“信じられるもの”を取り戻すために」
綾香が言った。
「私は“命”を守る」
ルフェイが背後から癒しの光を灯す。
仲間たちは、再び並んで剣を取り、意志を重ねた。
血と虚偽の審問会は、もはやただの儀式ではない。
それは“新たなる時代の胎動”となって、大陸全土へと拡がっていく。




