下忍が異世界で仕掛けた勝負
タキトゥスの森を抜ける頃には、日がとっぷりと暮れていた。
その為、林道を歩くのは権蔵とミータの二人だけである。
「すいません、高木から採れる素材は値段が高くて中々手に入らないんです」
ミータは、少し前を歩く権蔵に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうせ森を抜けたら一泊する予定でしたから構いませんよ。それに薬を一つも持っていない薬師なんて怪しまれるだけですし」
権蔵は最初からタキトゥスの森を抜けたら、宿屋でテクトーンに関する情報を集めるつもりであった。
「ゴンゾーさんはお優しいんですね」
「俺が優しかったら、万人が優しい事になりますよ」
権蔵自身、優しい忍びなんて見た事がない。
「お優しいですよ。先程から私が転ばない様に石を蹴飛ばしてくれているじゃないですか。猫人は夜目が効くんですよ」
「俺はアルティーリョさんの護衛ですよ。当たり前の事をしてるだけです」
権蔵がぶっきらぼうな口調で、そう言うとミータがクスリと笑った。
「すいません、本当にプリムラ様の仰った通りだったもので」
「はい?義姉さんは何を言ったんですか?」
権蔵も義姉が影で動き回っていたのは知っていたが、その答えが予想外過ぎて面を喰らっていた。
「えーとですね。”ゴンちゃんは素直に誉められるって事を知らないの。誉めたら俺は何々ですからとか言ってムスッするんだよ。でもそこがまた可愛いんだけどね”です」
「あの人は何を…義姉から何を言われたか知りませんが真に受けないで下さいよ。俺は外道なんですから」
そう言いながらも、権蔵は石を蹴飛ばしながら歩いて行く。
――――――――――――――
権蔵が選んだのは、屋外まで喧騒が聞こえていた宿屋。
ドアを開けた途端、むわっとし熱気と共に明るい歌声が聞こえてきた。
大きなコップを片手にドワーフ達が騒いでいる。
(こりゃ丁度良い。酒の一杯でも奢って話を聞くとするか)
「すいません、二部屋お願い出来ますか?それと飯も頼みます」
「ああ、大丈夫だよ。宿代は飯付きで一人三千トーンさ」
答えてくれたのは恰幅の良いドワーフの女将。
「すいません、カルケスしか持ち合わせがないんです」
「両替商は店を閉めたね。カルケスなら手間賃も入れて一人三千五百カルケスだよ。酒は別料金だから忘れないでおくれ。部屋は飯を食べたら案内するよ」
権蔵はミータを促し椅子に座ると、周りの会話に耳を傾けた。
歌声に混じり仕事自慢や力自慢も聞こえてくる。
「はい、お待ちどうさん。冷めないうちに食べるんだよ」
「うわー美味しそう!!ゴンゾーさん、早く食べましょう」
満面の笑みを浮かべるミータに対して権蔵の顔はひきつっていた。
(肉、肉、肉しかないじゃないか。しかもこの臭いは香辛料ってやつか…この臭いが染み付いたら商売上がったりだよ)
「これがベーコンの厚切りとソーセージのグリル。こっちが羊の内蔵の煮込み。もう少ししたら鳥の香草焼きが出来るからね」
「あ、ありがとうございます」
(こりゃ、自分で川魚を捕まえないと不味いな)
結局、この権蔵を一番喜ばせたのは鶏肉の付け合わせに付いてきたジャガイモであった。
「へー、猿人と猫人の組み合わせとは珍しいね。兄ちゃん達、テクトーンに何をしに来たんだい?」
権蔵達に話し掛けてきたの酔っぱらって上機嫌になっているドワーフの男。
「私はこちらの方の護衛です。テクトーンにはシデリティスとか言う草を取りに行くんですよ」
「護衛?猿人が?猿人に負ける奴なんてテクトーンにいねえよ。姉ちゃん、俺が護衛をしてやるよ」
その言葉で酒場がどっと沸き立つ。
「なら力比べをしてみませんか?私が負けたら酒を奢りますよ」
「本当か?猿人と力比べなんて余裕…」
酔っぱらったドワーフが見たのは権蔵の腕。
それはドワーフと比べても遜色のない太さをしている。
「本当ですよ…俺が勝ったら話し相手になってもらいます」
権蔵はそう言って柔和な笑みを浮かべてみせたが、その目はドワーフの目を捕らえて離さなかった。
「なら腕相撲といこうじゃないか。テーブルの上をどけな」
猿人にここまで言われたらドワーフのプライドが許さない。
しかし、数分後そのプライドは粉々に砕け散った。
確かに単純な筋力なら彼の方が上であったが、相手は関節やツボを熟知した忍びである。
「ったく、なんて猿人だ。で何を聞きたいんだ?」
「その前に酒をお願いします。テクトーンに行ったら気を付ける事、最近の噂話。それとテクトーンに行く道で気を付ける所ですね…さあ、飲んで下さい」
権蔵は運ばれて来た酒をドワーフの男に差し出した。
「良いのか?そうさな…テクトーンに行ったら、他人の仕事にケチをつけるな。ドワーフは仕事に誇りを持ってるからな。噂か…若様が元気ないって噂を聞いたな。まっ、肉を食えば元気になるから心配はない。テクトーンに行く道で気を付ける事は川だな。川幅が広く流れが早い川がある…こんなんで良いのか?」
「護衛には酒や金に勝る情報ですよ。もう一杯どうですか?」
権蔵はそう言うと、ドワーフに深々と頭を下げた。
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「テクトーンには川沿いに行けば着くよ。間違っても落ちるんじゃないよ」
権蔵達は女将から別料金で作ってもらった弁当を受け取ると宿屋を後にした。
「あっ、川が見えてきましたよ。本当に凄く流れが早いんですね」
確かに川幅も広く川筋も渦を巻いている。
「川から離れて歩けば問題はありませんよ…見えねえな」
「ゴンゾーさん、そんなに近付いたら危ないですよ。何をしてるんですか?」
権蔵は川岸ギリギリに立ち、しきりに川を覗き込んでいる。
「いえね、川魚がいないか見てるんですよ」
「お弁当ならあるじゃないですか」
最も、その弁当から肉の臭いが漂ってきているからの行動なのだが。
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