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第1話 終

「だが、もう無理なのだよ」

ハサミの絶は続けた。

「我は、長い間彼女の負の感情の近くにいた。そして、その負の感情をたくさん取り込んでしまった」

そこで一旦言葉を切る。

そして、

「彼女が我に触れた途端にその溜まりに溜まった負の感情が彼女に流れ込み…」

そこで、2人は息を飲み込んだ。

「恐らく、また暴走してしまうだろう」

絶は機械的な声で真実を言い放った。

「これは、運命なのだ。ここで我は眠り、彼女は生きる。」

優一は何も言えない。

口出し出来ない。

頭が混乱しきっていた。


「幸いなことに、我を破壊し眠りにつかせてくれる力を持った者も現れたのだ」

絶の言葉に2人は驚き、2人で顔を見合わせる。

「終夜、君の力で我を眠りにつかせてくれ」

終夜の目は点になる。

「気が付いていないのか?ならば説明するしかなさそうだな」



終夜の力は絶の力を上回っている。

その一番の証拠は肩に出来た傷。

普通、絶に切られたものは世界から切り離され、その時間が止まる。

あの優一の見つけた殺人鬼の体のように血を流すことが出来ず、時が止まる。

だが、終夜は世界の時間から切り離されることなく、肩からは大量の血液が流れていた。

つまり、世界から切り離されてはいないと言うこと。


そして、第2の証拠は少女である。

普通、世界から切り離されたら眠ることなどない。

何故なら疲労は溜まらず、眠る必要がないから。

少女も今までずっと眠ることはなかった。

だが、終夜に触れられたことによって世界とまた繋がったのだった。


つまり、終夜は絶の力を上回る力を持っていると言うことになる。


終夜がハサミの絶を破壊する。

つまり、絶を殺すと言うこと。


「そんなこと出来るわけないだろ!!」

終夜の怒声が部屋に響く。

終夜の力が絶を上回っていることは理解出来ている。

絶の望みは眠りにつくこと。

絶が、この世から消え去ること。


「これは、しょうがないこと、運命なのだよ。愚かな我の運命なのだよ」

絶はあくまでも、静かに言い放った。


優一も暗い表情をしている。

いくら自分が殺されるような思いをした身であっても、少女と絶が別れるのは、悲しいのだ。

そして、この状況の中何も出来ない自分を恥じていた。

(僕にも、全てを変えられる力があったら)

優一は静かに唇を噛み締めた。



「一つだけ聞かせてくれ、絶」

終夜は唐突に言った。

「お前は、満足なのか?それで良いと思っているのか?」

絶の本心に触れるために。


「だから、言っているだろう。我は居なくなっ」

「そうじゃない。絶は、この子ともう会えなくなって悲しくないのかと聞いているんだ」


終夜は聞きたかった。

絶の本心を、

絶の心の声を、



絶は2、3秒考えた後、

「悲しいと言ったら悲しい。家族同然だと思っていたのだからな。だが、しょうがないことなのだ。」

機械的な声の筈なのだが少し声は震えているように思えた。


「そうか…その言葉だけさえ聞けば十分だ」

終夜は立ち上がり、

紅の翼を一度羽ばたかせた。

そして、震える両足に力を入れ、

怪我した肩からは血を流しながらも、

それを気にする素振りを一切見せず、

終夜は光を集め始めた。終夜の翼が輝き始める。

そして、それに呼応するように右手が輝き始める。


「絶、お前は何でも断ち切ることが出来るんだよな?」

終夜は力を溜めながら聞いた。

「あ、ああ、我は何でも断ち切ることが出来る」

絶はいきなりの質問に驚きながらもそう応えた。

「なら…なら何故この子との繋がりを絶とうする!!」

終夜は吠えた。

「しょうがないのだ!!これしか方法がない…こうなる運命だったのだ」

負けじと絶も声を大きくする。


「お前が断ち切るのは少女の繋がりじゃない。その運命だっ!!その運命を断ち切れ、絶!!」

終夜は止まらない。

「お前は少女と別れを悲しいと言った。家族同然だとも言った。俺は…俺はみんなを救いたい。絶、お前もその中の1人なんだ」

終夜は肩で呼吸をする。

その中でも、終夜の翼と右手は輝きを増していく。


「我を救う手立てはあるのか?いくら何でも運命を断ち切るのは我でも不可能だ。」

絶は幾分落ち着いた声で言い放つ。

絶が何でも断ち切ることが出来ると言えど、運命なんて曖昧なものまでは断ち切れない。

「手立てならある。絶が断ち切るのはこの子の負の感情だ」

終夜は自信に満ちた声で言う。

少女の負の感情が絶の中にあるがために、絶は少女と共に居られない。

だが、その負の感情がなければ、また一緒に居られる。

絶が死ぬ理由がなくなるのだ。


「それは出来ないことはないが、我から切り離された負の感情は思念体となって体を得て暴れ出すぞ」

少女の溜め込んだ負の感情はとてつもなく強力で、

その強力な負の感情は思念体となり暴れ出す。

恐らく、終夜が戦った少女よりも遥かに強い。

そして、すぐに周りに居る人間を殺し始める。

「大丈夫だ」

終夜の声響く。

「俺がその思念体を打ち砕く、この右手で」

右手を前に突き出しながらそう言った。思念体を打ち砕く。

言葉にすれば、とても簡単だが、

少女の負の感情はとても黒く、強い。

絶の力を持ってしても、負の感情を完全に打ち消すことは不可能なのだ。


確かに、終夜は絶よりも強い力を持っている。

だが、少女の負の感情を打ち砕く力があるかは分からない。

それほど、少女の負の感情は強力なのだった


「ねぇ、絶。」

優一は心配そうな顔で絶に尋ねる。

「もし、失敗したらどうなるの?」

絶対に成功するとは言い切れない。

だから、優一は聞きたかったのだ。


「失敗すれば、思念体は終夜の身体に取り憑き、終夜の身体を完全に破壊するまで暴れまわるだろう。」


「なっ!?」

優一は驚きの声をあげる。

失敗したら終夜は死ぬ。

だが、終夜は

「失敗したら、その思念体と共に俺は死ぬ。お前達には迷惑をかけない」

迷いはない目で言い放った。


優一は開いた口が塞がらなかった。

何故、終夜はそこまで必死になれるのだろうか?

何故、終夜は人のために自分の命を懸けられるのだろうか?

何故、終夜は自己犠牲をするのか?


「なん―」

「俺はみんなを救いたい。みんなを護りたい。だったら俺はなんだってする」

終夜は優一の目を見て言った。

「バケモノの俺の夢なんだ。みんなを護る、救ってみせるって」

そこで一旦言葉を区切り、

「正義の味方のバケモノになるんだって」

誰かを救うために、

誰かを護るために、

自己を犠牲にし続け、

自分を傷付け続ける。


そして、自分をバケモノと呼び、自分を苦しめ続ける。

英雄にはならない。

あくまでも、バケモノとして生きながらも、

誰かのためだけに生き続ける。


その夢は、あまりにも歪んでいた。終夜の翼を光が溢れんばかりに輝いている。

それと同じように、右手も溢れんばかりの光が出ている。


「我が拳は、誰かを傷付けるためのものではない」

まるで呪文でも唱えるかのように終夜は呟く。

「この拳は、護るための拳、救うための拳」

終夜は右手を突き上げる。

「ならば、今がまさにその時。光よ、我が右手にっ!!」

突き上げられた右手がさらに輝き、グローブに変化が起き始める。


手の甲にしかなかったプレートが肘の方向へ伸び、肘から下を全て覆った。

そして、辺り一帯を明るく照らすがごとく輝いている。


ふーっと一度息を吐き、

「準備完了だ。いつでもいいぞ」

終夜は言った。

今更の中止はさせないと言った目をしていた。


「優一と言ったか、すまんが我を持ってくれ」

急に名前を呼ばれた優一は驚いたが、直ぐに絶を手に取った。

「すまんな。」

一度礼を絶は言い、

「一度我を開き、また閉じてくれ」

絶はもう、自分の力では動けない。

ただのハサミになり果ててしまったのだから。

「そして、直ぐこの場から離れてくれ。我々も巻き込まれかねない」

絶は優一にそう伝えた。


優一は初めて絶を手に取ったが、

思っていたよりも軽く、

優一にでも、簡単に扱うことが出来た。


「それじゃ、いくよ」

緊張を隠しきれない表情をした優一が言う。

そして、ゆっくりハサミを開き、

勢いよく閉じた。

次の瞬間、目の前は闇に包まれた。終夜の翼を光が溢れんばかりに輝いている。

それと同じように、右手も溢れんばかりの光が出ている。


「我が拳は、誰かを傷付けるためのものではない」

まるで呪文でも唱えるかのように終夜は呟く。

「この拳は、護るための拳、救うための拳」

終夜は右手を突き上げる。

「ならば、今がまさにその時。光よ、我が右手にっ!!」

突き上げられた右手がさらに輝き、グローブに変化が起き始める。


手の甲にしかなかったプレートが肘の方向へ伸び、肘から下を全て覆った。

そして、辺り一帯を明るく照らすがごとく輝いている。


ふーっと一度息を吐き、

「準備完了だ。いつでもいいぞ」

終夜は言った。

今更の中止はさせないと言った目をしていた。


「優一と言ったか、すまんが我を持ってくれ」

急に名前を呼ばれた優一は驚いたが、直ぐに絶を手に取った。

「すまんな。」

一度礼を絶は言い、

「一度我を開き、また閉じてくれ」

絶はもう、自分の力では動けない。

ただのハサミになり果ててしまったのだから。

「そして、直ぐこの場から離れてくれ。我々も巻き込まれかねない」

絶は優一にそう伝えた。


優一は初めて絶を手に取ったが、

思っていたよりも軽く、

優一にでも、簡単に扱うことが出来た。


「それじゃ、いくよ」

緊張を隠しきれない表情をした優一が言う。

そして、ゆっくりハサミを開き、

勢いよく閉じた。

次の瞬間、目の前は闇に包まれた。絶を閉じた瞬間に絶からたくさんの闇が溢れ出てきた。


「早く下がれ望月!!」

その様子に呆気を取られていた優一に終夜が怒鳴り、それで、正気に戻った優一は急いで後退した。


真っ黒な闇は渦を巻きみるみるうちに凝縮され、思念体は人の形になった。

その姿は、少女の姿に似ているが、何もかもが黒く染められている。


終夜は駆け出す。

その闇を打ち砕くために。


終夜は思念体の近くまでいくと、身体を捻った。

全体重を一撃の拳にかけるつもりである。「いっけぇぇぇぇぇ!!」

終夜の拳がよりいっそう輝きを増した。

終夜は捻った身体を戻すように捻りながら拳を繰り出す。


「なっ!?」

しかし、思念体に終夜の拳が触れる直前に思念体が真っ二つに割れた。

完全に当たると確信していた終夜の身体がバランスを崩し、2撃目を放つことが出来ない。


真っ二つに割れた思念体からたくさんの黒い手が伸び、終夜を掴み思念体の中へ取り込む。


終夜は何度も何度もその黒い手を取り払うが、思念体から伸びて来る手の本数はいっぱいあり、少しずつ終夜は押されていった。


そして、ついには限界が来て、終夜は思念体の中に取り込まれてしまった。


優一と絶は思念体に取り込まれて行く終夜をみていることしか出来なかった。


終夜を取り込んだ負の感情の思念体は人の姿から、終夜を包み込む球体状に変化していた。


「終夜…」

優一か絶かどちらか分からないが呟くように声を発した。


完全に取り込まれてしまった終夜の無事を祈ることしか彼らには出来なかった。

終夜は目を開ける。

目の前は真っ暗である。


終夜は自分の翼や右手を輝かせてみせるが、すぐに黒く塗りつぶされてしまった。



ダン、と勢いよく終夜が膝を着く。


カナシイ

クルシイ

シニタクナイ

コロシテヤル

ヤダ



終夜の頭の中に沢山の声が響く。

いくら耳を塞ごうともお構いなしにそれらの声は襲いかかって来る。


(これが、あの子の負の感情の塊)

終夜は理解した。

自分が思念体に取り込まれていることを

そして、その思念体が終夜に少女の負の感情を見せ付けているのだということを。


頭の中に直接叩き込まれる負の感情と少女の過去の映像。

終夜は頭を抑えて転げ回ることしかできなかった。



「アナタに私の感情が理解出来る?」

唐突に響く少女の声。

「私の苦しみ、悲しみ、怒り、痛み、全てが理解出来る?」

終夜はずっと流れる映像と声に頭を抑えながら声のする方を見た。


そこには、先ほどの真っ黒に塗りつぶされた少女の姿があった。


「私はあの子の苦しみ、悲しみ、怒り、痛み、そういった類いを総称したもの」

少女は淡々と告げる。


「あなたは、あの子を救いたいと言ったわね。なら、この全ての闇をあなたはどうにか出来るの?」

そこで少女は一旦言葉を切る。

長い間、負の感情に当てられ続けて濁ってしまった目で終夜は少女を見た。


「無理ね。あなたには、この闇を打ち砕くことなんて出来ない。私を打ち砕くことなんて出来ない。あなたは―」


「誰も救うことなんて出来ないのよ」


少女を終夜にそう言い捨てた。


――ケテ


終夜は少女の話している最中にある言葉を聞いた。終夜は頭を抑えている両手を離し、おもむろに立ち上がった。


聞こえた。

それはとても小さい声だったが、

周りの声に簡単にかき消されてしまうほど儚いものだったが、

終夜はしっかりと聞こえた。


終夜は背中の紅の翼を一度羽ばたかせた。

そして、光を纏い始める。


「無駄よ」

少女の声が響く。

それと同時に終夜の翼には闇が纏わりつき、黒く塗りつぶす。


が、終夜はそれを超える速度で光を纏い続ける。


「沢山の感情で聞き取りづらかったけど、しっかりと聞こえた」

終夜は翼に纏った光を右手に移す。

光を纏い始めた右手に数滴液体が付いた。

「お前も、助けを求めていたんだな」

終夜の顔は涙で濡れていた。

たった一度しか聞こえなかった。

それも、とても小さな声だった。

だけど、確かに聞こえた。

少女の声で、

《助けて》と。


終夜の目の前にいる黒く塗りつぶされた少女は負の感情の集合体、思念体である。

その思念体の中にもある程度の感情はある。

ほとんどが負の感情で埋め尽くされてはいるが、

思念体は助けを求めていた。

この負の感情の渦から逃れたかった。


「そんな訳、あるはずがないっ!!」

少女は、闇の中から大きなハサミを取り出し、終夜に殴りかかる。


鈍い音と同時に衝撃が辺り一面に広がる。

「な、なんで…?」

終夜はそれを頭で受け止めていた。

頭からは血が流れ出ている。


少女のがむしゃらに仕掛けた一撃。

終夜であるなら、簡単に防ぐことも出来た。

避けることも出来た。

だが、終夜はそうしようとはしなかった。終夜は頭をハサミで殴られようとも、全く動かなかった。

殴った張本人である少女は、未だに状況が理解できていなかった。


その時、終夜の左手がハサミを掴み、頭からハサミをどけ、思念体である少女の手を掴んだ。

そして、

「きゃっ!」

少女は短い悲鳴をあげ、終夜に抱き寄せられた。

少女は終夜の腕の中でバタバタと暴れるが終夜は離さない。


「大丈夫だ。俺がこの暗闇から出してやる。俺が救い出してやる」

ゆっくりと少女に言い聞かせるように終夜は言った。

少女は、持っていたハサミを落とす。

「俺がお前を照らす明かりになってやる」

終夜はそう少女に言った。


「信じて…いいの?」

少女の声は震えていた。

「ああ、もちろんだ」

その言葉を聞いた少女の安心仕切った顔を終夜は見た。

「後で、お礼してあげるっ!!」

そこには、黒く塗りつぶされた少女ではなく、あどけないあの少女の顔がそこにはあった。


「なら、さっさとここから出るか」

終夜はそう言い、右手を正面に突き出す。

「少し、眩しいから目を閉じとけよ」

終夜は少女に言い、少女は素直に目を閉じた。


そして、一度深呼吸をし、思いっきり右手を正面の闇に殴り込んだ。


終夜の手からたくさんの光が溢れ出し、そして、

「うおぉぉぉぉ!!」

終夜の叫び声と共に闇に沢山の罅が入り、崩れるように、闇の世界は終わりを告げた。

「ありがとう、私の―」


―英雄さん―


少女の声はおそらく届いてはいない。終夜が思念体に取り込まれて、数十分経った。

だが、以前終夜を包み込む黒い闇は姿を変えずにいる。


「天城…」


優一の悔しさに満ちた声が響く。

黒い闇の球体状の思念体の中は全く見えず、何がどうなっているか分からない。


「ねぇ、絶、僕達に出来ることは何かないの?」

終夜は絶に尋ねる。

だが、

「こうなってしまった以上、我らに出来ることは一つもない」

残念そうに絶は言った。

絶でも抑えておくのがやっとだった少女の思念体に終夜は完全に飲み込まれてしまった。

ただ、黙って見ていることしか優一達には出来ない。



「黙って見てることしか出来ないのか」

ダンっと優一は地面を殴った。


(僕にも力さえあったら…)

そう考えた、その時、

黒い球体に罅が入る。

そこから沢山の光が溢れ出す。

そして、ガラスが割れるような音とまばゆい光と共に、黒い球体は砕け散った。


優一はあまりの眩しさに目を閉じる。

そして、目を開けたその先に、

「天城っ」

終夜の姿がそこにはあった。


ただ隣には、そこに寝ている少女と瓜二つの少女が立っている。

そして、その少女は終夜と一瞬目を合わせ、頷き、寝ている少女に向け歩み出す。


「いかん、あれは思念体だ」突然の絶の叫び声。

「優一は我であれを斬れ。あの程度なら我でも壊せる」

そして、慌てた絶の声が響く。

絶は言っていた。

思念体が再び少女に取り憑けば、少女はまた暴走する、と。

優一は、その事を思い出し、慌てて絶を握りしめ少女に向け駆け出した。


だが、その前に両手を広げ立ちふさがる者が居た。

天城終夜、そのものだった。

「そこを退くのだ、終夜」

慌てた絶の叫び声が響く。

「そうだよ、あれがあの子に取り憑いたら…っ!!」

優一も終夜に言葉を投げかけるが、途中で言葉が止まる。

終夜は頭からダラダラと血を流していた。

「もう大丈夫なんだ。だから、見ていてくれ」

終夜はそう言い、優一達の前から退く気はないようだった。


そうしている間にも、思念体は少女に近付き少女の身体に触れた。

そして、氷が溶けるように姿を変え、少女の中へ入っていった。


少女の暴走が始まる。

優一達はそう思った、のだがいつまで経っても少女の暴走は始まらない。

いつの間にやら終夜は自分の鞄を持っており、自分の傷の手当てをしている。


「終夜、一体思念体と何があったのだ?」

絶は優一と共通の疑問を聞いた。


「ああ、そうだな、中で何があったか話すとしよう。」

終夜は、キュッと頭に包帯を結び話し始めた。


終夜が一度、思念体に負けそうになったこと。

少女の負の感情のこと。

そして、思念体は本当は救いを求めていたこと。

負の感情の思念体からただの少女の思念体に変わったことを終夜は話した。


終夜は救いたかったのだ。

それがただの思念の塊だとしても。

そして、終夜は救い出した。

話をしながらも終夜は自分の傷の手当てを続け、話し終える頃にはあらかた手当ては終わっていた。


「さて、と。バケモノはここで退散するとする」

呆然としている優一達にそう終夜は言うと鞄を乱暴に掴み立ち上がった。

そして、踵を返し、廃墟の出口へ向かう。

その途中で一度優一達の方を向き、

「その子のこと頼むな」

終夜はそう言うと、再び歩みを進めた。「えっ、ちょっと、天城っ!?」

優一の驚くような声を振り切り、終夜は廃墟の外に出た。



「俺はバケモノだから―」

いつの日からか分からないが、終夜の口癖になってしまった言葉。


背中の紅い翼。

常人離れした身体能力。


そして、終夜をバケモノと呼ばれる由縁となった過去の事故。

物心つく前から周りからバケモノと呼ばれ、肉親も全て失った少年は自らをバケモノと呼ぶようになった。


人を避け、一人で生き続けた。

人に関わってはならない。

人に触れてはならない。

俺はバケモノだから。

俺は人間ではないのだから。


「俺も少しは変わることが出来たかな。なぁ、兄さん」

終夜の声が虚空に響く。


終夜は何年もの間一人で生き続けた

しかし、一人で生き続ける時間が増せばますほど終夜の心は死んでいった。

だが、ある一人の人物によって終夜は救われた。

そして、生きる意味を教えてもらった。

夢を教えてもらった。


(俺はこの力で誰かを救う。そのために、俺は…)


その時、終夜の後方から足音が聞こえた。

終夜がその音に気付いた瞬間に終夜の右腕に何かが絡み付く。

とっさのことに終夜はバランスを崩し、終夜は仰向けに倒れる。

その終夜に抱き付くように腕に絡みついたものも倒れる。


「つっ、なんだ?」

頭をさすりながら、終夜は抱き付いてくるものを見る。

「なんで…私を一人にするの?」

凛とした透き通る声。

(そうか、目を覚ましたのか…)


「そばに居てくれるって言ってくれたじゃない」

そこには、両目に涙を溜めた、

終夜が助けた少女が居た。

「独りにしないって言ったじゃない。そばに居てくれるって言ったじゃない」

終夜にの上に転がる形で抱き付いた少女は、その綺麗な長い黒髪を振り乱しながら何度も叫んだ。


「もう分かったから、降りてくれ」

終夜が少女にそう言ったもの少女は聞く耳持たず。

「やだやだぁ、ずっと一緒なの~」

と言い、終夜の上から降りる気配は一向にない。


「あれっ、この辺りから声が聞こえたような気がしたんだけど?」

と、終夜にとっては救いの神様とでも言っても過言ではない、優一の声。


少女の泣き叫ぶ声に、優一も直ぐに終夜の位置を断定できた。

「あ、いたいた、天城、探した…」

そして、終夜を見つけて、優一の動きが止まる。

さらに、優一の背中に背負った絶から痛々しいほどの殺気。


「…失礼しましたっ!!」

優一は両目を塞ぎながら(指の間からバッチリ見ているが)それは見事な回れ右をし、歩き出した。


「ちょっと待て、望月!!」

終夜は全力で叫ぶ。

「そうだぞ、優一。彼奴には一撃食らわせなければ我の気が済まぬ」

怒り心頭の絶の(あくまで人工的な)声。

「違う、これは断じて違う」

終夜の悲痛の叫び声が辺り一面に響き渡った。


それからしばらくの間まともに会話出来なかったことをここに記しておく。




「んで、なんで僕達の前から居なくなろうとしたのさ?」

もと居た廃墟に戻り、優一はそう終夜に切り出した。

勿論、終夜の腕には少女は絡みついて居る。

「そうだぞ、終夜。後、その子から今すぐ離れろ」

と、絶は言った。

主に後半部分のほうが強調されていた気がするが。

「だから、絶、これはこの子が…」

とまで続け、終夜は言葉を切り、

「そう言えば、あんたの名前は?」

終夜はそう少女に聞いた。

そうである。

優一も絶も終夜も、誰一人、少女の名前を知らない。

そして、少女も覚えていないと思われるが、一応聞いてみたのだ。

「わたし?うーん、忘れちゃった」

少し暗めの少女の声。

予想通りの答えだった。

しかし、

「だから、終夜が決めて」

ここで終夜に爆弾が投げ込まれた。

「…ムリ。望月パス」

そして、すぐに優一に爆弾をパス。

爆弾を受け取った優一は、

「えっ僕?」

と、驚いていたが。

うーん、とうなり声をあげながら考え込み、少し経ったあと、

「結衣」

とぼそっと呟いた。


「「結衣」がいいんじゃない、今までは全てを切り離して生きていたけど、これからは未来を紡いでいく、結んでいくってことでさ」

そう優一が言うと、辺り一面シーンとなる。

その反応に優一が困っていると、

「うんっわたし、その名前がいい」

と、満開の笑顔で少女は言った。

そして、

「よろしくね。優一、絶」

少女、結衣は優一と絶にお辞儀をし、

「これからも末永く、よろしくお願いします。終夜」

と、終夜の腕に再び抱き付く。

「なんか色々間違っているぞ」

と、終夜にでこぴんをもらい、

結衣はう~、とうなり声をあげながら額を抑える。


本当に見違えたな。

それが、3人の共通に思ったことだった。

そして、それと同時に少女、結衣は本当に救われたのだと言うことを実感していた。「んで、なんで僕達の前から居なくなろうとしたのさ?」

さっきも聞いたようなことを再び聞いた。

今回は、先ほどとは違い結衣は終夜の腕に抱き付いてはいないが、隣に立っている。


終夜は溜め息を一つ吐き、

「だから言っただろう。俺はバケモノだ。バケモノはバケモノらしく、人間の前から姿を消すのが当然だろう。」

終夜がそう言い終わるぐらいに結衣は終夜の腕を引っ張り、

「やだ、私と一緒に居てくれるんでしょ」

と、結衣は言う。

「そうだよ、天城。結衣もこう言っているんだし」

優一も結衣の賛成と言わんばかりに言う。


「結衣については、望月に頼むって言っただろう?それに、お前達は人間、俺はバケモノ、一緒の世界にいるのは不味いだろう。それとも…」

そう言うと、終夜は仕舞っていた翼をはためかせ、終夜の周りに纏う空気が変わる。

肌に突き刺さるようにチクチクと痛く、心臓を握りしめられているかのような圧力。

優一も結衣も膝を地面に着き、肩で息をする。


「この俺が恐くないのか?」


殺気。

終夜の放つ強烈な、

人間離れした殺気に優一達は震えるしかない。


「分かっただろう。俺はバケモノ、人間と一緒にいてはいけない存在なんだ」

終夜はそう言うと、踵を返して廃墟の出口へ向かう。

(これで、いいんだ。俺と一緒に居ればあいつらも蔑まれる)

終夜は唇をきつく噛み絞めながら出口へ向かう。


「待って!!」

その叫び声と共に終夜は腕を引っ張られる。

「なんだ、結衣。お前は俺が恐くないのか?」

先ほどよりもさらに強烈な殺気を結衣に浴びせながら、終夜は言った。

終夜の腕を掴む結衣の腕は震えている。

終夜を恐れているのは火を見るより明らかだった。「俺のことが恐いのだろう?恐ろしいのだろう?なら、俺と一緒に居ない方がいい」

終夜はさらに殺気を強める。

少女は全身で震えている。


「終夜のこと、確かに、恐い、よ」

少女は震えながら言う。

「なら一緒に…」

「でも!!」

居ない方がいい、と終夜が言う前に、少女が続ける。

「私は、私は!!独りになる方がずっと恐いっ!!終夜と離れる方がずっと恐い!!」


その結衣の叫びに終夜は呆気にとられる。

今まで、こんなこと言う人が居ただろうか?

いや、居なかった。だが、

だからこそ、一緒に居ない方がいい。

だからこそ、終夜は巻き込みたくない。

「結衣はもう独りじゃない、絶だって、望月だってい…」

「それに!!」

また、終夜の言葉は結衣に切られる。

「終夜だって、独りは嫌でしょう。だから、だから、一緒に居てよ」

結衣の目からは大量の涙が溢れている。

結衣は耐えきれず地面に座り込み、嗚咽を繰り返す。

「でも、俺は…」

「もう諦めなよ、天城」

いつの間にか、隣に居た優一にそう言われ、

「確かに、天城はバケモノなのかもしれない。でもね、僕達にしてみれば、命の恩人以外何でもない」

優一はそう言うと、

「それに、僕は君と友達になりたい」

と言い、右手を差し出す。

「僕と友達になってくれ、終夜」

優一は初めて終夜を名前で呼んだ。


終夜には訳が分からない。

少女には目の前でものすごい勢いで泣かれ、かたやクラスメート以外何でもなかった奴からは友達になってくれと言われて。



(俺はこいつらと居ていいのか?兄さん)終夜は上を見る。

終夜の瞳から一筋の光が流れる。

その時、終夜の両手が握りしめられる。

そして、

「握手したから、今から友達だからな」

と、優一に言われ、

「もう、ぜっだいにはなざないんだから」と、鼻声の結衣に言われ、


「ああ、もう!!分かったよ」

終夜は上を向き泣いて居ることを必死に隠す。

それと同時に、

(ぜっだいにこいつらは守ってみせる)

と心の中で呟いた。



空には沢山の星が瞬いていた。

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