第3話 2
「………これは、いったい何なんだ?」
長い長い螺旋階段をなんとか登り切った終夜は、その到達点で独り呟く。
終夜が着いた場所はだだっ広い空間だった。
そして、その場所には、勢い良く紅い炎を燃やす大きな燭台が二つ立っており、
そして、その二つの燭台の間に真紅の色をした鉄製の扉が立ちふさがっていた。
そして、その扉に描かれているのは、《紅い鳥》だった。
終夜は、その《紅い鳥》の瞳と目が合うと、、ゆっくりと、夢遊病患者のように歩みを扉の方へ進める。
まるで何か引きつけられるように、右手を真っ直ぐ扉の方へ延ばしながら。
終夜が扉へ触れる数歩手前の所で扉が、ガタガタと大きな音を立てながら、揺れ始めた。
そして、勢い良く扉が開かれる。
「……あぶないっ!!」
甲高い声が聞こえたと同時に終夜は腰の辺りに衝撃を受ける。
不意からの一撃だったため、終夜は呆気なくバランスを崩し、堅い床に派手にダイブする形になった。
「いったい、なんな…」
終夜は、堅い床と正面衝突してしまった鼻をさすりながら、身体を起こし、反対側に振り返った瞬間に言葉を失った。
「なんなんだよ、これは、一体…?」
終夜は絞り出すようになんとか言葉を発する。
終夜が先ほどまで近づいていた扉が大きく開かれている。
そして、その開かれた扉からは無数の《紅い手》が伸びて勢い良く螺旋階段を下っている。
「お兄ちゃん、危なかったね。もうちょっと遅かったら巻き込まれてたよ。」
そう、終夜は声を聞き、声のする方へ見る。
「《あれ》に巻き込まれたら、もう助からないんだからね!!」
そこには、小学生の高学年ぐらいの小さな女の子が両手を腰に当てながら立っていた。
その少女は、大きな紅いマントで上手に服のように着こなしており、履き物は履かず、足はところどころ汚れていた。
「えっと、君は一体?」
精神を落ち着かせながら、少女を恐がらせないように終夜はなるべく、優しい口調で尋ねる。
「わたしは栞奈だよ」
元気よくそう答える少女は、年相応の顔付きで終夜に向けて笑顔で自らの名前を言った。
「栞奈ちゃん、ね。俺は終夜って名前だ。」
「終夜お兄ちゃんだね。よろしくね!!」
そう言い終わると同時に少女は終夜に右手を伸ばす。
直ぐに終夜もその意図汲み取り終夜も右手を出した。
終夜が手を出した瞬間に栞奈は終夜の手に飛び付き、ブンブン、と音がなりそうなぐらいの勢いで握手をした。
「それでさ、栞奈ちゃん。《あれ》は一体なんなのか分かる?」
ようやく解放された右手をさすりながら終夜は、今もなおうねうねと動き続ける腕に向けて指差しながら尋ねる。
最初に出た《手》の部分は螺旋階段の下に姿を消し、何本もの紅い腕はただ蠢いている。
終夜の指した指先を確認すると、栞奈の表情が急に曇り出す。
「…あれはね、《永輪の紅手》って言うの」
「《永輪の紅手》? それって一体?」
栞奈の表情は更に曇り、俯いてしまった。
それながらも、栞奈はなんとか言葉を紡ぎ出す。
「あそこに扉があるでしょ…」
そう言いながら、栞奈は手が出てきた扉を指差す。
「あの扉のことをね…《永輪の紅扉》って言って…それで、そこにあの手がね…」
そして、次の言葉を紡ぎ出そうと、したときに、終夜達の耳に人の悲鳴が入ってきた。
その声を聞いた途端に栞奈はその場にうずくまり、両耳を抑える。
「栞奈ちゃん!? どうしたんだ、一体? 後、この声は一体…?」
身体を震わせながら、栞奈は何とか言葉を紡ぐ。
「…そして、ね、あの手はね…私達を捕まえてね……私達を、あの扉、の、中に、引き吊りこむの…」
「私達を《生贄》として」
「いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
栞奈が言葉を言い終わると同時に、終夜達の居る部屋に男の声が響きわたった。
声を上げた男は身体中を紅い手に掴まれ引き摺られている。
「俺はまだ、死にたくない!! 死にたくないっ!!」
男は声は張り上げるが、その声も虚しく響くだけで、何ら状況は変わることなかった。
「何で、《生贄》なんて必要なんだい?」
文字だけ見れば、終夜は落ち着いているように見えるが、声には明らかに憤りが混じっている。
「だって…そう言う仕組みだもん。この世界はそう言う風に成り立っているんだもん」
「栞奈ちゃんは、そんな仕組みに納得出来るのかい? そう言う世界の仕組みのために誰かが《生贄》になることは」
「納得、なんて、できないよ。わたしだって誰も、顔も名前も知らない人でも、生贄になってほしくなんて思わないよ!! 私だって生贄になんかなりたくないよっ!! でも、でも…どうしようも出来ないもん…」
栞奈はそこまで言い終わると、俯いてしまった。
床には幾つかの斑点が生まれている。
終夜は、栞奈の頭も軽く撫でると、掴まれいる男の方へ身体を向けた。
終夜の雰囲気を大いに変え、辺りにピリピリとした空気が流れる。
「だったら、」
(…頼むから、もう一度、)
「俺が、」
(俺の力はこの時のために、)
「俺が、そんな世界の仕組みなんてぶっ壊してやる!!」
(誰かを救うために存在しているのだから)
終夜の声と同時に、真紅に染まる髪、
手に覆われる紅いプレートが手の甲にあるグローブ、そして、
大きな真紅の翼。
「うおぉぉぉぉっ!!」
かけ声と同時終夜は、その翼を羽ばたかせ、地面を思いっ切り蹴り、そしてそのまま低空を滑走して、掴まれている男に一気に近付く。
「そうか、終夜お兄ちゃん、いや、あなたが……」
栞奈がポツリと言葉を落としたが、走り出した終夜の耳に入ることはなかった。
男も終夜に気が付き表情が変化する。
そして、男をその手から引き剥がすべく終夜は、必死に右手を伸ばした。
そして、その伸ばした右手は、
不条理にも、払われる。
終夜の顔が驚きに染まる。
「お前が…お前がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
男の顔は般若のように恐ろしくなり、そして全ての呪怨を吐き出すように叫び続ける。
「絶対に俺は、お前を許さない、許さないからなぁぁぁぁぁ!!」
終夜はその場で動けなくなってしまっており、今なお、口から、目から、いたるところから血を流しながら叫び続ける男をただみつめることしかできなかった。
終夜が動けるようになったのは、その男が扉の中に引き吊り込まれた後だった。
「□□□□□ーー」
扉の向こうで響き渡る、あの時聞いたあの声終夜は聞き、終夜はやっと我に帰った。
さっきまで覇気はどこにいったのか?
終夜は力無くヨロヨロとした足取りで扉の前に立つ。
終夜が助けようとした男は、終夜を見るなり助けられることを拒絶した。
(お前がぁぁぁぁぁぁぁっ!!)
先ほどの男の顔が、終夜の脳裏に焼き付いている。
終夜が助けようとした男は、終夜を拒絶した。
そして、許さない、と言った。
終夜には理解が追い付かない。
終夜は、そのまま、ヨロヨロとした足取りで扉を近付き、額を扉へ押し当てた。
扉の向こうでは絶えず声が響きわたっている。
その声が扉に近付いたおかげで、中から聞こえる声の数に気が付いた。
その声はひとり、ふたりなんてものではなく、無数の、数も数えられないぐらいの声。
それらの声も、今の終夜には、あの男と同じ声に聞こえた。
許さない
許さない
終夜は、それらの声で意識はほとんど失いかけ、後ろに倒れるようにのけぞった。
のけぞった視線の先に、こちらへ向かってくる栞奈の姿が目に入る。
終夜は、そんなのお構いなしに、後ろへ重心を持って行き、そして……
辺り響き渡ったのは、終夜の倒れる音ではない。
轟音だった。
その音に栞奈の身体、ビクッと跳ねる。
栞奈の視線の先の終夜は扉に頭を打ち付けていた。
そして、終夜は扉から少し身体を離す。
そして、拳を構えて、勢い良く打ち出した。
再び辺りに響き渡る轟音。
「……許されなくって構わない… それでもっ!! 俺は!!」
終夜は叫びも拳を再び握り締め、ひたすら打ち出す。
「約束したんだっ!!」
終夜は拳を打ち出す。
「みんな…みんな救ってみせるってっ!!」
終夜は拳を打ち出す。
その手のグローブのプレートは完全砕けて、手からは血を流しながら。
「約束、したんだぁぁぁっ!!」
その後も終夜は拳を打ち出し続けるが扉はびくともせず、むしろ、傷ひとつ付いてはいなかった。
「ねぇ、あなた、まだやるの? もう無駄って分かんないの?」
栞奈の冷たい声が響く。
終夜はお構いなしに、拳を打ち出す。
終夜は、栞奈が終夜の呼び方が違い冷たい態度になっていることには気が付かない。
「もう止めにしたら、もう無駄だってあなたも分か……」
そこで栞奈は言葉が切れた。
終夜の顔が目に入ったからだ。
終夜は額から大量の血を流しながら、
それと、同じぐらいの涙を流していた。
「俺は馬鹿だから、あんた達に何をしてしまったのか、俺には分からない…」
言葉を発しながら、打ち出す拳の音は気が付けば水音が混じっていた。
「俺はどんだけ傷付いたって構わない、あんた達に怨まれたって構わない
。 頼むから、お願いだから…」
あんた達を救わせてくれ
俺の力はそのためのだけに存在しているのだから
俺はそのためだけに生きているのだから
終夜は力無く呟くと、それと同時に紅い翼は姿を消した。
髪の色も元の黒色に戻り、元の終夜に戻る、
ただその右手を除いては。
右手は今まで見たこともないほどの光を纏い、終夜は拳を打ち出す構えをとる。
終夜は全ての力を右手のみに集めて打ち出すつもりだった。
いわば、最後の一撃。
終夜はその一撃を放つべく拳を打ち出す。
しかし、
「君がここに来るのはまだ早い。」
その右手が扉に到達する事はなかった。
「だから、今は眠ってくれ。来たるべきその時まで。」
聞いたことも無い男の声が終夜の耳に入ると同時に首筋に手刀を入れられ、終夜は呆気なく意識を失った。




