第5話:一斉摘発
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
愛莉と別れた莉央は、そのまま大久保公園北側の路地で立ちんぼを始めた。
愛莉は今頃、新宿東口でパパ活相手の『おぢ』と合流した頃だろう。
立ちんぼを始めてすぐに、一人の男が声を掛けて来た。男は、大学生らしき若者だ。
齢が近くイケメンだったこともあり、莉央は若者へすんなりOK を出した。
そのまま二人は連れ立って、ラブホテル街へと歩いて行った…
若い男でイケメンとはいえ、好きでもない相手に気分が上がる訳ではない。
身体を愛撫されていても、気分はうわの空…
ところが意思とは関わりなく、身体が勝手に反応して濡れてくれる。女性器をいじられたことへの、防御反応なのだろう。
時折、感じているかのような喘ぎをしてやれば、単純な男どもは夢中になって、莉央の全身を撫で廻すのだ…
「――あ…」
無我夢中の若者から身体を強く揺さぶられている間、莉央は眼を閉じて夢想している。
行為の最中も、駆琉のことを想い、ずっと考えている…
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駆琉は、中学2年生の時に母親を亡くした。
シングルマザーの手で育った駆琉には、頼れる親族はおらず、天涯孤独となるところだった。
ところが母親の葬式当日、一人の中年男性が焼香へ訪れた。児童相談所によれば、駆琉を認知したという男性だという。
話し合いの結果、その実の父親なる男が、駆琉の面倒をみることになった。
児童養護施設へ入ることを、駆琉が頑なに拒んだからだ。
初めて見る父親の顔を、憎悪に満ちた表情で見つめる駆琉…
この時に駆琉は、自分が愛人の子供であることを、初めて知ったのだった。
父親である男性は、新宿区百人町にある10階建てマンションの一室を、駆琉へ与えた。
自分の許では、引き取ることが出来ないからだ。
月々の生活費も、十分過ぎるくらい与えてくれた。
とはいえ、若干14歳の少年へ独りで暮らすことを強いるのだから…
駆琉も、いわゆる大人の都合の犠牲者なのだ。
そんな駆琉が、トー横キッズへなったのは必然といえるだろう。
心の虚しさを抱える少年少女たちが、そこには集っている。
互いに心を通わせ合うことが、彼らの虚しさを埋めてくれる…
足しげく通ううちに、駆琉はグループのリーダー格となった。
莉央がトー横を初めて訪れたのは、そんな時だった…
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――ゴムしてたのは、ちゃんと見てた…
コトを終えて自分の後始末を済ませた若者が、終わったことで安堵している莉央の下半身を、ティッシュで丁寧に拭ってくれている。
若者は優しげに振舞っているが、それは行為の間だけ…
――どうせコイツは、親のスネかじって、不自由なく成長して…
若者が後始末をしてくれている間、無表情のまま天井を見つめている莉央。
――駆琉は独りぼっちでも、負けずに頑張って…
今ごろ閉店後の店で、駆琉はセッセと掃除に励んでいる頃だろう。
――こんな奴より駆琉の方が、ゼンゼン立派…
そもそもこの若者は、単なる性の捌け口としてしか、莉央を見ていない。一人の人格がある少女として、見ていないのだ。
だから、こいつには身体を赦せても、気持ちまで晒し出すことは到底できない。
莉央にとって、信頼出来て心から身体を赦せる男性は、駆琉だけ。
冷ややかに割り切った心情で、莉央は若者の振る舞いを受け容れている…
「シャワー、浴びてくるね」
若者が告げたので、ベットで寝転がったままの莉央が無言で頷いた。
――ふうぅぅ~ッ…
天井へ向けて、莉央が大きなため息をついた。
若者の汗で濡れた身体が冷えるので、ゴソゴソと布団へと潜り込んだ…
何のために、身体を売るのか?
莉央は駆琉への、応援資金を稼ぐため。
愛莉はホストから、一流の優しさで、もてなしてもらう資金稼ぎ。
葉月はメンズコンセプトカフェの、推しメンを応援する資金稼ぎのためだ。
稼ぐためなら、高時給のバイトで働けばいいのに、わざわざリスクがある性行為を伴う交縁やパパ活を、彼女たちは選択している。
効率よく、手早く、大金を得られるから?
世間の単純な批評家たちは、簡単にお金を稼げるからとか、悪いオトコに騙されて等々、無責任な批評を流布している。
しかし、そのためだけに年若き少女たちが、自分の身体を売るのだろうか?
わざわざリスクを冒して、見ず知らずのオトコたちへ、金と引き換えに身体を差し出すのだろうか?
冷静に考えれば、身の毛もよだつような真似であるというのに…
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若者には、中年男どもにあるような、ねちっこさが全く無かった。
身体を売ることは疲れるが、相手次第で疲労感がゼンゼン違う。
――今日は、もう一人いけるかな…
若者と別れた莉央は、再び大久保公園北側の路地で立ちんぼを始めた。
時刻は深夜1時をとうに過ぎているが、公園の高さ2Mをゆうに超える塀沿いでは、既に大勢のそれらしき女子たちが立ち並んでいる…
始めてすぐに、一人の男が近寄って来た。
莉央と二言三言話した男は、シブシブと立ち去って行く。
条件が合わなかったのだ。
すぐに次の男が、近寄って来た。
薄暗い路地で、美少女偏差値が高い莉央の前には、男たちが鈴なりになる。
しかし次の男も、立ち去って行く…
――セコイ奴ばっか…
明日は土曜で高校の授業が無い莉央は、出来れば朝まで稼ぎたい。
それも、効率よく…
でも、そう都合よくは行かない。
もうすぐ、日付が変わる…
そろそろ妥協しようかなと、スマホをいじりながら考え始めた莉央の眼に、前触れなくスッと男の影が入った。
「ちょっとぉ、触んないでぇッ!」
突然、少し離れた左隣で、立ちんぼをしている女子の大声が上がった。
「ついてきゃいいんでしょぉッ?!ついてきゃぁ!!」
今度は右の方で、男性の手を振りほどこうと暴れる、立ちんぼ女子の怒声が聞こえた。
――まさか、ケーサツ?!…
路地西側の突き当り、一方通行の道には赤色灯を回転させる、マイクロバスが停まっているのが見える。連行された彼女たちは、そのバスへと乗せられているようだ。
このまま一網打尽に、されてしまうのか?
前の男も――…と予感して、俯いたまま恐怖で立ちすくんでいる莉央だが…
「その娘は?」
私服警官らしいスーツ姿の中年男性が、莉央の前で立つ男へ訊いてきた。
「私に、任せて貰えますか?」
「分かりました。お願いします」
中年男性が、会釈をして立ち去って行った。
恐る恐る顔を上げて、莉央が男の顔を見る――
――こいつ…
なんと、莉央の前で立っているのは、小田急線車内での痴漢を捕まえてくれた青年ではないか。
ミディアムレングスの襟元まで伸びる長髪を風でなびかせ微笑む青年の前で、動揺を隠せないでいる莉央だった…
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「お~ぃ、聞いてるのかぁ?」
喫茶店のソファーで深々と座り、眠そうな上目遣いで莉央が、対面の椅子に座る青年を見た。
「――まぁ、黙んまり決めこまれんのは、慣れてるけどさぁ…」
青年が莉央を直視しながら、椅子へ座る姿勢を直している。
「俺の話は、ちゃんと聞いてくれないかなぁ?」
ソファーへ上半身を埋もらせて、ダルそうな表情でいる莉央…
どういう訳なのか、莉央は新宿区役所裏にある喫茶店へ、青年から連れて来られていた。
自分は、少年少女を悪い大人から守る活動をしているとか等々、自己紹介を諸々している青年。
その合間に、ところでキミの名前は?住所は?などと、さりげなく莉央へ探りを入れている。
しっかり心へガードをかけている莉央が、自分のことを喋るはずがない。
青年からの語り掛けを聞き流しているが、そうするだけでも結構ダルい…
「……もう、俺の名前、忘れたろ?」
「――イガラシ…」
「下は?」
「サトシ…」
五十嵐はふぅぅ~とため息をついて、椅子の背もたれへと倒れ込んだ。
突っ込んだつもりが、逆にやり込められてしまった。
小賢しい娘だ…
「――あのさぁ…」
「――なんで」
気を取り直し、身を乗り出してきた五十嵐へ、逆に訊いている莉央である。
深夜の喫茶店は、席がほぼ埋まっている。
客層は終電を逃したサラリーマンやOL、水商売風の男女や学生、外国人等々、新宿歌舞伎町らしい種々雑多な人々だ。
静かな音楽が流れている中、客たちは眠りこけたり談笑したりと、思い思いに時間を過ごしている。
その一角で、静かに睨み合う莉央と五十嵐…
「なんで、あたしは連れてかれなかったの?」
「俺は、値段交渉しなかったろ」
「え?」
「ほかの娘たちは、値段を言っちゃったってことさ」
話しながら五十嵐が、テーブルに置いてあるカップへ手を伸ばす。
「値段を言ったら、公衆の面前で売春を誘引した証拠になるからね」
カップのコーヒーを啜る五十嵐を、ジッと見ている莉央…
「――なんで…」
「ん?」
「あんた、警察官じゃないじゃん。なんで――」
「青少年保護の一環で、たまに一斉摘発へ協力してるのさ」
五十嵐はネイビーのジャケット内ポケットから名刺入れを取り出し、一枚をテーブルへスッと置いた。
【NPO法人マザーポート 代表理事 五十嵐 聖志】
「あの時の痴漢が騒いでいたから、まさかとは思ったけど、本当にいたとはね…」
ソファーへ深々と座り腕組みをして、しげしげと莉央を見ている五十嵐。
プイとソッポを向いたまま、莉央が考えている。
マザーポート…
聞いたことがある名に、莉央は記憶の糸を辿っていた…――




