第4話:ホスト
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
「やめてぇー!…、やめてえぇぇ~!!」
もがき必死に抵抗する莉央を、男が力づくで押さえ続け、強引に犯そうとしている…
ドカッッ!!
突然、大きな衝撃とともに、押さえつけられていた重力が一瞬で消滅した。
「何しとんじゃ?」
凄む声が、蹴られて莉央の上から落ちて、カーペット敷きで転がる男へ向けられている。
ゴッッ!!
今度は男の顔面が、凄まじい音とともに上から踏みつけられた。
悲鳴を上げる男へ容赦なく、次は足蹴のボディーブローが入った。
「――ゲッ?!…ゲホッ、ゲフォッッ――」
「みんなで決めたルール、守んねぇヤツは――」
のたうち回り悶絶している男へ、誰かが言い放っている。
「容赦しねぇ…」
ガツッッ?!
顎を蹴り上げられた男は、顔面血だらけで気絶し、突っ伏してしまった…
ふいに視界が明るくなり、莉央の涙で濡れまくった眼がくらんでしまった。
「――…大丈夫か?」
眼が慣れてくると莉央は、部屋の照明を燈した少年が、自分を見下ろしているのが分かった。
無惨に乱された服装のまま、カーペット敷きで横たわる莉央が、うるんだ眼で少年を見上げていた…
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「――…、どうかした?」
ソファーの隣で座る翔琉から呼び掛けられ、ハッとした莉央が現実へ引き戻された。
「――ごめん…」
うろたえ気味に、テーブルのグラスへ手を伸ばす莉央。
「…また、フラッシュバックか?」
言われた莉央が、グラスを口へ付けた所で動きが止まった。
そして一息ついてから、グラスのシャンパンを一気に飲み干した。
「――大丈夫か?」
「…うん、…大丈夫」
「違ぇよ。そんなに酒飲んで、だよ」
心配顔で覗き込む翔琉と、縮こまっている莉央。
「まだ高二で、おまけに酒弱ぇのに――」
「ここじゃ、ハタチ!」
莉央が右手を伸ばして、人差し指で翔琉の口を押さえつけた。
「あと1年ちょっとで18だし、そしたら成人だから――」
「酒飲んじゃいけねぇのは、変わんねぇよ」
視線を絡み合わせながらクスクス笑い合う、莉央と翔琉。
同じ長ソファーでは愛莉と担当ホストのリョーマが、楽しそうに談笑している…
「それに、ボトル入れてくれんのは嬉しいけどさぁ――」
「大丈夫。立ちんぼして、稼ぎまくってっから」
「だってココ、けっこう高ぇ――」
「あたしのコトより、自分の心配したら?駆け出しなんだから…」
言われて、ムスッとしてしまう翔琉。
「ごめんン~。そんなつもりじゃあ――」
じゃれつく猫のように、翔琉の胸元へ身体を寄せる莉央。
「だってカケルは…、あたしの大事なヒトだし…」
抱き着いてきた莉央の髪を、翔琉が右手で優しく撫で上げている…
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ホストクラブでの遊びは、とにかく金を浪費しまくる。
初回のお試し価格は手ごろなのだが、以降は入店してテーブルへ座っただけで発生する、テーブルチャージとセット料金などで1万~1万5千円ほど。
さらに、指名ホストを独占するために高級ボトルなどを入れ始めると、際限が無くなってしまう。
ホストクラブの酒の値段は高く、一番安くて手軽なシャンパンでも一本1万5千~3万円ほど。
高級シャンパンのドンペリは一本8万~80万円にもなるし、高級ブランデーの『ルイ13世』『リシャール』『トラディション』ともなると、一本100万円は下らない。
高級ワインの『ロマネコンティ』に至っては、ワイングラス一杯でも20万円以上はするシロモノだ。
ホストたちは言葉巧みに、女性客が自分を手離さないように繋ぎとめさせようと仕向け、こういった高級な酒を買わせまくるのだ。
さらに『シャンパンタワー』をやろうがものなら、最低でも50万~100万円。
シャンパンタワーは、店にいる大勢のホストがタワーを入れた人のテーブルへ集まるので、その満足感からハマってしまう客が多い。
そのうえ、売掛という巧妙な仕組みがあって、ホストが代金を立て替えることで、お金の持ち合わせがない客も、後日払いという形で高級な酒を買えてしまうのだ。
その場の雰囲気と勢いで、経験の浅い若い女性客は、自分のお気に入りホストに喜んでもらいたい一心で、仕向けられるままに金を浪費しまくってしまう。
それが、ホスト個人の売上げに反映されるという狡猾なシステムの深い淵に、毎夜の如く若い女性たちが引きずり込まれて行くのだ…
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芹澤駆琉は、3ヶ月前にホストデビューしたばかりだ。
18歳になるのを待ってのデビューだった。
18歳のホスト源氏名、翔琉の弱みは、店ではお酒を飲めないこと。
ソフトドリンクでの接客なので、客がボトルを入れてくれないと自分の売上げがあがらない…――
莉央は駆琉と、トー横で同じグループにいた。
莉央が中学卒業間近の2月に、仲間内のシェアルームでレイプされかけた所を、駆琉が助けてくれた。
それ以来、莉央と駆琉はイイ仲になった。
莉央が恋愛感情で身体を許せるのは、駆琉だけだ。
今こうしていられるのは、駆琉のおかげ。
だから今度は、あたしが助けたい…
だから週に一度は来店して、高額なボトルを入れたりしている――
これはハタから見れば、駆け出しホストに少女が貢いでいるカタチだ。
今の莉央には、こういう事はおかしくないかい?と、諭してくれる人が誰もいない。
こうして莉央も、ドロドロした深い闇の淵へと、引きずり込まれてしまうのだろうか…
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楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまった。
翔琉とリョーマから見送られ、莉央と愛莉は店をあとにする。
少し歩いた二人は、都立大久保病院東側の路地で座り込んだ。
特に何をするという訳ではなく、ただ座り込んで他愛ないことを話すだけ…
この薄暗く狭い路地には、同じような年頃の少年少女たちの、多くても6人程度の小グループが、あちこちで座り込んでいる。
彼らにとって仲間と過ごす時間が、何よりの癒しなのだ。
東宝ビルからは離れているが、彼らもトー横キッズと言えるだろう。
夜中の12時まで残り30分を切る中で、今まさに非合法な営みが行われているかのような、怪しげな気配がそこでは満ちている…
「どーすんの?」
座り込んだ莉央が、スマホをいじりながら隣で座る愛莉へ訊いている。
「おぢが、会いたいってさ…」
「どこで?」
「ジュクに来るって」
「――大丈夫?」
「ヒトのこと、ゆうかぁ?」
愛莉が侮蔑するかのような笑顔で、莉央の方へ顔を向けた。
「立ちんぼの方が、よっぽどヤバいじゃんよ」
「いいや、ネットの方がヤバいって」
ムキになって、言い返している莉央。
「どこがさ?」
「だってさ、会って初めてどんな奴か分かんじゃんか。マジでヤバいって」
「ふーん…、そーゆーことぉ…」
ウンウンと頷いている愛莉。
「あたしソコまで考えたこと、ないわぁ~…」
「でしょ?だから――」
「立ちんぼ、立つの疲れんし…」
「はぁ?」
「(警察に)パクられるリスク、あんしぃ…」
「――そっちかぁ~…」
思わず腕組みをしてしまう、莉央であった…
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中学生になっても引きこもり続けていた莉央は、ふとしたきっかけでトー横へ行こうと思い立った。
トー横キッズの存在は小5の頃から知っていたが、テレビでもネットでもネガティブなニュースばかり。
幼い莉央には怖くて、行こうという気には仲々なれなかった。
そこでは、何でも話し合える――…
✕にあるトー横界隈を吹唱するアカウントからの投稿は、莉央にとって魅力的なものばかりだ。
――そうなんだぁ…
小6、中1と歳を重ねるごとに、トー横へ行きたい気持ちが強まってきていた。
――この娘…
トー横キッズかららしい投稿の中で、小学2年生の時に仲が良かった娘に似た顔写真を見つけた。
とはいえ、眼元は黒線で隠されているので、その娘かどうかは定かでない。
でも面影は、多分あの娘…
三年近く外界との繋がりを絶っている莉央へ、人恋しさが急に芽生えて来た。
思い立った中学2年生の莉央は、母親が外泊している日に新宿歌舞伎町へと出掛けた。
夜のシネシティ広場へ着いた莉央は、あちこちで座り込んでいる幾つかのグループを眼にした。
歩き廻りながら一人一人の顔を、キョロキョロと確認しているセミロング黒髪の莉央。
――いない…
「ねえ、キミぃ」
諦めずに探そうとする莉央が、二人の若い男から呼び止められた。
「さっきから、だれ探してんのぉ?」
いかにも遊び人という風情の二人が、莉央へ絡んできた。
「俺たちと、遊ぼうぜぇ~」
語りかけた男が、莉央の肩へ右腕を廻した。
こわい――…
ヘラヘラとまとわりつく男たちに、縮こまっている莉央…
「――あぁ~、ここにいたぁ~」
男たちが振り向くと、一人の少女が立っていた。
「ごめん、あたしのツレだから――」
少女は莉央の右手を摑むと、有無を言わさずに引き剝がした。
男たちは残念そうに、舌打ちをするしかなかった…
グイグイと少女に手を引っ張られた莉央は、座り込んでいる一つのグループの前へ連れて行かれた。
「――誰?…」
座り込んでいるキャップを被った少年が、顔を上げた。
「絡まれてた…」
少女が話すと、少年少女たちが一斉に顔を上げて莉央を見た。
莉央を連れて来たこの少女が、愛莉だったのだ…




