第24話:ケジメ
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
そして夕方5時となり、歌舞伎町タワー2階のスタバ前で、莉央は愛莉を待っていた。
寒風を黒ボアジャケットの襟元を締めてしのいでいると、シネシティ広場へつながる階段を、モスグリーン基調でコーディネートして膝丈のプリーツスカートを穿く愛莉が上って来た。
見ると愛莉は、少し落ち込んでいるような様子…
「――大丈夫?」
「え?」
「やっぱ…、怖いよね」
「何がさ?」
「やっぱ、誘わなきゃ――」
「なに言っちゃってんだよ?いまさら」
「だって…、元気がないみたい…」
「――やっぱ…、そう見える?」
「うん?」
「――そっか…」
キッズたちがたむろすシネシティ広場へ愛莉が踏み出したので、莉央もついて行く。
「――昨日、会ってきたんだ」
「え?」
聞き漏らすまいと、莉央が愛莉へ身体を寄せる。
「五十嵐サンに、頼まれて」
「誰によ?」
「陽太」
「ええぇっ?!」
莉央の驚声へ、広場で座り込むキッズたちが一斉に視線を向けた。
「バカ!声がでかいッ!!」
「だ、だって、陽太は警察に…」
一気に声のトーンを下げた莉央。
「頑なに、黙秘してたんだってさ」
「モクヒ?」
「ヤクザとのことを、話さないんだって」
「それで?」
「うん?」
「何で愛莉が、陽太に会って来たのさ?」
「――…相変わらず、ニブ過ぎ」
銃刀法違反の現行犯で逮捕され、新宿中央署で拘留されている陽太は、孤独感に苛まれていた。
皇龍一家の誰からも連絡が全く無く、見放されたとも思っているようだ。
それはそうだ。下手に陽太へ接触を図ろうものなら、皇龍一家の関りが疑われてしまう。
万がいち、陽太が指示されたと自白しようものなら、どう彼らから報復されるか分かったものではない。消されてしまうかも知れない…
ひどく悩んでいた陽太を、五十嵐の意を受けた弁護士が、警察が必ず守ってくれるからと懸命に説き伏せた。
結果、陽太はヤクザとの関係を絶つ決意を、固めつつあるとのこと。
そこで昨日の夕刻、愛莉は新宿中央署へ陽太と会うべく出向いた。
愛莉からも説き伏せてもらい、固まりつつある決意を強固なものとし、皇龍一家との関係を供述してもらうのが目的だ。
五十嵐から頼み込まれ、嫌々ながら応じたのだが…
五十嵐が同伴を申し出たが固辞し、愛莉は独りで中央署へ向かった。
通常、逮捕されてから3日間は、被疑者は弁護士を除き誰とも会えない。
なので、藤村刑事の立ち合いのもと、取調室での特例面会だったが…
初めの5分間は、互いに一言も発せないでいた。
そのうちに、俯いたままでいた陽太が、ヒックヒックと嗚咽を始めてしまう。
それを見て顔をしかめた愛莉のイライラが、頂点へ達しつつある。
たまらず、大声で怒鳴る愛莉。
「――…ウジウジしてねぇで、ハッキリせぇや!」
怒鳴られた陽太が、ゆっくりと顔を上げた。
泣きはらして充血した眼を大きく開けて、愛莉を見ている金髪の陽太…
「…どうすんだよ、おめぇ?」
「――や、やめ…」
か細い声で、呟く陽太。
「はあぁ?」
容赦なく、愛莉が責め立てる。
「――やめ…、辞める…」
「なにを辞めんだよッ?!」
「――ヤクザを辞めるってんだよッ!このクソアマぁッ!!」
狭い取調室の空気が、凍りついたかのように静寂となった。
驚愕の表情でいる藤村の前で、静かに睨み合っている愛莉と陽太…
――プッ…
思わず愛莉の口元が、緩んでしまった。
それを見た陽太の表情が、次第に柔和なものへと変わっていく。
「――…待ってるから」
「――…え?」
愛莉の呟きに、ポカンとしたままでいる陽太だった…
「――…いやぁ~、アイだねぇ~」
歩きながら腕組みをする莉央が、からかうようにウンウン頷いている。
「ばぁか、そんなんじゃねぇっての…」
口をへの字にしてイラつく愛莉の頬が、ほのかに紅潮してしまう。
「じゃあ、ヤクザを辞めるから陽太、釈放されんだ?」
「…ヤクザから指示されて莉央を探してたって、ちゃんと供述して、罰金を払えばね」
「キョウジュツ?バッキン?」
「あぁ!面倒くせぇ!!要は、やった事のケジメをつければ、ってことだよ!」
ケジメと聞いて、急に意気消沈してしまった莉央。
それを見て、余計に顔をしかめてしまう愛莉。
「――シャンとしようぜ!マジでぇ!!」
足が止まってしまった莉央の前へ、イラつく愛莉が立った。
「咲良ちゃんから聞いたけどさぁ、莉央は駆琉に依存し過ぎ!」
「――そうかも…」
消え入るような声の莉央。
「今日は駆琉が、莉央が依存するのに相応しいヤツかどうかを、話を聞いて見極めるんだよね?!」
「――………」
「それが、ケジメをつけるって事なんでしょ?!別れるかどうかは、それからでしょ!」
それを聞いて莉央が、ようやく気を取り直した。
「当事者である莉央がしっかりしてくれねぇと、あたし、どうすりゃいいのさ?」
「――…、ゴメン…、そうだね…」
か細いが、はっきりと返事をした莉央。
「ちゃんと話すよ、駆琉と」
「そうだよ。あたしが、ついてるんだし!」
強く頷いた莉央が、しっかりとした足取りで愛莉と、歌舞伎町の人混みの中へと踏み出して行った…
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既に述べていたが、新宿歌舞伎町は諸行無常の街である。
キッズたちもそうだが、通り沿いのビルへ入るテナントたちも、頻繁に入れ替わりを繰り返している。なので10日も間を空けてしまうと、通りの景色が変わってしまうことはザラにある。
莉央たちが向かっている、歌舞伎町さくら通りにあるKRビル5階にも、ついこの間までテナントが入っていた。繁華街の中の空フロアは、意外と人の眼にはつかないものだ。
駆琉はそのことを、熟知しているのだろう。
5階でエレベーターを降りると、そこは暗がりだった。
少しずつ眼が慣れてくると、カウンターのような造作のものが見え、フロアと思われる空間にはローテーブルとソファーが乱雑に点在している。奥には非常口を示す緑の灯りが、細々と燈っている…
フロアへ踏み出した莉央と愛莉は、共に同じ感覚を得た。
――ホストクラブ…、みたい
ここでの以前のテナントは、飲食で接待をするスナックの類だったのだろう。
不意にフロアの奥で、灯りが燈った。
眼を細める莉央と愛莉の眼へ映ったのは――…
マウンテンパーカーに細身デニムと、上下黒でコーデした駆琉だ。
「――カケル…」
莉央が呟くより先に、駆琉が口を開いた。
「ひとりで来たんじゃねぇのか…」
即座に愛莉が前へ踏み出し、声を荒げて反論する。
「いいじゃん!あたしと莉央は、親友なんだしィ!!」
どんどん駆琉の方へと歩を進める愛莉。
「それとも、あたしがいると、なんか都合が悪ィのかよ?!」
仏頂面のまま、駆琉が返答した。
「別に…、何もねぇよ」
駆琉が立つ3メートルほど手前で、愛莉が脚を止めた。
「だったら、ちゃんと話してくれるよね?」
「何を?」
「ヤクザと、つながってたんでしょ?」
顔色ひとつ変えずに、駆琉が莉央へ視線を移した。
「…カネは、持ってきてくれたか?」
「ハナシ!逸らすなよ!」
「俺は、莉央に訊いてるんだ」
あくまで冷静な駆琉の前で、愛莉は機先を制されてしまった。
悔しげな愛莉を前に、離れて見つめ合う莉央と駆琉…
「――カケル…」
しばしの沈黙のあと、莉央から口を開いた。
「本当のこと、教えてよ」
「カネは――」
「持ってきてるよ!だから、ちゃんと話して!話してくれたら、渡すからさぁ!」
駆琉の表情が、少し歪んだ。
「だから、本当のこと、教えてよ!」
「——で?」
駆琉が顎をしゃくり上げ、見下すような姿勢へ変わった。
「知って、どうすんだよ?」
「——どうすんだよって…」
途端に莉央の表情へ、悲壮感が満ちた。
「カケルはあたしの、大事な彼氏なんだよ!ガチで知りたいじゃんよ!」
「――そういうとこ…、そっくりなんだな」
「え?」
「そういう…、お節介なところも…」
怪訝そうに駆琉を見ている莉央と愛莉。
「俺は大切なヒトを…、ヤクザから解き放ってあげたかった」
「ちょっと!それって――」
血相を変えた愛莉を、駆琉が手をかざして遮った。
「トー横は、ヤクザどもに裏から支配されていた。だから俺は…、一緒に戦おうって、キッズたちを誘ったんだ」
表情を変えることなく、淡々と話す駆琉だが…
「でも、誰も戦おうとしなかった…。どいつもこいつも、腰抜けばっかだった…」
やがて駆琉の表情へ、憎悪に似たものが見て取れるようになった。
「――和真も、そうだ…。あいつだって…、あいつだって…」
ワナワナと呟く駆琉を、ジッと見ている莉央。
「だから俺は…、俺のやり方で…、腰抜けどもに――」
「復讐したの?」
驚いた表情の駆琉が、声を発した莉央を見る。
「愛莉から聞いたよ。俺が何もしなかったから、カケルから復讐されたって、和真が言ってたって」
莉央をジッと、睨みつけている駆琉。
「和真に復讐したいから、あたしのことレイプさせたの?」
真顔で訴えかける莉央。
「みんなに復讐したいから、ヤクザと手を結んだの?」
微動だにせず、莉央を睨んでいる駆琉。
「キッズたちをOD中毒にして、女の子はレイプして手なづけて、風俗へ売って――」
「ちがう!」
「何が違うのさ?」
動じることなく、駆琉を真っすぐ見ている莉央。
「――そういう…、とこなんだよ…」
苦しげに呟く駆琉。
「おまえの、そういうとこが…、あいつに、そっくりで…、マジでウザい…」
眉間に皺を寄せ聞いている莉央へ、駆琉が衝撃的なことを告げる。
「俺は…、ヤクザへ復讐するために、やつらと手を組んだんだ」
「そいつが、おめぇの本音か?」
野太い声が上がったエレベーターの方を、ギョッとした三人が見る。
そこには数人の屈強な男たちを背にして、皇龍一家若頭の藤井が立っていた…




