第23話:依存症
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
ことを済ませ、ラブホテルを出た莉央は、歌舞伎町1番通りを南へと踏み出した。
振り返ることなく、ヅカヅカと一心不乱に前へと進む。
――スウィートにでも泊まるか…
深夜1時をまわっていて、とっくに終電は行ってしまった。
幸い交援相手の男からは、チップなのか口止め料なのか、追加で2万円もらっている。
久々に懐が温かい莉央が、思案を巡らせていると…――
いきなり前方のラブホテルから人が出て来て、危うくぶつかりそうになった。
「――うっわ?!」
「――ヤバッ?!」
ハモるような悲鳴を上げて、互いに避けあう二人の人影。
「あっぶな――?!」
睨みつけた莉央の両眼が、驚きで大きく開いてしまう…
「――咲良…、ちゃん?…」
「――キ…、ムラ?…」
★
あまりに不本意な再会をした二人は、新宿区役所近くの喫茶店へやって来た。
ここは莉央と五十嵐が、初めて話をした思い出の場所なのだが…
深夜営業の喫茶店には、多国籍で種々雑多な人々が集い、想い想いの時間を過ごしている。
「…絶対、ナイショだよ!」
「もぉぉ…、しつけぇって!」
互いにカップを持つ莉央と咲良が、クスクス笑い合っている…
「――あたしたちってさぁ…」
金髪を左手でかき上げながら話す咲良を、カップのコーヒーを啜りながら見ている莉央。
「――性依存症って、知ってる?」
「――なに?それ?…」
カップをローテーブルへ置いて、不審顔で訊く莉央。
「簡単に言うとさぁ、人肌を感じてないと生きてけないってヤツ…」
「――いや、それは…」
思わず腕組みをしてしまう莉央だが…
「認めたくないんでしょ?」
細身の脚を組んで、ニヤけている咲良。
「あ――、あたしは…」
何を主張すべきか、莉央が頭の中を懸命に整理している。
「だ…、誰だっていいって、ワケじゃあない」
「じゃあ、さっきの相手とはぁ?」
「カ――…、カネのため…」
「えぇ~?マジでぇ~?」
「マ、マジよ、マジ」
「なんに使うのさぁ?」
「い――…、いろいろと…」
「――ねぇ、キムラぁ~…」
咲良が組んだ脚へ上半身をもたれかけて、冷めた顔を莉央へ寄せた。
「本音で話さね?」
「――あたしさぁ…」
顔を歪ませている莉央を一瞥した咲良が、上半身を起こしカップを手に取った。
「五十嵐さんから言われたんだ…、カウンセリング受けろって」
莉央が、眉間へシワを寄せた。
「一応受けたんだけどさ…、一応…」
「――…で?」
「全然意味なかった…」
「――キムラも…、自慰するよね?」
「――する…」
「もどかしくって、どうしようもなくってぇ、一生懸命オナってもさぁ…」
ソファーへもたれかかり、視線を宙へ向けたまま話す咲良。
「実物には、敵わないわけ…」
「………」
「――…どうして、こんなふうに…、なっちゃったんだろ?…」
咲良の頬を、涙が一筋ツーっと流れた…
原因は様々で特定は難しいが、性的虐待、児童性虐待の被害者が、性依存症となることがあるといわれている。
無理やりであれ、形はどうであれ、性交渉を重ねるうちに感覚が麻痺して、快楽を感じるようになってしまうのは、誰にでも起こり得るらしい。
性的行為に浸っている間は、脳内から快楽物質が放出されるため、不安から一時的に逃れられるメカニズムを学習してしまい、依存が生じてしまう。
そのため、必ずしも性欲があるわけではなくても、強迫的に性的行動を繰り返してしまう場合もあるそうだ。
性依存者は、行為によって得られる性的興奮や刺激に溺れることが習慣化し、徐々に自己コントロールを失っていってしまう。
咲良の現状は、その入り口にあるといえるだろう。
トー横界隈にいた当時、家出中だった咲良は、とにかく日銭が必要だった。
トー横の仲間から、身体を売れば金になると教えられ、稼ぐために仕方なく交縁を繰り返していたのだが…
嫌々だった不特定多数の男たちとの性交渉で、行為中の不快感を紛らわしているうちに、いつしか快楽を感じるようになってしまっていた。
そんな自分に嫌気を覚えた咲良は、五十嵐へ救いの手を求めたが――
3年もの長きに渡り交縁を繰り返していた咲良には、依存僻が染みついてしまっていたのだ…
★
「――カウンセラーも、綺麗ごとばっかでさぁ…」
右手で頬を拭った咲良が、莉央の方へ向き直った。
「そもそも、あたしらを買うような、おぢ連中がいなけりゃ、身体を売ろうなんて考えなかったじゃんか?」
「――だね…」
「社会が悪ぃんだよ、社会が!」
「――それは…」
「――分かってるって!それが勝手な言い分だって、ことぐらいさぁ…」
ふてくされ顔へ変わった咲良が、脚を組み直している。
「自助グループへ参加して、体験を話し合えばいいとかさぁ…」
「ヤッば…」
「好きなヒト作って、そのヒトへ没頭するとか…」
「ふ~ん…」
莉央の脳内で、駆琉の残像が一瞬だけよぎったが…
「——いま…、駆琉のこと考えた?」
「——…?!!」
あまりの鋭さに、思わず両手で顔を覆った莉央。
それを見た咲良が呆れ顔になり、腕組みをしてしまう。
「——いつまで…、引きずるつもりなのさ?」
「——いつまでって…」
顔を覆う両手から漏れる、莉央の小さな呟きを聞き漏らすまいと、咲良が前へ身を乗り出した。
「そんな、簡単に…、そんな簡単になんか…」
それを聞いた咲良の表情が、みるみる曇ってしまう。
「——咲良ちゃんまで…、五十嵐さんみてぇに…」
「つけんだよ、ケジメを」
咲良が有無を言わさず突き放したので、ハッとした莉央が顔を覆っていた両手を下げた。
「分かるよ。木村がどんだけ本気で、駆琉と付き合ってたのか」
互いの鼻がくっつかんばかりに、咲良が顔を突き出して熱弁する。
「だからこそだよ!木村がまだ知らない駆琉と、ちゃんと向き合わなきゃ!」
顔を強張らせ、咲良をジッと見ている莉央。
「逃げてちゃ前へ、進めねェんだから!ちゃんと駆琉と話して、ケジメつけなきゃ!」
声を張り上げる咲良を、店内の客が揃って何事かと注目してる。
「あたしの言ってっこと、分かんだろぉ!木村ぁ!」
咲良の怒声で、店内の喧騒が水を打ったように静まってしまった…
★
「——分かったよ…」
咲良をガン見する莉央の口元が、ようやく緩んだ。
「やっぱ、あたし…、まだ駆琉のこと、信じてると思う」
途端に咲良の顔が、歪んでしまう。
「でもさ、五十嵐さんや咲良ちゃんが、あたしに嘘つくわけねぇじゃん」
「だったら――」
「聞いてよ。やっぱ駆琉と話してみないと、分かんないと思うんだ」
「それ…、さっきから言ってんじゃん」
思わず苦笑いしてしまう咲良。
「——え?…どういうこと?」
「駆琉と話してみないと、どうケジメつけるか決められねぇじゃんよ」
「——そっか…」
「そうしなきゃ、別れるか別れないか分からないじゃんか」
「別れなくていいんだ?」
「——あのさぁ…」
呆れ顔の咲良が、組んだ脚へ身を乗り出し、また前屈みになった。
「もう木村も、いい歳なんだしぃ…」
身振りを交えて話す咲良。
「あたしら木村のすることに、どうこう言いたくないけどさぁ」
顎を引き、警戒心を漂わせている莉央。
「でもさ、駆琉とのことは、曖昧にしといちゃ駄目だと、あたしも五十嵐さんも思ってるわけさ」
ウンウン頷く莉央。
「ちゃんと駆琉と話して、それでもって木村が決めたんなら――」
「いいんだ?」
「え?」
「別れなくても」
「しつこい」
「——…ムズい」
「なんでさ?」
「結局あたしは、どうすりゃいいのさ?」
呆れ顔になった咲良が身を引き、腕組みをしてソファーへドスッと深く座り、小声で呟やいた。
「――やっぱ木村は…、駆琉に、心底依存してんだね」
それを聞いた莉央の顔が、一気に赤面してしまった…
「――明日…違うか、もう今日だけど、駆琉と会うんだろ?」
「――?!…、どうしてそれを?!」
今度は莉央が、血相を変えて身を乗り出した。
「あたしら木村のことを、マジで心配してんだよ。知ってて当然じゃん?」
――おしゃべりめ…
莉央の脳裏へ、五十嵐の顔が浮かんだ。
「やっぱ、あたしらがどうこう言うより、駆琉と会って木村自身が決めるしかなさそうだわ」
咲良がふぅーッとため息をついたので、つられて莉央も肩の力が抜けてしまう…
「でもさ…、マジで独りで会っちゃ駄目」
「………」
「今の駆琉は、木村が知ってる駆琉じゃないから。危ねぇから」
「――でも…」
「いるじゃんか。木村が、マジで信頼できる友達が」
――…愛莉!
パッと表情が明るくなった莉央を、咲良が苦笑いを浮かべて見つめていた…
深夜ではあったが、莉央からのLINEへ愛莉からすぐに返信が来た。
今日の夕方5時、歌舞伎町タワーのスタバ前で待ち合わせることに決まった。
駆琉とは夕方6時、歌舞伎町さくら通りにあるKRビル5階で会うことになっている。
駆琉と会う詳細については、咲良はもちろん五十嵐にも告げていない。知っているのは、愛莉だけ…
駆琉とケジメをつける時が、刻一刻と近づいていた…




