第21話:母親
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
CB250-Rのバイクがエンジンを停めると、街灯が照らす周囲の薄闇へ静寂が戻った。
五十嵐より先にバイクを降りた莉央が、ヘルメットを外してウルフショートの黒髪を軽く振った。
バイクを停めた駐輪スペースから、7階建ての自宅マンションを見上げてみる…
歌舞伎町ゴジラロードで、かつてトー横のグループで一緒だった陽太と遭遇し、駆琉の居場所を問われた。
そんなこと莉央が知る由もなく、ひと悶着起きかけた所を五十嵐の彼女、藤村に助けられた。
散々なめに遭ったので、もう帰ろうと愛莉と話していたら、五十嵐が家まで送ってくれると申し出てくれた。若干17歳なのに打ちのめされた莉央の心中を、思ん計ってのことだろうが…
初めて五十嵐と一緒に来たのが、妙にこそばゆい。
「――…あそこか?」
ヘルメットを外した五十嵐が、マンションを見上げている。
「――6階の…、端から2番め」
莉央が指で指した部屋には、灯りが燈っていない。
時刻は、夜の8時になろうとしている。
――まさか…、いねぇの?
見上げる莉央の表情に、苛立ちが露わになった。
「――…どうした?」
莉央の表情を見て、五十嵐が怪訝そうにしている。
「――まだ月曜だってのに…」
「用事でも、あるんだろ?」
苛立つ莉央の右肩を、ポンポンと叩いて五十嵐がなだめる。
「――…あがってって!」
パッと振り向いた莉央が、さっきまでとは打って変わった笑顔を五十嵐へ向けた。
「いいって、俺は――」
「いいから、いいから!」
五十嵐の左手首をガッチリ摑んだ莉央が、グイグイと引っ張ってエレベーターホールへと歩いて行った。
★
6階の自室前に立った綾が、シリンダー錠へ鍵を差し込んで解錠しようとする。
勢いよく扉を開けてみるが、ガチン!と引っ掛かって僅かに開いた所で止まってしまった。
中から、ドアバーロックが掛けられているのだ。
「――…いるのか?」
不審顔の五十嵐が呟く間に莉央の顔が、みるみる般若のように豹変してしまった。
「――あっけろよ!ババアっ!!」
ガン!ガン!と何度も勢いよく、扉を引っ張る莉央。
「ちょ――、待てって!」
五十嵐が背後から、莉央を羽交い絞めにした。
「――帰るんなら、電話ぐらいくれればいいのに…」
ふいにインターホンから女性の声がしたので、もみ合う二人の動きがピタッと止まった。
「…いつも勝手に出掛けたかと思えば、いきなり帰って――」
「いいじゃん!あたしんチなんだからぁ!」
声を遮って、莉央がインターホンへ向かって叫ぶ。
「――とにかく今は…、入れないから」
「はあぁッ(゜Д゜メ)?!」
般若の表情で、莉央が怒鳴りまくる。
「――すみません、まだお会いしていないのに、ぶしつけですが…」
莉央を両手で制止して、五十嵐がインターホンへ顔を寄せた。
「莉央さんの自宅なのに、入れないとは、どういうことですか?」
「――…あなたは?」
インターホンの声が、戸惑っているように聞き取れる。
「――…新宿歌舞伎町で、少年少女の保護活動をしている、五十嵐と申します」
ダウンジャンバーのポケットから取り出した名刺を、五十嵐がインターホンのカメラへ近づけた。
「………」
途切れてしまう、インターホンからの声。
「――もしもし…、もしも~し!」
インターホンへ顔を近づけて五十嵐が怒鳴っていると、部屋の扉からガチャガチャと解錠される音が聞こえた。
ガチャリと扉が開いて、ピンクのバスローブを着た莉央の母親が姿を現した。
「…そんな大声、出さないで下さいな」
母親の髪は乱れていて、まるで寝起きそのままみたいだ。
まだ夜の8時だというのに…――
「母の弥生です。初めまして」
「――どうも…」
軽く会釈している五十嵐が、弥生の足元後方で、黒の紳士靴が一足置いてあるのに気付いた。
父親が広島から上京してはいないと、さっき莉央から聞いている。
まさか…――
「どういう立場の方か知りませんが、あまり他人の家庭へ立ち入らないで下さいな」
弥生が嫌悪感を露わに、五十嵐へ言い放った。
「――…立ち入ってなど、いません」
莉央が弥生へ摑みかかりそうなのを右腕で制止しながら、五十嵐が冷静かつ毅然と反論する。
「何故なんですか?」
「――…何がです?」
「莉央さんが、家へ入れない理由――」
「おぢを連れ込んでんだろッ?!クソババアッ!!」
五十嵐の右腕へ、莉央が身を乗り出して怒鳴りつける。
「――どうした?」
弥生の背後から、野太い男の声がした。
ハッとした五十嵐が、両眼をクワッと開いて顔を強張らせた。
「…大丈夫か?」
男の声を聞いた莉央の表情から、みるみる精気が失われていく…
「――ごめんなさい…」
悪びれることなく、弥生が平然と口だけで謝罪している。
「――そういうこと、なんで…」
いきなり莉央が、マンションの共用廊下を脱兎のごとく走り出した。
慌てて五十嵐が追おうとするが、ふと立ち止まって振り返ると――
莉央の自宅の扉は、既に閉められてしまっていた。
――くそッたれがぁ…
苦々しげに心の中で呟いた五十嵐が、莉央のあとをバタバタと追いかけて行った…
★
マンションの前の道路は、月曜日の夜ということもあって車通りが既に少ない。
片側一車線の道路で、パタパタと莉央が履くスニーカーの走る音が響いている…
「――待っ…てっ」
ハアハアと息を切らせながら、五十嵐があとを懸命に追いかける。
対向車のライトが、走る二人のシルエットを照らし出している。
「――待てって!!」
ようやく追いついた五十嵐が、莉央の右肩を鷲摑みにした。
街灯が照らす電柱の下で、ハアハアと荒い息遣いで佇む莉央と五十嵐。
通り過ぎる車のライトが、二人の姿を一瞬だけ照らして走り去って行った…
「――どう…、する?」
少しだけ息が落ち着いた五十嵐が、莉央へ話しかけた。
「――どう…、って?」
電柱へ左手をつく莉央が、視線を下へ向けたまま訊いた。
「…どっか、泊まるアテ…、あんのか?」
「ある訳…、ねぇじゃん…」
ハアハアと息を整えながら、ようやく話している莉央と五十嵐。
「――じゃあ…、戸田の支援ハウス…、来るか?」
「やに…、決まってんじゃん…」
「…なん、…でぇ?」
「――あんな超絶重い空気のトコ泊まったら…、余計ブルーに…、なる…――」
「――そっか…」
右手で額の汗を拭った五十嵐が、意を決したかのように顔を上へ向けた。
「――じゃあ…、俺んチへ、…来るか?」
「――え???…」
俯いたままクワッと見開いた莉央の両眼へ、精気がみるみると戻っていった…
★
★
薄暗い天井を、布団で寝ている莉央が見上げている。
――ここは?…
自宅マンションへ入るのを拒まれた莉央は、五十嵐のアパートへ来ていた。
バイクのケツへ乗って、新宿東大久保公園の路地裏にある鉄骨造のアパートへ来たのだが…
五十嵐は朝まで、莉央へ手を出さなかった。
自分の隣で、17歳のピチピチJKが寝ているのに、である。
隣で寝ていたはずの五十嵐は、いつの間にかいない。
莉央が上半身を起こすと、部屋へ置かれたちゃぶ台の上に、メモと千円札、部屋の鍵が置いてあった。
“適当に買って朝メシ食っとけ。鍵は郵便受けへ入れとけ”
お世辞にも字が上手いとはいえないメモの走り書きを、手に取った莉央がシミジミと見ている。
――こういう大人も、いるんだぁ…
莉央が知る成人男性は、自身の身体を色目遣いで舐めるように眺めまくる、卑しい存在そのものだ。
若々しいJKを、姦淫したいとばかり考えている。
電車に乗っていても、街を歩いていても、クソ野郎どもの視線を感じないことはない。
ましてや昨晩は、莉央の方から積極的にアプローチしていた。
五十嵐の胸へ頭をつけ、髪を撫でられていた莉央はウットリしていて…――
気が付いたら、朝だった。
≪オレは失敗を、繰り返したくない――≫
――そんなこと、言ってたな…
≪もう安易に、女の子を抱きたくないんだ≫
――あたしは、エッチしたかったのにぃ…
≪なり行きで、16歳の娘とワンナイトしたことがあるんだ…≫
――そんなの、関係ねえし…
≪キレイごと言っといて、これかよって、すっげえ後悔した≫
――あたしが…
≪だから、未成年の娘は二度と抱かないことにしたんだ≫
――エッチして欲しいって感じた大人は、五十嵐サンが初めてなのにぃ…
上半身を起こして俯いたままでいる莉央は、意味不明な敗北感に打ちのめされている――
――よしっ!…
ブラジャーとパンティーだけの姿で立ち上がった莉央は、軽く身震いすると、そそくさと身支度を始めていた…




