第20話:陽太
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
大勢の通行人が行き交う、夜の新宿歌舞伎町ゴジラロード。
両手をジョガーパンツのポケットへ入れた陽太を、しゃがみ込んでいる莉央が怯えるように見上げている…
「――探してたんだ…」
「――…はぁ?」
顔をしかめた莉央が、精一杯の虚勢を張る。
「…あたしに、なんの用?」
「おいおい、そんな突っかかんなって」
ポケットから出した両手を広げて、おどけている陽太だが…
「おめぇ…、芹澤と付き合ってんだろ?」
「――ちょっと!」
顔色を変えた莉央の前へ、愛莉がサッと入り込んで遮った。
「いい加減に――」
「おめぇに用は、ねぇんだよッ!!」
凄みを効かせて睨む陽太に、愛莉がたじろいでしまう。
――なんだ?…
ヤクザまがいの迫力の陽太を見て、莉央が眉をひそめた。
陽太が被るキャップの端から、金髪へ染めた髪がはみ出ているのが見える…
――陽太って…、こんなだったっけ?
「か…、駆琉になんの用か知らないけど――」
「あ?」
気を取り直した愛莉へ、再び凄む陽太。
「か…、駆琉は今――」
「知ってんだよ、サツから逃げまわってるってのよぉ」
両手ポケットの陽太が、顎をしゃくりドヤ顔で言い放った。
「ウチの若頭がガサ入れ(家宅捜索)の日を教えてやったのに、あの野郎どっかへトンヅラしやがったんだぜ」
「――?!…そ、それって?!」
莉央が、顔色を変えて立ち上がった。
「いつのこと?」
「何しらばっくれてんだよ?」
陽太が、莉央を睨みつける。
「『得夢』にガサ入れが入った、前の日だよ」
――そんな…
胸騒ぎが止まない莉央。
――駆琉は広島で…、あたしと会う約束してたよね?…
ふいに広島駅の改札口で、五十嵐が周囲を見渡していた光景を思い出した。
――まさか、あたし…、ヤクザを撒くために利用されたっての?!
「――やっぱ…、知ってるみてぇだな」
陽太が我が意を得たりと、うろたえまくる莉央へ告げた。
「な、なにを?」
「駆琉の居場所だよ」
「――ちょっと、待ってったら!」
愛莉が莉央と陽太の間へ、割って入った。
「いま莉央と駆琉は、ビミョーなんだからさぁ!」
睨みつける陽太の前で、ひるまず言い放つ愛莉だが…
――あたしと駆琉が…、ビミョー?
愕然と立ちすくむ莉央が、懸命に自問自答している。
――でも…、やっぱあたし…
――駆琉が…、駆琉のことが…
「放っといて欲しいんだわァ!マジでぇ!!」
莉央の眼前で、愛莉が気色ばんで叫ぶ。
「――アあぁ?!…」
陽太が愛莉へ、顔を近づけて凄む。
「俺はぁ、キムラと話してんだよぉッ!!」
陽太が右手を振り上げ、思わず愛莉が眼をつぶってしまうが…
次の瞬間、振り上げた陽太の右手を、何者かがガッチリと摑んだ。
「――女の子へ手を上げるなんて…、最低ね」
ギリギリと右手首を握り絞め上げられた陽太が、顔をしかめて振り向くと――
摑んでいるのは、新宿中央署女性刑事の藤村だ。
その隙に結菜が、愛莉の傍らへ走りギュッと抱きつく。
莉央も二三歩、後ずさりする。
仏頂面の藤村が力を緩めると、素早く右手を引き抜いた陽太が身構えた。
「――てっ、てめぇッ?!」
パーカーのポケットからジャックナイフを取り出した陽太が、刃先をピンと立てる。
そしてナイフを突き出して、藤村へ襲いかかるが――
藤村は刃先をサッとかわすと、躊躇なく右肩で陽太の右腕を抱えた。
莉央と愛莉が瞬きする間もなく、あっという間に陽太の身体が宙へ浮いてしまう。
陽太の被っていたキャップが、外れてフワリと舞う。
露わになった陽太の金髪が、宙で揺れている…――
――ドスッンッ!
いつの間にか莉央たちの周囲へ集まった野次馬たちが、陽太が地面へ叩きつけられた衝撃音に仰天した。
顔を歪め右手を背中へ廻し、地面でのたうち回っている陽太。
落ちているジャックナイフを拾い上げた藤村が、ジャケットコートを手でパンパン払っている…
――ヤバ…
平然として佇む藤村を、莉央と愛莉、結菜が啞然として見ている。
そして、落ちた陽太のキャップを拾い上げる人物が――
五十嵐だ。
「――銃刀法違反の現行犯…」
悔しそうに見上げる陽太へ、見下ろす藤村が言い放つ。
「キミを逮捕します」
取り囲む野次馬たちをかき分けて、制服警官二人がやって来た。
警官たちに抱え起こされた陽太の許へ、五十嵐が歩み寄った。
一連の動きを訳が分からず、ただ呆然として見ている莉央と愛莉たち…
「――これ…」
両脇を抱えられた陽太が、顔を上げて五十嵐を見る。
「大事なもの…」
五十嵐が差し出したキャップを、ジッと見ている陽太。
「お父さんに、もらったんだろ?」
「………」
「粗末にしたらダメだろ?」
「――あんた…」
陽太の脳裏へトー横で座り込んでいた時に、五十嵐から缶コーヒーを手渡されたことや、笑顔で言葉を交わした時の記憶が蘇った。
「キミの事は覚えているよ」
五十嵐が陽太の頭へ、キャップをそっと被せてやった。
「卜部くん」
途端に陽太の両眼から、ブワッと涙が溢れ出してきた。
ウッ――…、ウウゥゥ~……
★
野次馬たちの輪が解けて、何事も無かったかのように通行人たちが行き交い始めた。
五十嵐と二言三言交わした藤村が、両脇を警察官たちに抱えられ連行される陽太へ付き添って行く。
恐る恐る五十嵐の許へと歩み寄る、莉央と愛莉、結菜たち…
「歌舞伎町をシマにする、指定暴力団皇龍一家準構成員…」
陽太が連れて行かれた方を見て、五十嵐が呟いている。
「それが卜部くんの、現在地だ」
こちらへ顔を向けた五十嵐を、莉央がジッと見ている。
「――なんで、陽太が…」
「うん?」
「なんで陽太が、駆琉のことを…」
一呼吸置いてから、五十嵐が口を開いた。
「芹澤がトー横界隈にいた娘たちを、言葉巧みに騙してODをやらせ、酩酊させた所で姦淫したあげく、性行為による快楽の虜や薬物中毒にしたりして手なずけていたことは、以前に話したよな?」
「ちょっと待って!」
横から愛莉が、口を挟んだ。
「――残酷過ぎるよ、そんな…」
「…知ってるのか?」
口元をワナワナ震わせる愛莉へ、五十嵐が優しげに問いかけた。
「詳しくは知らないけど…、噂しか知らないけどさぁ――」
「大丈夫」
愛莉を遮って、莉央が五十嵐を真っすぐに見た。
「――話して…」
かつてトー横で駆琉は、レイプしたうえで手なずけていた少女たちを、皇龍一家へ紹介し、配下の風俗店へ入店させていた。
その見返りに駆琉は、報酬と身の安全の保障を皇龍一家から得ていた。
入店させられた少女たちは18歳未満ばかりで、中にはソープランドへ行かされた少女もいる。
手なずけられた少女たちが口を割るはずもなく、この人身売買まがいの悪行についての証拠は、今の所ない。
五十嵐によれば、あくまで噂レベルでの話だ。
しかし、駆琉が警察に捕まって自白してしまえば、そこが突破口となりかねない。
そこで駆琉へ、情報を摑んでいたホストクラブ『得夢』が家宅捜索される日時を教え、指定された場所で落ち合うはずだったのだが…
当の駆琉は現れず、慌てたヤクザたちは莉央を尾行してみたものの…
ついに駆琉の行方は、摑めずじまいだったのだろう。
「――…なんでヤクザは、駆琉を探すのに必死なの?」
青ざめた顔の莉央が、五十嵐へ訊く。
「言ったろ?自白されたら困るって」
「………」
「奴らは芹澤を、どうにかしたいのさ」
「――…どうにかって?」
「殺すつもり、なんだろうな」
だが、どういう訳か駆琉は、既に身の危険を察知していたのだろう。
なので、莉央へ偽情報を伝え囮になってもらい、まんまと駆琉はヤクザたちから逃げ延びることが出来た。
駆琉を取り逃がした皇龍一家の連中は、さぞ慌てたことだろう。どうしても駆琉の居場所を、知りたいはずだ。
唯一の明らかな手掛かりは、駆琉と付き合っていた莉央だ。莉央から訊き出すしかない。
その役割を駆琉と同い年で、かつてトー横で同じグループだった陽太に任せたのだろう。
といっても、これらはあくまで五十嵐の推測にしか過ぎないが…
「――それじゃあ…」
俯いて切り出した莉央を、ん?という具合に五十嵐が見る。
――やっぱ、ダメだ…
「――どうした?」
口をつぐんでしまった莉央を見て、怪訝そうな五十嵐。
――明後日会うことになってるって、まだ言わない方が…
「――もしかしたら、の話なんだが…」
青ざめた顔の莉央を一瞥して、五十嵐が話を再開する。
「キミも風俗店へ、売られていたかもしれないな」
「――?!そ、そんなこと!」
急に声を荒げた莉央を、愛莉が眼を丸くして見た。
「そんなこと…、そんな…こと…」
次第に声が、か細くなっていく莉央。
「ないって、言い切れるのか?」
莉央をジッと見つめる五十嵐…
熱気でザワめくゴジラロードの中で、莉央たちがいる一角の空気だけが、冷たく凍りついていた…




