表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

第19話:再会

これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…

 神奈川県相模原市の、とあるカトリック教会。

 12月23日の月曜、ここを訪れた五十嵐と藤村が礼拝堂と呼ばれる広間の扉を開けると、おごそかかな祈りの斉唱(せいしょう)が聞こえてきた。


 ――…地にも行われますように。

 わたしたちの日ごとのかてを今日もお与えください。

 わたしたちの罪をおゆるしください。

 わたしたちも人を赦します。

 わたしたちを誘惑におちいらせず、

 悪からお救いください…


 正面祭壇(さいだん)後方の壁には、十字架へはりつけられたキリストの木像が高々とかかげられ、祭壇に正対して一人の神父が立っている。

 祈りを(ささ)げている、スータンと呼ばれる足元すっぽり隠れるほどに長い白色服の上に、アルバというえんじ色のガウンを羽織り、さらにストラという槐色ストールをかけている初老の神父…

 朗読台へ置かれた聖書からチラと眼を上げ、神父が礼拝堂の入口で立つ五十嵐を一瞥いちべつした。

 視線に気づいた五十嵐が、軽く会釈する。隣で立つ藤村も、合わせるように会釈した。

 続いて「アヴェ・マリアの祈り」の斉唱が始まった…




 祈りを終えた信者たちがあらかた退室した所で、神父が両腕を広げて五十嵐へ笑顔で叫んだ。

 「メリークリスマス!」

 「――いや…、まだ早いっスから」

 苦笑いしている五十嵐の隣で、

 「お久しぶりです、重盛さん!」

 藤村が笑顔で、挨拶した。


 ストールを外してアルバを脱ぎ、ニコニコして礼拝堂の長椅子へ座る『マザーポート』前代表理事の重盛。

 「――で、二人は、いつ結婚するの?」

 一気に赤面してしまう、同じ長椅子で座る五十嵐。

 「全然プロポーズしてくれる気配、ないんですよぉ~」

 隣で座って、ニヤニヤしている藤村。

 「おま――?!…」

 「なぁんで、しないんだよぉ、五十嵐クン!」

 言葉に詰まっている五十嵐を、重盛が真顔で叱責しっせきした。

 「…んなこと言ったって、今の俺の稼ぎじゃあ――」

 「あたしが働くからぁ、大丈夫って言ってんじゃん」

 NPO法人の代表理事とはいえ、五十嵐の年収は藤村には遠く及ばない。

 「いや、智美には、ちゃんと子育てを――」

 「産休取れるから、大丈夫よぉ」

 「じゃあ、決まりだな」

 重盛が腕組みをして、ニヤニヤしている。

 「たくぅ~!久しぶりに挨拶来たら、これっスかぁ?!」

 「いやいや、すまんすまん。ずーっと、気になってるもんでな…」

 重盛が右手を振って、笑顔で詫びた。


 「…どうだ、最近は?」

 「――いや、ちょっと…」

 「気になっちゃってるが、いるんですよ」

 言葉に詰まる五十嵐に代わって、藤村が告げた。

 「なんだとっ?浮気かっ?!」

 「ち、ちげえって!なんでさぁ――」

 「その娘のカレシが、逮捕令状から逃亡中で…」

 五十嵐をさえぎって、藤村が話を続けた。

 「いくつの娘なんだ?」

 「17歳です」

 「――そうか…」

 重盛が胸の前で十字を切り、合掌がっしょうして祈りを(ささ)げていた…




 「やっぱ、重盛さんのようには、いかないっスわ」

 「私の時だって、すべて上手くいってた訳じゃないぞ」

 ふてくされ気味に嘆く五十嵐を、重盛がなだめている。

 「それでも地道に活動していれば、そのうち私のように認められて神父へ――」

 「オレ、ぜってえ、ならないっスから」

 「まぁだ、それを言うのかぁ?」

 「じゃあ神ってヤツがいんなら、どうしてこの社会は、こうもフェアじゃないんスかッ?!」

 まくし立て始めた五十嵐を、驚いた藤村が見ている。

 「どうして、ああいう不幸な子供たちが、後を絶たないんっスかッ?!」

 苦り切った顔で聞いている重盛。

 「それも神が定めたことだと言うん――」

 「ちょっと!」

 立ち上がった藤村が五十嵐の前へ、サッと左手を差し入れた。

 「重盛さんを責めるのは、筋違いでしょう?」

 「――す…、すまん…」

 うなだれてしまう五十嵐。


 「――いや…、キミの気持ちは、痛いほど分かる」

 重盛が、スッと立ち上がった。

 「私が『マザーポート』の代表理事をしていた時も、同じように葛藤かっとうしていた」

 五十嵐が顔を上げて、重盛を見る。

 「クリスチャンの洗礼を受けているのに、神への疑念を抱いたこともあるが…」


 「…神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません」

 また聖書の暗唱あんしょうかよと、うんざりした顔の五十嵐。

 「むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます…」

 ※ 聖書引用 ~ コリント人への手紙第一10章13節

 重盛が向きを変え、十字架へ磔られたキリストの木像と正対した。

 「その脱出の道へ導いてあげるのが、我々の役割なのでは?」

 「………」

 五十嵐が祭壇後方にあるキリスト像を、にらみつけるように見つめていた…


 ★

 ★


 新宿歌舞伎町一番街通りは、月曜の夕方ではあるが、かなりの人混みでにぎわっている。

 クリスマスソングが街頭スピーカーから流れ、腕を組み合うカップルたちも目立つ。

 そんなムードがただよう人混みの中を、黒デニムショートパンツを穿き、グレーのニットの上に黒ボアジャケットを羽織る、ウルフショート黒髪の莉央が、通行人をけながら歩いている。

 その隣では、黒のタイトワンピースの上にグレーレギンスをレイヤードして、グリーンのショート丈ダウンコートを羽織る愛莉が、その後ろには少女らしい服装をした愛莉の妹が歩いている…


 昨日、駆琉に会うという目的を果たせぬまま、無念の帰京をした莉央だが、一晩寝たことで気持ちを切り替えることが出来た。

 折しも先週末から高校が冬休みに入り、どう過ごそうか考えていた矢先の朝一番に、愛莉からLINEが届いた。何でも小学6年生の愛莉の妹が、冬休み中にトー横を見てみたいとのことなので、付き合って欲しいと頼まれたのだ。

 ――明後日の夜、駆琉と歌舞伎町の何処かで会う…

 その不安を紛らわすには絶好の機会なので、莉央は二つ返事でOKしていた。




 繁華街へ来るのが初めての妹は、愛莉のダウンコートを右手でしっかりつかんで歩いていて、おびえているようだ。

 「名前、なんての?」

 「結菜」

 妹をチラ見してく莉央へ、愛莉が答えた。当の結菜はキョロキョロしまくっていて、全く落ち着きがない。

 それを微笑ましく見ている莉央が、愛莉と横並びで歩いていると――

 「――大丈夫だよ」

 「え?」

 前を向いたままつぶやいた愛莉の方を、莉央が見た。

 「あたしが、ついてるからさ」

 愛莉の気(づか)いに満ちた台詞(セリフ)へ、莉央が小さく(うなづ)いた…

 

 「――ナニぃ?あれぇ!」

 歌舞伎町一番街通りを抜けた所で、結菜が眼の前の東宝ビル屋上を指差して、気味悪がっている。

 「――あぁ…」

 面倒くさそうに愛莉が、それへ視線を向けた。

 「ゴジラ」

 「ゴジラ?」

 「そう。ゴジラのアタマ」

 ――あんなの、あったんだ…

 つられて莉央も、一部分しか見えていないゴジラヘッドを見上げていた。

 「見たいィィ~!」

 結菜がダダをこねるので、極めてウザそうな表情で愛莉が歩き出す。

 莉央も二人のあとについて、歩き出した。


 ――トー横へ来てても、周りなんか見てなかったしナ…


 あらためて莉央は、きらびやかなネオンが無数にともる歌舞伎町の街を見渡してみる。

 闊歩かっぽする人々は、日が暮れると若い世代が中心になるが、その属性はさまざまだ。

 外国人であろう通行人も目立つ街には、活気が満ちあふれている…


 2016年の7月25日付で、セントラルロードから名称を変えた、ゴジラロードの中ほどにあるカラオケ店の前まで来て、愛莉がクルリと振り返った。

 「――すっごーい!!」

 全体像をあらわにしたゴジラヘッドを見て、結菜が眼をキラキラさせている。

 別にあんなの――という具合で、ソッポを見ている愛莉に対し…

 あどけなさで満ちた笑顔の結菜を、莉央は心が揺さぶられたのかのようにジッと見ている。

 ――あたしにも、こんな時があったのかな?…

 スマホでゴジラヘッドを撮りまくっている結菜を、微笑ましそうに見ている莉央。


 「ほらぁ、行くよぉ~!」

 愛莉が結菜の肩を叩いて、急かしていると――

 「田澤じゃんか?!」

 いきなり背後から大声が上がり、ギョッとした莉央と愛莉が振り返った。




 そこにはパーカーにジョガーパンツと上下黒でそろえた、あどけなさが残る顔のキャップをかぶる少年が立っていた。

 「――…陽太?」

 「そうだよ!卜部うらべ陽太だよ!」

 唖然としていた愛莉の表情が、みるみるゆがんでいく。

 「――なんの用?」

 「おいおい、久しぶりに元カレに会ったってのに、つれねぇなぁ~」


 ――陽太かぁ~…

 以前と変わらない同じキャップを被った陽太を、眼を丸くして莉央が見ている。

 陽太は莉央たちと、かつてトー横で同じグループにいたのだ。

 「あんたと付き合った覚え、ねぇし!」

 「一夜のちぎりを、結んだじゃんかよぉ~」

 ――…そうだった!

 二人の会話を聞いた莉央に、記憶がよみがえった。

 ――愛莉と陽太、ワンナイトしたんだ!


 「一夜の契りって?」

 不思議そうな顔をして、結菜が愛莉へ訊く。

 「あんたは、すっこんでなッ!」

 真っ赤な顔の愛莉から怒鳴られた結菜が、泣きそうな顔へなった。

 それを見た莉央が、結菜をなだめようとかたわらにしゃがみ込んだ。

 「――あれは…、一生の不覚だった…」

 「すっげぇ言い方してくれんねぇ、おめぇ…」

 睨み合う愛莉と陽太を、まゆをひそめて見上げている莉央…

 「――お姉ちゃぁん、一夜の契りって?」

 ベソをかきながら結菜が、莉央へ訊く。

 「う~ん…、それはねぇぇ…」

 どう教えてやったものか、莉央が頭をフル回転させている。


 「――おめぇ…、キムラだろ?」

 視線を移した陽太からいきなり名前を呼ばれ、莉央がギョッとした。

 「イメージ変わってたから、分かんなかったけど…」

 ジョガーパンツのポケットへ両手を入れた陽太が、莉央を見下ろす。

 しゃがみ込んでいる莉央は、(おび)えたようにして陽太を見上げている…

 「――探してたんだ…」


 路上にたたずんで見合う四人を一瞥することなく、ゴジラロードを大勢の通行人たちが通り過ぎて行った…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ