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17/21

第17話:想定外

これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…

 翌日、土曜日の夕方。

 莉央は東京駅で、新幹線のぞみ号に乗り込んだ。

 行き先は、広島。

 昨夜、夜景を見ながら五十嵐と話している最中に、駆琉からLINEが届き、逃亡先が広島であることが判明したからだ。

 ≪――広島へ来れないか?…

 駆琉が莉央に会いたがっているのは、明白だった。

 金銭の無心を含めてのことだろうが…


 その足で『マザーポート』の事務所へ戻り、どうするべきか五十嵐と明け方近くまで昏々(こんこん)と話し込んだ。

 結果、莉央ひとりでは駆琉と会うことは避け、五十嵐がその場へ立ち会うことになった。

 まず莉央が単身で先に広島へ乗り込み、五十嵐が日曜日の朝一番で後を追うことになった。今日の夜遅くまで、五十嵐の予定が一杯ゆえの苦肉の策だった。

 幸い広島は、莉央の父親の単身赴任先で、土地勘も少なからずある。

 先乗りした莉央が、会うのに指定された場所を下見しておいて、明日の本番に備える――そういう筋書きだったが…

 しかし、思いっきり寝坊してしまった。

 昨晩だけで色々なことがあり過ぎて、疲れ果てたゆえ無理もないのだろうが…

 莉央が東京駅へ着いた時、広島行きのぞみ号はこれから乗り込もうとするのを含めて、あと2本という際どさだった。


 N700S系のシートに座り、窓を流れる夜景を眺つつ、莉央が父親のことを思い起こしている。

 父親の連絡先は知っているが、あえて広島へ行くとは教えていない。

 借り上げ社宅の、コーポの合鍵も持っている。

 これまで父親の赴任先に、莉央は一人で行ったことはない。

 仮にいきなり訪問したとしたら、父親はどういう反応をするか…


 ――ウフフ…


 幼稚園児の頃の莉央は、父親を驚かすのが大好きだった。

 父親も大袈裟おおげさに驚いてくれて、莉央はケラケラよく笑ったものだ。


 ――43歳に、なったんだっけ…


 あれこれ考えているうちに、莉央がうたた寝を始めたころ、のぞみ号は時速280㎞で疾走していた…


 ★

 ★


 莉央が広島駅へ着いた時には、夜の11時をゆうに過ぎていた。

 これでは、駆琉と会うのに指定された場所を下見するのは困難だ。無理して現地へ行ったとしても、周囲が真っ暗では話にならない。


 ――今からどっか、泊まるってもなぁ~…


 今日は週末土曜日。

 何処のホテルも満室であることが、容易に想像できる。問い合わせるだけ無駄だ。


 ――あるじゃん!いいトコが!


 思い立ったのは、父親の借り上げ社宅であるコーポだ。コーポは、JR可部線沿線にある。

 駅の電光表示を見ると、次の電車が可部線の最終――

 危ないとこだった…


 ゴトゴト揺られること17分、莉央は古市橋駅へ降り立った。

 改札口を出ると駅前には住宅街が広がり、綾の自宅マンション最寄り駅と似たようなロケーションだ。

 幹線道路をれて、踏切を渡った所で莉央は夜空を仰ぎ見た。


 ――キレイ…


 無数の星がまたたく、東京とは比較にならない澄んだ夜空…

 ふいに寒さを覚えてしまい身震いをした莉央は、黒ボアジャケットの襟元をすくめ、住宅街の奥へと歩いて行った…




 ピンポーン…


 コーポにある父親の部屋の玄関前に着いた莉央が、インターホンを何度も鳴らしている。

 ――留守かな?…

 階段を上がる前に見た部屋の窓には、あかりがいていなかった。

 しびれを切らした莉央は、肩掛けバックからポーチを取り出す。


 ――電車、終わっちゃってるし…


 父親の部屋なんだし構わないよね、と莉央が合鍵で、ガチャリと鍵を開けた。


 ゆっくり扉を開けると、中は真っ暗…

 照明のスイッチは何処どこかと手で探っていると、妙な気配を感じた。

 スマホを手に取ってライトをともしてから、莉央はソロソロと玄関扉を閉めた。


 ――誰か、いる…


 スニーカーを脱いで、恐る恐る部屋の奥へと入って行く莉央。


 ――ドロボウ?!…


 ゴクリと生唾なまつばを飲み込んだ莉央の耳へ、ささやく声が聞こえた。


 「いいのぉ?…出なくってぇ…」

 「――構わないさ…。こんな夜中に来るなんて――」


 ――…パパ?!


 「非常識過ぎる…――」

 「ウフフフ…――」


 カサカサ…――

 真っ暗な奥の部屋から、シーツが擦れる音が聞こえてくる。


 ギシ…ギシ…ギシ…――

 不気味に響き渡る、ベットの軋む音…――




 ガタッッ!


 莉央がスマホをフローリングの床へ落とした音に、裸の父親がハッとして振り向いた。

 ベットの上で父親との絡み合いをしていた女性が驚いた顔で、スマホのライトでかすかに照らし出された莉央を見ている…


 「――…リ、オ…?」


 暗がりの中で父親が(つぶや)くと同時に、莉央はスマホを拾い上げると、ドタドタと玄関へ向かう。

 スニーカーを履いた莉央が、バンッ!と玄関扉を勢いよく閉める。

 そして外階段を、一気に駆け下りた。


 背後から、父親が呼んだみたいだが…――

 知るかっッ!!


 パタパタと莉央が駆けて行く足音が、深夜の住宅街に響いていた…


 ★


 泣いて嗚咽おえつをしながら幹線道路を歩く莉央の、涙でかすむ眼に明るいネオンが映った。


 ――ドン・キホーテ?…

 時刻は夜中の0時30分を過ぎていて、あてもなく歩く莉央はドン・キホーテの方へ向かう。


 ――電車ねぇし、どうしよ…

 近づくにつれて、ドン・キホーテの隣にあるネットカフェのネオンが見えてきた。


 ――助かった…


 スマホには父親から、何度が着信があったが、着信拒否へ設定した。

 ――キショ過ぎ…、ウザ過ぎ…、あり得なさ過ぎ…


 ネットカフェへ入っても嗚咽が止まらない莉央は、救いを求めるかのように五十嵐へ電話をかけていた…




 “本当に申し訳ない。俺が先に下見をしておけと、言ったばかりに…”


 スマホの電話口から、五十嵐が平謝りしている声が聞こえてくる。

 ネットカフェの鍵付き個室で、壁へ背中をつけて座る莉央が、溢れ出る涙で顔を濡らしまくっている。


 「――どうして…、くれんのよぉ?…」

 嗚咽が止まらず、ろれつが回らない莉央。

 “――スマン…”

 平謝りしている五十嵐の様子が、電話口から伝わってくる。

 “明日、朝イチの新幹線で、そっちへ行くから、それまで――”

 「――もう、今日だよ?…」

 電話の向こうで絶句している五十嵐を、莉央が涙で濡れまくった顔で、クスクス笑っている。


 “――…少しは、元気が出たようだな?”

 「ゼンゼン」

 グシュッと、鼻水をすすっている莉央だった…




 五十嵐と明日の待ち合わせ場所と時刻を決めて、莉央は電話を切った。


 ――ハアァァ~…

 大きなため息と同時に莉央が、脱力した両手を個室の床へバタッと置いた。


 ――あたしって…、何なんだろ…


 ふと視線を移すと、個室の壁に貼ってある『文房具販売中!』のA4サイズのポスターが眼に留まった。

 そこにはメモ用紙とか筆記具、カッターのイラストが描かれていて…


 ――リスカ(リストカット)したい時って、こういう気持ちなのかなぁ…


 母親から放置され、信じていた彼氏が悪行三昧(ざんまい)を働いていて、今度は父親が…、である。

 若干17歳になったばかりの少女にとっては、残酷過ぎる現実だ。


 泣き疲れて身体を横にした莉央は、いつしか眠り込んでしまっていた…


 ★

 ★


 翌朝、莉央は五十嵐と落ち合うべく広島駅へ来ていた。

 遅刻しないように来たものの、待ち合わせの10時まで40分近くある。

 所在なさげに新幹線改札口の前を、行ったり来たりを繰り返していると――


 「莉央っ?!」


 大声で名前を呼ばれた莉央が、ハッと振り向いた。

 そこには、紺のハイネックセーターにチノパンを履く父親が、顔を紅潮させて立っている。

 横には、昨晩父親と絡み合っていたオンナが――


 反射的に、莉央が走り出した。

 「莉央ぉッ!」

 振り向くもんか…――


 駅のコンコースを歩く人々を右へ左へよけて全力で走り、やがて行く手に何かが見えた。


 ――電車?…

 “間もなく、電車が発車します”


 スピーカーの音声を聞いた莉央は、ためらわず電車へ乗り込んだ。

 ブザーと同時に扉が閉まり、電車が動き出す。

 窓の外では父親が悔しそうに、ホームで電車を見送っている…


 “この電車は…――宮島口行きです”

 メロディーに続いて、車内アナウンスがスピーカーから流れてきた。


 ――ヤバい…


 父親を振り切ったはいいが、路面電車に乗ってしまった。

 スマホを見ると、9時30分を表示している。路面電車は猿猴(えんこう)川を越えるスロープを、ゆっくりと下っている…


 ――戻るか…


 しかし駅へ戻ると、また父親に出くわしかねない。

 莉央が東京へ帰るのを見越して、父親は新幹線改札口で待ち伏せしていたのであろう。


 ――どうしよ…

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