第16話:夜景
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
――エッチが終わると駆琉はぁ、あたしをキュッと抱きしめてぇ…
≪まだいいじゃんかよ、莉央はぁ≫
≪ええっ?どこがぁ?≫
――あたしの頭を右手で優しく撫でながら、駆琉は話してくれてぇ…
≪俺は愛人の子でさぁ、母ちゃんが死んだ途端に、親父ってのが現れてさぁ…≫
――駆琉の腕枕は、なんか温たかくってぇ…
≪いきなり親父って言われても、カネは出してくれたんだけどさぁ…≫
――あたしは、駆琉の胸にほっぺたくっ付けてぇ…
≪俺のことは引き取れねぇからって…、親父がこの部屋、用意してくれて…≫
――駆琉の心臓の音が、トクントクンって聞こえてぇ…
≪まだ14だった俺に一人で住めって…、あり得なくね?…――
★
★
カクンと軽い衝撃で、莉央が眼覚めた。
ずっと泣きはらし疲れて、うたた寝してしまったようだ。
――寒い…
目覚めた途端、身震いしてしまった。
防寒ジャンバーとズボンを借りて履いてはいるが、12月の夜風は流石に堪える。
頭へ被っているフルフェイスヘルメットの、アクリルフードの隙間から入る風が冷た過ぎて、突き刺すように痛い…
――三鷹本線…?
緑地へ記された大きな白文字の看板が、ライトを反射して明るく見えた。
五十嵐が運転するCB250-Rのバイクが、料金所のETCレーンを減速して通過すると、再び加速。
瞬く間に走行車線の車両たちを、次々と追い抜いていく。
――速っ…
五十嵐の腰へ廻した両腕を、ギュッと絞めつける莉央。
考えてみれば、乗用車ですら高速道路を走ったことがない…
風を切る音が、ヘルメットをしていてもビュンビュン聞こえてくる。
人生初高速が、二輪のケツとは――
でも、気持ちいい…
★
稲城インターで高速を降り、稲城大橋で多摩川を渡る。
≪バイク…、乗ったこと、あるか?≫
『マザーポート』の事務所ヘと、愛莉たちに付き添われ連れて行かれ、後から戻って来た五十嵐から、言われるままにヘルメットを渡されて…
――咲良ちゃんの言う通りだった…
駆琉を信じるあまり、咲良へ食ってかかっていたことを、莉央が思い出して後悔している。
――咲良ちゃん、お姉ちゃんになってたなぁ~…
咲良の成長ぶりを、実感している莉央である。
――でも愛莉は、しっかりしてんわぁ…
入れ込んでいたホストのリョーマが連行されたことは、愛莉も相当ショックだったはずなのだが…
――ちゃんと切り替えて、あたしへバイバイして、いってらっしゃいなんてさぁ…
そうはいっても、自分のお気に入りホストが眼の前で警察へ連行されてしまったのだ。
愛莉の精神的ダメージは、計り知れないものであろう。
ましてや、まだ人格形成途上の17歳の少女である。
こうやって人は数多くの割り切りを、人生で覚えていくのであろうか…
★
「着いたぞ」
尾根幹線道路を逸れて、送電線鉄塔の袂に五十嵐がバイクを停めた。
バイクを降りた莉央が、ヘルメットを外して見ると――
深夜の東京23区が照らし出す、見事な夜景が全面で展開されている。
――きれい…
冬の澄んだ空気が、夜景の鮮やかさを一層増している。
「あれが都庁で、その左がスカイツリーだ」
ヘルメットを外して莉央の隣に立った五十嵐が、右手で指差している。
「――…あそこから、来たの?」
「そう。バイクだと、早いだろ?」
――あたし、夜景見んのも、初めてかも…
鮮やかな夜景の前で並ぶ、莉央と五十嵐のシルエット…
「あの光のひとつひとつが、人の営みなんだ」
しみじみと話す五十嵐の方へ、莉央が顔を向けた。
「善人ばっかじゃない。悪意のあるヤツも、あの中で光を灯している…」
「――…どういう、意味?」
「え?」
「あんまムズいこと、言われても…」
五十嵐が顎を引き、両手でズボンを引き上げながら思案する。
「つ、つまりぃ、あの光がどんな光なのかを、人は嫌なことの経験を積み重ねて、見分けられるように――」
「ムズいィ~」
「そ、そぉかぁ?」
クスクス笑い合っている、莉央と五十嵐。
「と、とにかく、割り切れよ――って言っても…、無理だろうけど…」
莉央は五十嵐から眼を逸らすと、夜景をジーっと見つめていた…
「――五十嵐サンは…」
「うん?」
「どぉして『マザーポート』の活動、してんの?」
「――俺も昔は…、トー横キッズだったんだ」
「――え?」
「さっき『得夢』の前で話してた、伸たちとツルんでた…」
驚愕のあまり眼を見開いてしまった莉央が、夜景の方を向いて長髪を風になびかせている五十嵐を、食い入るように見つめている…
「けど、俺ん時は、トー横って言い方、無かったけどな」
暗がりの中、五十嵐の口からは白い吐息が上がっている。
「ただの、ゴロツキさ」
「――…ゴロツキって?」
「おいおい、そういうレベルかよぉ~」
大袈裟なリアクションをして、五十嵐がズッコケたことを表現した。
「…あの頃の俺は、シネシティ広場で座り込んでは、悪さばっかしてて――」
「悪いことするヤツを、ゴロツキって言うの?」
「まぁ、聞けよ」
――どうも調子、狂っちゃうな…
話すペースを乱された五十嵐が、口元に右手を当てて一呼吸置いていた。
「歌舞伎町でカツアゲばっかしてた俺は、16の時に捕まって、少年院へ送致されたんだ」
「え?」
「笑っちゃうだろ?そんなヤツが、慈善事業してんだから」
「別にいいじゃん」
「え?」
「今は悪いこと、してないんだし」
夜景の方へ向き直った五十嵐が、また両手でズボンを引き上げながら気を落ち着かせている。
――励ますつもりが励まされて、どうすんだよ…
「19になって仮退院できて保護観察が付いたんだけど、そん時の保護司が俺の前に『マザーポート』の代表理事をしてた重盛さんだった」
「保護司って?」
「保護観察中の者を、監視・教育・指南・アドバイスしたりする人だよ」
夜景の方を向いたまま話す五十嵐。
「それがまた、ウゼぇジジイでさぁ…」
「保護活動するから、ついて来いって駆り出されてさぁ――」
――意外だなぁ…
「広場で座り込んでるヤバそうなガキどもへ、ちょっかい出したりしてさぁ――」
――五十嵐サンも居場所が無くて、もがいてたんだぁ…
「案の定、そいつらに重盛さん、絡まれちゃって」
「えっ?」
「思わず、助けちゃった」
「――へぇ…」
「な、何だよ?」
「そん時から、おせっかいだったんだねぇ~」
クスクス笑っている莉央と、苦々しげでいる五十嵐である。
「…まぁ、俺の話を聞けるようになっただけ、ヨシとするか」
「ハァ?」
「喋るようになったし――」
「だから、なによ?」
軽くあしらわれた五十嵐がイラついてしまい、イシシとほくそ笑む莉央へ向けた顔が歪んでしまう。
「じゃあ、それがキッカケだったんだ」
「そうそう。そのうちナシ崩し的に、重盛さんの活動を手伝わされるようになって…」
「うんうん」
「それからはもう、重盛さんの熱意にズルズルと、底なし沼のように引き込まれてさぁ…」
「へえぇ…」
「気が付いたら『マザーポート』の代表理事にされてた、みたいな…」
大袈裟なリアクションを交えて話す五十嵐が可笑しくて、莉央がケラケラ笑っている。
「まぁ、俺みたいなゴロツキを立ち直らせたいって考えには、共感出来たしね」
「そうなんだ…」
「だから今度は、恩返しってワケじゃないけど…」
「………」
「俺が、立ち直らせてあげたいんだ」
そこで会話が途切れると、あらためて二人は鮮やかな夜景の方へ顔を向けた…
「――そういえばさぁ…」
「うん?」
夜景を見て呟く莉央の方へ、五十嵐が顔を向けた。
「なんで、あたしと愛莉の名前とか知ってたの?」
「新宿中央署に、教えてもらった」
「やっぱり…」
「――そんな顔すんなよぉ。君たちを、守るためなんだから」
「プライバシーの侵害」
「トー横にいる時点で、プライバシーなんてねぇから」
「どぉしてさ?」
莉央が不満げな顔を向けると、五十嵐は夜景の方へ向き直った。
「あの辺りには、監視カメラと収音マイクがそこらじゅうに在って、集めたデータを中央署はAIを使って分析してるんだ」
「そんで、学校までバレちゃうんだ?」
「名前からマイナンバーを探り当てちゃえば、全部バレバレさ」
顔をしかめて、うぅ~ッと莉央が唸ってしまった…
★
「――そういえば、17歳になったんだよな?」
「あ――…」
「今日、誕生日なんだろ?おめでと」
言われた莉央はパッと表情が明るくなり、照れくさくてモジモジしているが…
「――でも…、あたし…」
何かに気付いたように、莉央が俯いてしまう。
「当分…、立ち直れそうもないな」
「そうか…――」
「――駆琉は…」
「うん?」
「どう…――なっちゃう?」
「――『得夢』での売春防止法違反容疑は、とりあえず芹澤を逮捕するための口実らしいが…」
夜景の方を向き腕組みをして、口から白い吐息を上げている五十嵐。
「本命の容疑は、不同意強制性交と薬事法違反、強要、脅迫、さらに傷害だと聞いている」
「それって…」
「刑事告発があったんだ」
「え?」
「誰とは、言えないけどな…」
まさか?と思う莉央の脳裏へ、咲良の顔が浮かんでいた…
暫く二人の間で漂った沈黙を破るように、莉央が口を開いた。
「――あたし…、どうしたらいい?」
「諦めきれないか?」
「あ――…」
莉央の顔が、みるみる紅く染まってしまう。
「――まぁ、そうだよな…」
莉央から視線を逸らせた五十嵐が、ため息をついていると…
リンコーン!
唐突に暗闇で、LINEの着信音が響き渡った。
慌てて莉央が、防寒ジャンバーの胸元からスマホを取り出す。その必死ぶりから、駆琉からのであろうことを、五十嵐には容易に想像できた。
莉央がふと見ると暗がりの中ではあるが、五十嵐が困った顔をしているのが見て取れた。
「――あ…」
バツが悪そうにしている莉央へ、五十嵐が仕方なさそうに話す。
「――…会いたいんだろ?」
「え?」
「芹澤にだよ」




