第12話:追悼
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
週が明けた月曜の朝…
莉央は下北沢で小田急線を下車して、北澤高校が入るビルへと駅前通りを歩いている。
普段と違うのは、今朝は駆琉の部屋から直行したこと…
フゥアァァ~…――
人目もはばからず、大きなあくびをしている莉央。
結局、先週末から駆琉の部屋で入り浸ってしまった。外泊を繰り返して、母親からどう思われようが構わない。
おまけに昨夜は、明け方近くまで駆琉とエッチしまくったから、だいぶ寝不足気味…
莉央が高校へ登校するのは愛莉と葉月に会うためで、勉強はついでである。
だから二人が高校を休むと莉央も休んでしまうし、欠席することに罪悪感は全くない。授業は、聞き流せばいいだけだ。
今日も愛莉や葉月と、顔を合わせておしゃべりが出来る…
軽い高揚感を覚えながら、北澤高校のフロアがある5階へのエレベーターに、莉央が揺られている。
★
エレベーターを降りて廊下を歩いた莉央は、教室の引き戸をガチャリと開けた。
相変わらず、静かな教室――…
クラス人員23名に対し、出席している生徒は10人にも満たない。
でも今日は、どこか異様だ。
いつもは数人の生徒が机へ突っ伏して寝ているのだが、今日は皆が揃って起きている。
席に座ってはいるが、ボーッと宙を見たままでいたり、不機嫌顔で机へ片肘ついてスマホをいじったりと、一見いつもと同じようだが、どこか違う…
「――愛莉?…」
教室の後ろで座る愛莉の隣、窓際が莉央の席だ。
愛莉の前が、葉月――…
その机の上には、あり合わせ感が漂う、広口試薬瓶へ刺された切り花の束が置かれ…
――…なに?、これ…
当の愛莉はというと、自席へ脱力して座り、両手をスカートの上に置いてボーッとしている。
イヤな胸騒ぎがする…
★
★
――マジか…
朝のホームルームが終わり、担任教師が教室から出て行ったあとも、さっき告げられたことが莉央の頭で反響し続けている。
≪――柴田葉月さんが亡くなりました≫
――マジかぁ…
≪テレビのニュースとかで、皆さん知ってるでしょうけど…、柴田葉月さんが亡くなりました≫
…………――
「担任は、ああ言ってっけどさ…」
右隣で座る愛莉が呟いたので、ハッとした莉央。
「ニュースに名前、出てねぇから…」
「え?」
「若い女性の遺体があったって、だけ…」
「…それで、なんで?」
「朝来てみりゃ、葉月の机に花があんだよ…」
ハァ~と、ため息をつく愛莉。
「分かんじゃん…」
話を聞いて、ただ呆然としている莉央…
「机の花、見てからググってみたらさぁ…」
机へ視線を落としたまま、呟き続ける愛莉。
「金曜の深夜、歌舞伎町のホテルで10代から20代の、若い女性が殺された、とか…」
生唾をゴクリと呑み込む莉央。
「全裸で胸を刺された、ってのが出てきたから、ググんの止めちゃった…」
二人は沈痛な表情で、固まったままでいる…
「パパ活してたホテル出た時、パトカーがメッチャ停まってたの見たんだ」
愛莉がパパ活していたホテルは、事件現場の至近だった。
「まさか…、あの時、葉月が殺されてたなんて…」
愛莉が肩を小刻みに震わせて、ヒックヒックと嗚咽を始めた。
「――普段からニュース見てりゃあ…、もっと早く気づけたのにぃ…」
机へポタポタと涙を落とす愛莉を見て、莉央も涙を堪えきれなくなる。
「――どうしてさぁ…」
――ウ、ウゥ…、ウゥぅぅー…
★
★
「こんにちわぁ~」
その週の週末金曜日。
新宿歌舞伎町2丁目にある『マザーポート』の事務所を、一人の茶髪少女が訪ねてきた。
少女は菊池咲良、もうすぐ19歳になる。
咲良は、元トー横キッズ。莉央や愛莉、駆琉たちと同じグループにいて、駆琉より1学年上だ。
「おぉっ!よく来たねぇ」
五十嵐が、満面の笑顔で出迎えた。
「今日、仕事は?」
「休みぃ!」
テーブルの椅子へ座った咲良の前に、五十嵐がカップへ淹れたコーヒーを置いた。
「どう?仕事と勉強は?」
「うぅ~ん、勉強ムズいィィ!」
顔をしかめた咲良が、首を左右にブンブン振っている。
「また、智美に勉強教えてもらうか?」
「やだぁ~、五十嵐さんが教えてよぉぉ」
「オレみたいなバカちんが、教えられるワケねぇだろ」
「だよねぇ~♥」
五十嵐が気色ばんでガタッと腰を上げたのを、咲良がケラケラ笑っている。
そんな咲良の左手首が眼に入った途端、五十嵐のイラつきがスッと収まった。
咲良の左手首には、幅広のレザーブレスレットが――
リストカットの跡を隠すためだ…
咲良は美容室で働きながら、通信制美容学校で学んでいる。
とはいえ、トー横キッズだった咲良は、それまで満足に勉学してはいなかった。
どうにもならない自分自身にイラついて、リストカットをしたりODをやってみたりした。
ODの金を稼ぐために、立ちんぼもやっていたが…――
――このままじゃ、ダメだ…
今から2年前、トー横でたむろしていた時に配られた、缶コーヒーへ貼られていたテプラを頼りに、咲良は『マザーポート』を訪ねた。
ぼんやりと抱いていた美容師への夢を、諦めきれていなかった咲良を、五十嵐は全力でサポートした。
勉強は藤村が付きっきりで、五十嵐のアパートで教えまくり、去年咲良は高卒検定に合格。
高卒以上でしか取得出来ない美容師免許への道が、こうして開けた。
藤村は大卒、準キャリア警察官なので、高卒程度の勉強を教えるのは朝メシ前なのだ。
★
「――訊きたいんだろ?」
五十嵐が腕組みした両腕をテーブルの上へ載せ、前屈みになって対面で座る咲良を見る。
「…分かってんじゃん」
カップを口元に付けて、上目遣いで咲良が五十嵐を見ている…
「殺された娘は、現在も過去もトー横キッズじゃなかった」
「――そう…」
コーヒーを啜る咲良の表情に、安堵の色が広がった。
「でも、友達が元トー横キッズだった」
「――…まさか?」
「そう。木村さんと田澤さんだ」
「安心しろ。二人とは今日の夕方、戸田の支援センターで会うことになっている」
顔色を変えた咲良へ、五十嵐が優しく語りかけている。
フゥ~ッとため息をついた咲良が、テーブルへ突っ伏してしまった…
「――あたしもさぁ…」
顔を横へ向けて、咲良が呟き始めた。
「交縁してたから、ヒトのこと言えないんだけどさぁ…」
優しげな視線で、咲良を見ている五十嵐。
「バカなこと、してたよねぇ~…」
「気がついただけ、いいじゃないか」
「――でもさぁ…」
少し頭を上げて、顔を五十嵐の方へ向けた咲良。
「オトコに抱かれてると、なんかイイんだよねぇ~…」
五十嵐が、眉をひそめてしまう。
「優しくされんのに、お金まで貰えて――」
「奴らは、若い女の子の身体だけが目当てなんだぞ」
「分かってるよぉ、分かってる…」
「殺された娘の、気持ちが分かるってこと」
冷めた表情の咲良が、テーブルから上半身を起こした。
「あたしら、優しさに飢えてるからさぁ…」
「それは…――」
言葉に詰まってしまう五十嵐。
「分かってんよ。そこへつけ込む悪いオトコどもに、騙されるなって事でしょ」
咲良が、薄笑いを浮かべた。
「駆琉みたな奴にさ」
「――…そうだな」
視線を落とした五十嵐が、カップのコーヒーを啜っている…
「なんでさぁ、アイツを逮捕出来ないの?」
「――ようやく…、令状が取れたそうだ」
「――じゃあ…」
「今晩らしい」
ホッとした表情で、咲良が天井を見上げた。
「――…夕方、二人に会うんだよね?」
「ああ」
「二人にヨロシクね」
「わかった」
テーブル越しに五十嵐と咲良が、ガッチリと握手を交わしていた…
★
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そして、夕方になり…
高校での授業を終えた莉央と愛莉は、新宿でJR埼京線へ乗り換えた。
揺られること24分、二人は戸田駅に降り立った。
ここでバスへ乗り換えるので、二人はバス停に向かう。
バスを待ちながら莉央は、葉月が殺害されたことについて、これまで分かったことを思い返している…
警察に追い詰められた犯人の男が、27階にある部屋の窓ガラスを割り、飛び降りて即死。
慌てた警察官が部屋へ踏み込むと、ベットの上で葉月が、胸に包丁を突き立てられた状態で絶命していた…――
現時点で分かっているのは、それだけだ。
どういう理由で葉月が殺害されたのか、どういう状況だったのか――…
詳しいことは、分からないまま。
どうして、そんな事に……
あれこれ詮索するには、莉央と愛莉は若くて経験が浅いうえに、知識も足りない。
葉月が殺された理由を知りたい…
北澤高校では生徒のカウンセリングをしてくれたが、単なる内輪の癒し合いという具合で、本当に知りたいことを知ることは出来なかった。
では、どうすればいいのか?
その筋の事情通らしき人物を、莉央はひとりだけ知っている。
五十嵐だ。
仲のいい友人が、何故殺されてしまったのか――
洗いざらいのことを知りたい!…
その一心で、本当は顔も見たくない五十嵐へ会うべく、莉央と愛莉はバスに乗り、揺られている…
初冬の日が暮れるのは早く、周囲は暗くなりつつある。
バスを降りて5分ほど歩くと、年期の入った戸建て住宅にたどり着いた。
聞いていた住所では、ここのはず…
石造り門柱のインターフォンを押すと、住宅の引き戸が開いて五十嵐が出て来た。
スリッパを履いた二人が通されたのは、広めのフローリングの部屋。元はダイニングだったような造作だ。
五十嵐へ愛莉を紹介した莉央は、白いテーブルの椅子へ個々に座った。
「まぁ、『適応支援ハウス』って、名前はカッコいいけどさ…」
莉央と愛莉の前へ置いたカップに、ティーポットで紅茶を淹れている五十嵐。
「ご覧の通り、古い民家を全室フローリングにリフォームしただけさ」
自虐して話す五十嵐が、二人の対面へ座った…




