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12/17

第12話:追悼

これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…

 週が明けた月曜の朝…

 莉央は下北沢で小田急線を下車して、北澤高校が入るビルへと駅前通りを歩いている。

 普段と違うのは、今朝は駆琉の部屋から直行したこと…


 フゥアァァ~…――


 人目もはばからず、大きなあくびをしている莉央。

 結局、先週末から駆琉の部屋で入りびたってしまった。外泊を繰り返して、母親からどう思われようが構わない。

 おまけに昨夜ゆうべは、明け方近くまで駆琉とエッチしまくったから、だいぶ寝不足気味…


 莉央が高校へ登校するのは愛莉と葉月に会うためで、勉強はついでである。

 だから二人が高校を休むと莉央も休んでしまうし、欠席することに罪悪感は全くない。授業は、聞き流せばいいだけだ。

 今日も愛莉や葉月と、顔を合わせておしゃべりが出来る…

 軽い高揚こうよう感を覚えながら、北澤高校のフロアがある5階へのエレベーターに、莉央が揺られている。


 ★


 エレベーターを降りて廊下を歩いた莉央は、教室の引き戸をガチャリと開けた。

 相変わらず、静かな教室――…

 クラス人員23名に対し、出席している生徒は10人にも満たない。

 でも今日は、どこか異様だ。


 いつもは数人の生徒が机へ突っ伏して寝ているのだが、今日は皆がそろって起きている。

 席に座ってはいるが、ボーッと宙を見たままでいたり、不機嫌顔で机へ片肘かたひじついてスマホをいじったりと、一見いつもと同じようだが、どこか違う…


 「――愛莉?…」

 教室の後ろで座る愛莉の隣、窓際(まどぎわ)が莉央の席だ。

 愛莉の前が、葉月――…

 その机の上には、あり合わせ感が(ただよ)う、広口試薬瓶(ひろくちしやくびん)へ刺された切り花の束が置かれ…


 ――…なに?、これ…


 当の愛莉はというと、自席へ脱力して座り、両手をスカートの上に置いてボーッとしている。

 イヤな胸騒ぎがする…


 ★

 ★


 ――マジか…


 朝のホームルームが終わり、担任教師が教室から出て行ったあとも、さっき告げられたことが莉央の頭で反響し続けている。

 ≪――柴田葉月さんが亡くなりました≫


 ――マジかぁ…


 ≪テレビのニュースとかで、皆さん知ってるでしょうけど…、柴田葉月さんが亡くなりました≫


 …………――


 「担任は、ああ言ってっけどさ…」

 右隣で座る愛莉がつぶやいたので、ハッとした莉央。


 「ニュースに名前、出てねぇから…」

 「え?」

 「若い女性の遺体があったって、だけ…」

 「…それで、なんで?」

 「朝来てみりゃ、葉月の机に花があんだよ…」

 ハァ~と、ため息をつく愛莉。

 「分かんじゃん…」

 話を聞いて、ただ呆然ぼうぜんとしている莉央…


 「机の花、見てからググってみたらさぁ…」

 机へ視線を落としたまま、呟き続ける愛莉。

 「金曜の深夜、歌舞伎町のホテルで10代から20代の、若い女性が殺された、とか…」

 生唾をゴクリとみ込む莉央。

 「全裸で胸を刺された、ってのが出てきたから、ググんの止めちゃった…」

 二人は沈痛な表情で、固まったままでいる…


 「パパ活してたホテル出た時、パトカーがメッチャ停まってたの見たんだ」

 愛莉がパパ活していたホテルは、事件現場の至近だった。

 「まさか…、あの時、葉月が殺されてたなんて…」

 愛莉が肩を小刻みに震わせて、ヒックヒックと嗚咽おえつを始めた。

 「――普段からニュース見てりゃあ…、もっと早く気づけたのにぃ…」

 机へポタポタと涙を落とす愛莉を見て、莉央も涙をこらえきれなくなる。

 「――どうしてさぁ…」


 ――ウ、ウゥ…、ウゥぅぅー…


 ★

 ★


 「こんにちわぁ~」


 その週の週末金曜日。

 新宿歌舞伎町2丁目にある『マザーポート』の事務所を、一人の茶髪少女がたずねてきた。

 少女は菊池咲良(さくら)、もうすぐ19歳になる。

 咲良は、元トー横キッズ。莉央や愛莉、駆琉たちと同じグループにいて、駆琉より1学年上だ。


 「おぉっ!よく来たねぇ」

 五十嵐が、満面の笑顔で出迎えた。

 「今日、仕事は?」

 「休みぃ!」

 テーブルの椅子へ座った咲良の前に、五十嵐がカップへれたコーヒーを置いた。

 「どう?仕事と勉強は?」

 「うぅ~ん、勉強ムズいィィ!」

 顔をしかめた咲良が、首を左右にブンブン振っている。

 「また、智美に勉強教えてもらうか?」

 「やだぁ~、五十嵐さんが教えてよぉぉ」

 「オレみたいなバカちんが、教えられるワケねぇだろ」

 「だよねぇ~♥」

 五十嵐が気色ばんでガタッと腰を上げたのを、咲良がケラケラ笑っている。


 そんな咲良の左手首が眼に入った途端、五十嵐のイラつきがスッとおさまった。

 咲良の左手首には、幅広のレザーブレスレットが――

 リストカットの跡を隠すためだ…




 咲良は美容室で働きながら、通信制美容学校で学んでいる。

 とはいえ、トー横キッズだった咲良は、それまで満足に勉学してはいなかった。

 どうにもならない自分自身にイラついて、リストカットをしたりOD(オーバードーズ)をやってみたりした。

 ODの金を稼ぐために、立ちんぼもやっていたが…――


 ――このままじゃ、ダメだ…


 今から2年前、トー横でたむろしていた時に配られた、缶コーヒーへ貼られていたテプラを頼りに、咲良は『マザーポート』を訪ねた。

 ぼんやりと抱いていた美容師への夢を、諦めきれていなかった咲良を、五十嵐は全力でサポートした。

 勉強は藤村が付きっきりで、五十嵐のアパートで教えまくり、去年咲良は高卒検定に合格。

 高卒以上でしか取得出来ない美容師免許への道が、こうして開けた。


 藤村は大卒、準キャリア警察官なので、高卒程度の勉強を教えるのは朝メシ前なのだ。


 ★


 「――きたいんだろ?」


 五十嵐が腕組みした両腕をテーブルの上へ載せ、前屈まえかがみになって対面で座る咲良を見る。

 「…分かってんじゃん」

 カップを口元に付けて、上目遣うわめづかいで咲良が五十嵐を見ている…


 「殺されたは、現在も過去もトー横キッズじゃなかった」

 「――そう…」

 コーヒーをすする咲良の表情に、安堵あんどの色が広がった。

 「でも、友達が元トー横キッズだった」

 「――…まさか?」

 「そう。木村さんと田澤さんだ」


 「安心しろ。二人とは今日の夕方、戸田の支援センターで会うことになっている」

 顔色を変えた咲良へ、五十嵐が優しく語りかけている。

 フゥ~ッとため息をついた咲良が、テーブルへ突っ伏してしまった…




 「――あたしもさぁ…」

 顔を横へ向けて、咲良が呟き始めた。

 「交縁してたから、ヒトのこと言えないんだけどさぁ…」

 優しげな視線で、咲良を見ている五十嵐。

 「バカなこと、してたよねぇ~…」

 「気がついただけ、いいじゃないか」

 「――でもさぁ…」

 少し頭を上げて、顔を五十嵐の方へ向けた咲良。


 「オトコに抱かれてると、なんかイイんだよねぇ~…」

 五十嵐が、まゆをひそめてしまう。

 「優しくされんのに、お金までもらえて――」

 「奴らは、若い女の子の身体だけが目当てなんだぞ」

 「分かってるよぉ、分かってる…」


 「殺された娘の、気持ちが分かるってこと」

 冷めた表情の咲良が、テーブルから上半身を起こした。

 「あたしら、優しさに飢えてるからさぁ…」

 「それは…――」

 言葉に詰まってしまう五十嵐。

 「分かってんよ。そこへつけ込む悪いオトコどもに、だまされるなって事でしょ」

 咲良が、薄笑いを浮かべた。


 「駆琉みたな奴にさ」

 「――…そうだな」

 視線を落とした五十嵐が、カップのコーヒーを啜っている…


 「なんでさぁ、アイツを逮捕出来ないの?」

 「――ようやく…、令状が取れたそうだ」

 「――じゃあ…」

 「今晩らしい」

 ホッとした表情で、咲良が天井を見上げた。


 「――…夕方、二人に会うんだよね?」

 「ああ」

 「二人にヨロシクね」

 「わかった」

 テーブル越しに五十嵐と咲良が、ガッチリと握手を交わしていた…


 ★

 ★


 そして、夕方になり…


 高校での授業を終えた莉央と愛莉は、新宿でJR埼京線へ乗り換えた。

 揺られること24分、二人は戸田駅に降り立った。

 ここでバスへ乗り換えるので、二人はバス停に向かう。

 バスを待ちながら莉央は、葉月が殺害されたことについて、これまで分かったことを思い返している…


 警察に追い詰められた犯人の男が、27階にある部屋の窓ガラスを割り、飛び降りて即死。

 慌てた警察官が部屋へ踏み込むと、ベットの上で葉月が、胸に包丁を突き立てられた状態で絶命していた…――

 現時点で分かっているのは、それだけだ。


 どういう理由で葉月が殺害されたのか、どういう状況だったのか――…

 詳しいことは、分からないまま。


 どうして、そんな事に……


 あれこれ詮索せんさくするには、莉央と愛莉は若くて経験が浅いうえに、知識も足りない。

 葉月が殺された理由わけを知りたい…

 北澤高校では生徒のカウンセリングをしてくれたが、単なる内輪のいやし合いという具合で、本当に知りたいことを知ることは出来なかった。


 では、どうすればいいのか?


 その筋の事情通らしき人物を、莉央はひとりだけ知っている。

 五十嵐だ。

 仲のいい友人が、何故殺されてしまったのか――

 洗いざらいのことを知りたい!…


 その一心で、本当は顔も見たくない五十嵐へ会うべく、莉央と愛莉はバスに乗り、揺られている…




 初冬の日が暮れるのは早く、周囲は暗くなりつつある。

 バスを降りて5分ほど歩くと、年期の入った戸建て住宅にたどり着いた。

 聞いていた住所では、ここのはず…


 石造り門柱のインターフォンを押すと、住宅の引き戸が開いて五十嵐が出て来た。

 スリッパを履いた二人が通されたのは、広めのフローリングの部屋。元はダイニングだったような造作ぞうさだ。

 五十嵐へ愛莉を紹介した莉央は、白いテーブルの椅子へ個々に座った。


 「まぁ、『適応支援ハウス』って、名前はカッコいいけどさ…」

 莉央と愛莉の前へ置いたカップに、ティーポットで紅茶を淹れている五十嵐。

 「ご覧の通り、古い民家を全室フローリングにリフォームしただけさ」

 自虐して話す五十嵐が、二人の対面へ座った…

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