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再会



王宮で一番年長であるゲェルツァプ老師が、数人の僧を引き連れ王の部屋の前までやってきた。代表して老師が入り口の布をめくりなかを覗くと、とたんに「いけません」と声が飛んできた。思わず布を放してから、老師は首を傾げ「サガラ殿か?」と訊ねた。

「ええ」とかすれたサガラの声が返ってくる。

「ルジェがひどい風邪をひかれて…私もうつってしまいました」

 僧たちが顔を見合わせる。

「皆さんにもうつっては大変です…近寄らないでください」

 サガラの苦しげな声に僧たちが一歩下がる。

 老師はもう一度布をめくる。寒いのか頭巾を被り激しく咳込んでいるサガラの向こうに、薄布越しに横になっているルジェが見えた。

「…大丈夫ですかな」

「ええ、どうか…近寄らないで」

「では、今日の勤行は私が取り仕切らせていただくということで…」

「ええ、どうか…お願いします」

 苦しげなサガラの咳を背に、老師とその一行はそそくさと王の部屋を後にした。廊下でそれを見張っていたドレドが顔を出して頷き、頭巾のサガラは大きくため息をついた。



 

強い日差しが乾いた大地に照り返し、ラルンは小さく息を吐いた。

 一緒に歩いているクスマやジンやブロンも、まぶしさに顔をしかめたままずっと無言だ。

(母さん…待ってて)

 クスマは家を出るとき、咳に効く薬草を探してくるとニーラに言ったらしい。そしてラルンもおそらくそれを探しに行ったんだろうと、説明しておいてくれたそうだ。

(テジン・ルチェの生まれ変わり…)

 その人なら慈悲の雨を降らせてくれるかもしれない。

 けれど、どういう人だろう。昔、クティン・ラパに身代わりにされたという…。

 ふと気になったことをラルンは訊ねた。

「ジンさんやブロンさんも…あの本を読んだんですか?」

 ジンはしかめっ面のまま

「読んではいない。ただ、だいたいの話はクスマから聞いている」

「しかし、本当なのか?」

 ブロンが胡散臭げにジンに訊く。

「もしあれに書かれていることが本当なら、いままで俺たちが聞いてきた偉大な王クティン・ラパとはちょっと違うぞ」

「本の装丁や内容から考えてクティン・ラパの時代に書かれたことは間違いないだろう。それにいままでテジン・ルチェの存在が隠されてきたのが、書かれていることが真実だという証拠だとも言える」

「…クティン・ラパに都合の悪い真実を隠したってことか」

 ブロンがさらに顔をしかめる。二人の会話を聞きながら、足元を見つめていたラルンが呟いた。

「シュグは…苦しんでいる気がします。もしかしたらそれはクティン・ラパがテジン・ルチェのことで苦しんでいるのかも…」

「いまの私たちの目的は」

 まっすぐ前を見据えクスマが言った。

「テジン・ルチェの転生者に会って慈悲の雨を降らせてもらうこと。ナムダさんとラモの無事を確かめることだ」

 クスマの目が細くなる。

「あそこだ」

 谷間の岩壁に張り付くように、朽ちた大きな寺があった。

 近くに寄ってみると、そのはげ落ちた柱や壁に、かつての鮮やかな色がわずかに残っているのが分かった。

「…いくぞ」

 しばらく入り口の前に佇んでいた四人は、ブロンを先頭になかへと入っていった。

 薄暗く、ひんやりとした寺のなかに、人影はなかった。ただ本堂に置かれたダクパ神の像だけが、じっとこちらを見つめている。

「…本当にここなのか?」

「そのはずだ」

 ブロンにそう答え、本堂脇の通路を覗き込んだクスマの姿が消えた。

「クスマ!」

 駆け寄ろうとしたジンが足を止める。クスマの腕をひねり上げ、黒ずくめの男たちが現れた。「これはこれは」男たちの背後から聞き覚えのある声が響いた。

「ルジェではございませんか」

 サムディン摂政の姿にラルンは目を見開く。

 ジンがラルンを庇うように立ち

「これはこれは摂政様…どちらへ行かれたのかと思ったらこんな所に隠れていらっしゃいましたか」

「黙れ裏切り者! こうなったのも全部貴様らのせいだ!」

 摂政の後ろから顔を出したホンホンが喚く。

「お前もまだくっついてたのかよ腰巾着」

 やはりラルンを背にしてブロンが言う。しかし摂政はラルンから目を離さず

「飛んで火に入るとはこのことだ…わざわざそちらから来ていただけるとは」

 ジンが怪訝そうに眉をひそめる。

「まさかラモは…テジン・ルチェはあなたと一緒にいるんですか」

「ほう、よく事情を知っているらしい」

 ニヤリと笑い、摂政はやおらにダクパ神の像に向かって頭を下げた。いつのまにかそこに、一人の少年が座っている。

 ルジェのように黄金の頭巾を被り、その手には赤く輝く数珠を持っている。

(テジン…ルチェ)

 頭巾の下の目を覗き込むように見つめたが、闇夜のような瞳からは何も見つけられなかった。

「控えるがいい。オルク国王テジン・ルチェ陛下の御前だぞ」

 そう言い少年の前に跪く摂政とホンホンを、ブロンが疑わしげに

「オルク国王って…」

「テジン・ルチェの名を知っているということはお前たちもあの本を読んだんだろう」

 摂政は顔を上げラモを見つめる。

「ならば分かるはずだ。弟を身代わりにするクティン・ラパよりテジン・ルチェのほうが王として相応しいと」

 ドクン、とラルンの心臓が激しく揺れた。

「クティン・ラパにかわり、テジン・ルチェに我らが王となっていただくのだ。しかし…おかげで王宮に乗り込む手間が省けた」

「性懲りもなくまたルクンマの人間を使ってですか」

 ジンが黒ずくめの男たちを横目で見る。

「違う!」クスマが身を乗り出し

「あなたは自分の思い通りに動く操り人形を王にしたいだけだ! ラモは…」

 暴れるクスマを、つかんでいた男が壁に打ちつけた。全身を強く打ったクスマはそのまま動かなくなる。

「クスマ!」

 前に男たちが立ち塞がり、ジンは唇を噛む。

 ホンホンが鼻で笑い

「お前たちが何を言おうと無駄なことだ。隠されていたあの本の内容を国中の人間が知ったらどうなる?クティン・ラパを王と崇める者などいなくなるだろう」

「ルジェよ…いや、クティン・ラパよ」

 背を向けたまま摂政がラルンに呼びかける。

「二百年ぶりに再会した弟君に何か仰ることはありますか。過去の罪を悔い詫びるのであればテジン・ルチェのご慈悲があるやもしれません」

 やはり表情のないラモと、その手の数珠をラルンは見つめる。


——いいかラルン。クティン・ラパというのはとても優れた、偉大な王様だったんだ。


「違う」

 摂政がちらりと振り返る。

「クティン・ラパは悪くない。きっと…何か誤解があるんです」

「そうだ! 第一ラモがテジン・ルチェだって証拠もないだろう!」

「愚か者め」摂政が立ち上がる。

「その御手に持っておられる数珠こそ、テジン・ルチェの証しなのだ!テジン・ルチェの存在もろとも、湖の底の寺院に隠されていた正真正銘のな!」

「…やっぱりそうか」

 新たな声に誰もがそちらを振り向いた。


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